番外編 雨の季節に生まれた話
雨は、季節の境目に降る。
森も村も、まだ夏の熱気を引きずりながら、秋の気配を忍ばせる。
その頃、生まれたのは、ひとりの子どもだった。
生まれたときから、雨の匂いが、ずっと、そばにあった。
母は静かに微笑みながら、その小さな手を優しく握った。雨がしとしとと降る音が、どこか遠くからでも、ひどく近く感じられる。彼女は子どもの小さな頬にそっと息を吹きかけ、雨音がまるで子どもを迎えるために奏でられた音楽のように思えた。
滴が、屋根や樹々に落ちる音は、子どもの鼓動と交わり、どちらが先か分からないほど、世界に染み込んでいた。
泣くたびに、母は、子どもを抱き上げ、窓の外を指さした。
「聞こえる? 雨の声だよ」
子どもは、まだ言葉を知らない。けれど、耳を澄ませ、雨音を胸で感じることで、世界の一部を理解した。
初めて歩き始める頃、子どもは、雨の日の森が、どこか特別な場所であることを、少しずつ理解するようになった。
葉の先から滴る水、枝と枝の擦れ合う音、落ち葉に落ちる微かなさざめき。そのすべてが、雨の中で別の命を宿すように感じられた。
雨の中では、すべての音が少し丸く、柔らかくなる。日差しのない世界は、暗いわけではなく、温かさを帯びて、子どもの胸を包み込む。
雨の日の森を歩くとき、子どもは立ち止まることを覚えた。
小さな水たまりに手を差し入れ、冷たさを指先で確かめる。その感触は、痛くも、恐ろしくもない。雨の冷たさは、ゆっくり体の中を通り、外の世界と内側をつなぐように流れる。
子どもはやがて気づいた。
雨の中で過ごす時間は、普通の日よりも、ずっと濃密だということを。
森の中での時間は、何も言わなくても、ひそやかに過ぎていく。雨が降り注ぐと、その時間は他の時間とは違うと感じる。
その瞬間は、言葉で表現することができないけれど、胸の奥にしっかりと刻み込まれていく。
雨は、森や村の中に、ひそやかな時間を作る。長くは続かない。けれど、確かに存在する。
その時間は、人の手で測ることはできない。だから、子どもは、その時間を、自分の胸で、数えることを覚えた。
一滴、また一滴。
雨の音に合わせて、息を吐き、吸う。その繰り返しだけで、世界を感じられるのだ。
やがて、歩けるようになると、子どもは、雨の中を駆け回った。
長靴の底が水たまりを踏む音。小さな手で雨粒を弾く音。跳ねた水の音が、森の奥で、何度も反響する。
その音を追いかけながら、子どもは、雨の世界に馴染んでいく。
雨は、森の木々の間で、光をも濡らしていた。湿った緑は、雨に映えて、いつもよりも鮮やかに、深く、柔らかく見えた。
子どもは、その色を、覚えた。葉の光り方、枝の濡れ方、苔の匂い。
何度も、雨に濡れることで、それらを体の中に取り込み、忘れないようにした。
そして、雨の時間は、子どもに静かな習慣を教える。
立ち止まること。耳を澄ますこと。手で確かめること。目を閉じ、世界の音に耳を寄せること。
そうすることで、子どもは、森や村のリズムを、体で覚える。雨の日は、人の足音も、動物の気配も、すべてが少し柔らかくなる。それを知ることで、子どもは、世界の中で自分が置かれた位置を、ほんの少し理解する。
成長するにつれて、子どもは、雨の日の森を、独りで歩くことも覚えた。
森の奥で、木の根元に溜まった水たまりに手を入れ、落ち葉の間に潜む虫を見つけ、笑う。
雨は、いつも、世界の一部を、教えてくれる。外に出れば、川の水が増え、遠くの森が深く青く光る。
雨の匂いは、土や葉だけでなく、過去の出来事も運ぶように思えた。
昔、誰かが通った道。
嘘を食べる鹿の足跡。
遠雷の向こうで迷った少年の声。
すべて、雨とともに、森の奥に残る。
子どもは、それを知っている。自分の歩く足跡が、雨と混ざり、やがて消え、森の記憶になることを。
そのことを、静かに受け入れ、雨の中で、また一歩、踏み出す。
雨の季節に生まれた子どもの物語は、まだ始まったばかりだ。
森は、ゆっくりと、その歩みを見守る。
雨は、変わらず、森の中を伝う。
そして、子どもは、歩きながら、世界と自分が、少しずつ、重なっていくことを、体で覚える。
雨は、物語を運ぶ。
生まれた瞬間から、ずっと、運んでいる物語。
いつか、森の誰かに、そっと届くだろう。まだ、語られていない物語。
雨の季節に生まれた物語は、静かに、長く続く。




