第10話 体育は体育会系な人達でやってほしいです。
いつものように、ゆるゆると登校する。
「今日は一限目から体育かぁ……ソフトボール……」
昔からスポーツ、特にチーム競技は苦手だ。
いっそ調子が悪いって休んでしまおうか……そんな弱気な考えがよぎる。
「おっはよー!ゆかっち!」
後ろから明るい声と共に肩を叩かれた。
元気の塊、真桜さんだ。
「あ、おはよう……真桜さん」
「今日は体育だね〜!ソフトボール、私好きなんだ〜!めっちゃ楽しみ!」
「そ、そうだね……」
楽しそうに話す真桜さんの横顔を見ながら、俺はますます憂鬱になる。
……よし、今日はズル休みを……!
「あ、あの〜真桜さん、今日、私――」
「ん?」
ーーーー
「はい、今日は男子はサッカー、女子はソフトボールです。お互いにボールには気を付けるように」
「「はーい!」」
「おぉー!ソフトボールだ!打つぞー!」
「ヒカ!どっちが勝つか勝負しよ!」
「なはは!私に勝負を挑むか?いいだろ!……ゆかっちは?」
「い、いや……遠慮しときます……」
気づけば俺は、体操服に着替えてグラウンドに立っていた。
結局、ズル休みする勇気なんてなかったんだ。
「あ〜……やだなぁ……」
遡ること、裕貴だった頃。
体育の時間はサッカーだった。
「前野!パス!受け取れ!」
「えっ、えっ!?あわ、あわ……」
――結果、ボールはそのままタッチラインを越えていく。
「はぁ……それくらい止めろよ」
「ご、ごめん……」
「まぁ、気にすんなよ、裕貴」
翔がフォローしてくれたけれど、あの時の冷たい視線や空気が胸に残ってしまった。体育会系な奴らめ!
俺みたいな男子も存在するというのを何故理解しない…!
それ以来「チームスポーツ」と聞くだけで体が強張る。
「……あ〜……憂鬱だ……助けて翔……」
「裕香さん、どうしたの?具合でも悪いの?」
「え!?あ、いやいや!そんなことはないです!ただ……ソフトボール、ちょっと苦手で……」
「そっか。私も運動は得意じゃないから……一緒にキャッチボールしよっか?」
「え……うん!」
やった――!!
体育がソフトボールで本当に良かった!
キャッチボールと準備運動を終えると、いよいよ試合が始まった。
チーム分けは――
俺と桐谷さん。
真桜さんと白石さん。
「なははー、私と一緒だな!頑張っていこーな!」
「……あはは、そ、そうですね……」
明らかに先ほどの記憶はフラグだ…
体育会系の桐谷さんと同じチームになってしまった。
……終わった。
きっと俺の不甲斐なさを見て幻滅されるに違いない。
「よーし!真桜、レイ、勝負だ!」
「ヒカ!受けて立つ!」
「もう……勝手に巻き込まないでよ……」
余裕のある人たちっていいな……
まずは俺たちの守備から始まった。
ピッチャーは――もちろん桐谷さん。頼んだぞ…!
「よーし、いくぞー!」
彼女は勢いよく振りかぶり、全身をしならせて投げ込む。
ブォンッ!!
「ス、ストラーイク!」
「なははっ!」
……速い! 女子どころか男子にだって匹敵するスピードだ。
あまりの剛速球に、次々と打者は空を切り――三振の山。
「すげぇ……もう俺たち、守る必要なくないか……?」
思わずそう呟いた時だった。
「ふふふ……私の番が来たね…!」
バッターボックスに立つのは真桜さん。
その顔は本気そのもの。
「真桜か……本気で行くぞ」
この勝負……熱い!
「そりゃあっ!」
桐谷さんの腕がしなり、剛速球が一直線に飛んでいく。
「おりゃっ!」
ブオンッ!!
――空を切る音。
真桜さんのバットは、見事に空振りした。
「ストラーイク!」
「すごっ……」
「ガチの戦いだ……!」
周囲のクラスメイトもざわめき始める。
分かる、この空気……もう体育の授業じゃない。
まるでスポーツ漫画のワンシーンみたいな緊張感だ。
俺も目が離せなかった。
「あと2球だな!」
桐谷さんが不敵に笑う。
「よし、こい!」
真桜さんも負けじと構えを取る。
互いに本気――決着の瞬間が近づいていた。
パキィィーン!
鋭い打球が飛んでいき……試合は終わった。
結果は、俺と桐谷さんのチームの負け。
「なはは!完敗だったな!」
「ご、ごめんなさい……まさかこっちにボールが飛んでくるなんて……」
「ゆかっちだけの責任じゃないぞ!チームの責任だ!」
「うぅ……優しい……」
――そう、真桜さんの打った打球は俺の方に一直線。
俺は案の定エラーしてしまった。しかもその後、白石さんまでしっかり打っていた。
この人……本当にスポーツ苦手なんだろうか?
「ヒカに勝ったぞ!」
「私も打てたし、案外ソフトボールって簡単なのかもね」
「むー……勝ち誇って……」
……負けたけど、正直楽しかった。
この人達は人の失敗を責めずに笑い合える。周りの女子達もフォローを入れてくれたし……なんというか、すごく過ごしやすかった。
「よし、男子のサッカーちょっと見に行こう!」
真桜さんの一言で、みんなが視線をグラウンドへ向ける。
女子達が片付けをしている間、男子はまだ熱戦を続けていた。
「しゃ!決まった!」
「走れ!走れ!」
ソフトボールの和気あいあいとした空気とは違い、そこは本気の熱気に包まれていた。
……俺も昔は、こんな地獄にいたんだよな。
ピーッ!
ホイッスルが鳴り響き、点が入る。決めたのは――
「うし、これで3点目!」
「おー!剛やるじゃん!」
桐谷さんが強く反応した。
……確か、飯田剛。翔とよくつるんでいたサッカー部のエース。
ガタイが良くて、運動神経も抜群。
同じクラスだった頃は……正直ちょっと怖かったんだよな。
目つき悪いし、威圧感凄いし…
ーーーー
シーンは変わり、サッカーコート。
「飯田、やっぱり半端ねぇ……」
周りの男子生徒たちは、圧倒的なプレーに息をのんでいた。
今回、翔は剛の敵チーム。二人が正面からぶつかる。
「剛、流石だな」
翔が声をかける。
「まぁな。光も見てるし……な」
剛はちらりと女子サイドに視線を送る。
「翔んとこの妹と、白石と……えっと、誰だ?」
――グワッ!
次の瞬間、剛の足元からボールが奪い取られた。
「なっ!?急に!?」
翔が信じられない速さでドリブルを始める。
ディフェンスをひらりと抜き去り、次々とゴール前へ迫っていく。
(くそ……俺としたことが……!あいつの前で負けるわけにはいかん!ここで決める!!)
バシュッ!
豪快なシュートがゴールに突き刺さった。
「うぉぉぉ!!あの飯田からボールを奪ったぞ!!」
「きゃーー!!神宮寺くん、かっこいいー!!」
男子女子を問わず、歓声がグラウンドに響き渡る。
「……どうしたんだ、あいつ……」
剛は困惑し、額の汗をぬぐった。
――シーンは女子たちに戻る。
「剛、やられちゃったな。なはは!」
「神宮寺くんって……本当に何でもできるのね」
「はは!兄ぃは目立ちたがり屋だからね!誰かにかっこいいところ見せたかったんだろ!」
……多分、白石さんとかにかっこいいとこ見せたかったんだろうなぁ。
着替えも終わり、4人で次の教室へ向かって廊下を歩く。
特に会話に入っているわけじゃないけど、この空間……落ち着く。
女子って……いいなぁ。
そうのほほんと歩いていたら――
前から翔と飯田が歩いてくるのが見えた。
「おつー!剛、負けてたな!」
「うるせーよ。翔の奴が急にやけになったからだろ。……で、その子は?」
桐谷さんと飯田が仲よさげに会話をする。
「裕香。ゆかっちだ!翔と真桜の友達で、私たちとも友達なのだ!」
「あ、えっと……よろし、くです…」
「……ども」
怖い……怖い怖い!!
俺の身長が低くなった分、圧迫感がさらにすごい……
めちゃくちゃ睨んでないか?ああああ、助けて……!!
「裕香、俺の友達だ。大丈夫だ。見た目より悪いやつじゃない、バカだけどな」
「おいおい、そりゃヒデェぜ」
「うん!バカだけどいい奴!……あと、私の彼氏!」
「…………え? 彼氏?」
「うん、彼氏。言わなかったっけ?」
「えと……初めて聞いたような……」
ええぇ……!?
桐谷さんって彼氏いたのか!?
それもあの飯田って人と……。いや、お似合いだとは思うけど……美人なだけに、ちょっとショック。
「私たち、これから移動教室だから!またなー!」
「おう」
「裕香もまたな。白石、真桜も」
そう言って剛と翔は去っていった。
――その後。
「……あの裕香って子、なんか初めてじゃない気がしたんだよなぁ」
剛がぼそっと呟く。
「……! お前が桐谷以外の女子を見るとは思えんがな。気になるのか?」
「気になるっていうか……既視感? なんかよくわかんねぇし
まぁいいか」
「お前はそれくらい楽観的で丁度いいさ」
「うるせぇ!余計なお世話だ!」
翔は苦笑しながら肩をすくめる。
(まさか……バレるなんてことはないよな。いや、絶対にバラすわけにはいかない。裕香に誓ったんだ……守るってな。裕香、お前は安心して学校生活を望んでくれ)
――彼女が知らないところで、翔は勝手に誓い、
ひとり根回しと苦労を背負っていた。




