言葉は人を殺せるらしい
いや、体験談は小説ではないが…それでも、知っておくと、誰かの人生には、役に立つかもしれないので
まぁ、昔、自分が経験した事で、
同じ様なミス(?)を若い子が
同じ様にして「どうすれば良かったのか?」
と自分の様にずっと自問自答するのも
非常な無駄に思えれるので、
『そういう事がある、あった』
という事を記録し、伝えたい。
ともあれ、私は、今まで生きて来て
恐らく、2人、言葉で人を殺している。
いや、エキセントリックな言葉を使うのは
物書き病だからと、許して欲しいが、
いざ死なれたら、本当に、心に来るので
これくらいの言葉で、良いと思う。
1人は、確実に、自分の言葉が殺した。
もう1人は、実はよーわからん。
実の所、俺は全然関係ないのかもしれない。
ともかく、どっちも死因は自殺。
で、確実な方はともかく、
もう片方の研究室の後輩は、
謎の遺言を残して逝ったらしく
「それって、あの時の、俺の言葉なんかなー?」
と、心当たりが、あったり無かったりなんで
カウントしていいのか迷う。
実は、俺の影響は、全然無かったのかもしれない。
しかし、直属の後輩であったのだから
無関係とは言えないので、何か、影響したんかなー?
と、今でも、心に残るのだ。
まぁ、後輩はいい。
分からないんだから。
そして、相手の方が
「貴方の元では、もう研究したくありません」
言うて、別の同期の下に去っていったんだから
それは、もう知らん。
研究の世界で、それを言ったら、後は完全な自己責任だ。
これは研究社会のルールなんで、
知らん方が悪いのだ。
もし、この奇妙な物言いにカチンと来て
私に批判をしたくなったら、
研究社会に貴方も参加してみればいい。
この世界でやっていけるのなら、
この言葉が、どんなに重い言葉なのか、
軽く言ってはならん言葉なのか、
身を以て知る事になるだろう。
そして、貴方も自分の言葉に押しつぶされて
ノルマの恐怖に追われて、自殺するかもしれない。
が、故に、「アレ、俺のせいだったんかなー?」
と、今でも惑うのだ。
まぁ分からん。
会社に就職した後に、何があったかなんか
こっちは分からんのだから、
その後に何があったかも知らんのに、
憶測だけで言うのはマズイ。
なので、後輩君は、まぁいいのだ。
そんな事よりは、確実に殺した方だ。
こっちは確実なのだ。
それは、大学入りたての1年で
同期生(学科が違ったので、同級生ではない)
共通講座で机を並べて学んだ事のある
入学したてで、出会った子であった。
起きた事は、
大学に入って、1週間も2週間も無いぐらいに
自分と会話した次の日に、入水自殺で死んだ事だ。
これは、確実に、俺の言葉が
『最後の撃鉄』になって彼を死に誘った。
まぁ、それは間違いないだろう。
といっても『最後の撃鉄』であって
既に、銃の中に火薬はいっぱいいっぱいで、
誰が叩いても、火が付くだけの事…ではあったのだろうが…。
物書き的に、エクセントリックに物語り風に
その時の情景を書くなら…
僕は、彼が僕の四畳半の牢獄の様な寮の部屋に訪れたとき
アセンブラの教書や、今までの思い出のゲームの
パッケージを見せた。
彼は言った。
「えへへへ~~、ファルコムゲーとか好きなの?」
「そうよ!ずっと昔からやってんよ!」
「俺も好きなんよ!ファルコムゲー!」
「そうか!君も好きか!
まぁ、俺達の世代ってそうよな!」
「俺、ゲームを作ろうとしてたんだよね、高校の頃」
「おーー君もか!だから情報科に!!なるほどね!
俺も高校の時に、
高校留年してまで、ゲームを作ろうとしたんだ。
まぁ、基礎知識が足りないんで、全然作れなくて、
その流れで、プログラムより、
CPUとかデバイスの方に興味が移って
電気電子のデバイスの方に行ったんだけど
それでも、まだ、ゲームは作りたいんよ!
じゃぁさ! 一緒に、ゲームを作ろうよ!
情報科でしょ? プログラムもっと学んだら
ゲーム作れるよな!
一緒に頑張って、作ろうぜ!!!」
「お、おおっ! いいね!
作ろうじゃ無い! ゲーム!」
と、俺的には、ゲーム好きでクリエーター志望なら
誰でもすると思ってる会話をしたつもりだった。
少なくとも、この時、この言葉が
『人を殺す言葉』
だと、微塵も想像する事が出来なかった。
端的に言えば、俺は何も知らない馬鹿だったのだ。
その次の日、彼は、遠浅の海岸にふらっと行って
入水自殺して、土左衛門で、浮かび上がって
警察に発見された…と、他の知り合いから聞いた。
衝撃だった。
自分と会話した、直ぐ後に起きた事だったらしく
流れで考えて、自分と会話した、あの内容が
彼を死に誘ったとしか、考えられなかった。
確か今でいう所のシェアハウスみたいな
寮でもないけど、個人だけのアパートではない
2人で住んでいるアパートを彼は借りていたらしく
その同居人だった、彼の学科の先輩が、
死んでいく後の経緯を話してくれて
「なんか、もの凄い蒼白な顔になって
『友達は大事にしないと、いけませんよね』
って言った後に、どこかにフラっと行って
で、後になって、警察から連絡を受けたら…」
と、最後の分かれ言葉を、伝えてくれた。
「…は?」
であった。
その友達なるモノが、最後に未来を語った俺なのか
実は、全然、違う、高校の頃の友人の事なのか
未だによく分からないのだが、
当時の流れ的には、
「まぁ俺の事だよな」
としか思えず、
「え?? あの会話の何が、彼を追い詰めたの!?」
と、頭を抱えるしかなかった。
『無知というのは、恐ろしい』
という警句を、正に人生経験で味わう事になった。
後日、その死んだ彼の、他の友人が、
色々と家族から話を聞いて、
ボンヤリとした事情が分かった。
その話を聞いた他の友人も、
同じ『神戸』出身だったので
『分かる』と思える所だったのだろう。
死んだ彼の出身は『神戸』だった。
全ては、そこから始まっていた。
俺の言葉なぞ『最後の撃鉄』でしかなかったのだ。
『神戸』には『灘』がある。
これが、話の中心だ。
「灘」なら俺も知っていた。
俺も、一応、隣の県で、
県立上位の進学校に行っていたのだから
授業中に先生が
「灘に負けるな! 灘を越えよう!」
とか、無茶ぶりを、生徒全員にハッパとして
かけられていたので、『灘』くらい知っていた。
「いやいやいや、無茶言うな
あんな、完全に、目的遂行の為だけに
存在してる高校、張り合えるわけなかろーが…」
と、思っていたが、まぁ、みんな同じ様に
先生の無茶ぶりを、聞いていたのではなかろうか?
しかし『隣の県』で、「そう」なら、
神戸にある高校なら、どうなってしまうのか?
その自殺した彼は、名前は忘れたが
神戸では、『灘』に匹敵する進学校、
に行っていたらしい。
「灘」みたいに全国区から、入学志望が受験に来るような
全国特化型の特殊高校に、神戸にあるというだけで
匹敵できる高校が、本当にあるのか?
というのはやや疑問だったが
その同じ『神戸』出身の他の友人が
「ああ…あの高校出身かぁ…
あの高校出身で、ここの大学に進学なら
確かに、ああ~~~」
みたいな事を言っていたので、
まぁ、そのクラスの高校なんだろう。
だから、俺が高校時代に、先生に言われてた
「灘に負けるな! 灘を越えよう!」
とかいう、ある一種のジョーク…
しかし、県を代表してる上位クラスの進学校なら
どうしても先生は言わなければならない文言を
同じ様に、いや、地元が故に、
ジョークではなく、本気で言わないといけない
そんな超進学校に行っていた…
というのだ。
そして、高校で、彼は落ちこぼれだったらしい。
進学校に行って、よくあるパターン。
「合わない」
中学生までは、勉強が出来て
成績優秀で、やれていたのに、
進学校に行って
「とにかく3年間で詰め込んで
受験戦争に勝って、エリート大学に入れるんだ!」
という、先生達の受験圧を食らうと
「合わない子」
というのが、どうしても出る。
自分もそうだったので、分かる。
そして、彼はゲーム制作に興味を持って
ゲームを作ろうとして、超進学校の進学圧と
全く噛み合わなくなって、落ちこぼれになって
田舎の大学に行くことになって
親からの失望や、なんやらで、
精神的に追い詰められていた…
という、状態だったのだ…
入学したての頃が既に。
どれだけ、高校時代の時に、孤独だったのだろうか?
それを想像したが、流石にそれは分からない。
ウチの高校は有名進学校ではあったが
所詮、県立。
県に貢献できる大学進学者排出が、
県立進学校高校のノルマなのだから
「まぁまぁ」な成果が出れば、「まぁまぁ」だ。
灘クラスの、全国から受験生がやって来て
とにかく有名大学に入らないと話にならん
みたいな、当時の日本最高峰の進学圧は
流石に持っていなかった。
だから、進学校のワリに、
コンピューターのプログラムしたり
ゲーム作ろうとしたりする集団が
なんやしか、居たので
「それなりの仲間」が、俺は高校の頃は居たのだ。
そして、彼らに、色々と教えて貰ったモノだった。
しかし、灘に負けずに抗うような
恐ろしい進学圧を持ってる高校で、
そんな事したら、どうなるか?
まぁ、そりゃぁ、そうだろうさ…
そうなるよ。
何より、家族との精神的決裂が
致命的だったのだろう。
家族が彼が死んで、葬儀を行った時
彼の死に対して、親が捧げた言葉が
「あの子も、この舞い落ちる桜の様に
舞い散ってしまったんでしょうねぇ…」
だったそうなので…
まぁ、親と子の関係が極限まで冷え切っていた事は
容易に想像できる。
あの当時の、進学校に子供を送る親のメンタルは
もう、子供を道具か何かにしか見てない状態で
日本一の進学圧を持つ高校に、
匹敵できる高校に進学させて落ちこぼれたら、
社会的な恥で、
親のメンタルもおかしくなるという
神戸大阪の親のメンタルは、何か狂気じみている
というのは、聞いた事があった。
そうなんだ、へー。
くらいに聞いていたが、
その「実」を、
その送り言葉で生に感じれた…。
確かに、「狂気」だと思った。
つまり、彼はもう大学に入ったその時点で、
「爆発寸前の爆弾」
だったのだ。
撃鉄、1つ落としたら、爆発してしまう爆弾。
そこに、何も知らん俺が、
もっとも言ってはならん言葉を、言って
『最後の撃鉄』を引いたのだ。
そういう事だった。
世の中の警句は、知ったらしく言う。
「知らないという事、無知という事は
危険を察知できない事だ。
だから、人は無知であってはならない。
無知は人を殺す事がある。
どんな危険が、身の回りに潜んでいるか分からない。
だから、世界を注意深く観察し、
”知らない”を、”知れるように”ならないといけない」
…と。
ああ、そうでしょうね。
そうだと思いますよ。
実体験をすると。
でも、それは全知全能の神か何かになれと
言ってるようなモノだ。
人間は神ではない。
言葉ひとつ、それも「何でも無い言葉」と
思っている言葉で、次の日に人が死ぬ
…なんて事を、想像できるヤツがいるか?
もう、それは神様か何かだろう?
だから、あの出来事は、仕方無かった
俺は無知だった
としか、回顧できない。
『頑張ろう』
という言葉は、人を殺す事がある。
「死ね」でも「消えろ」でも「お前は要らない」
でもない。
明らかな誹謗中傷の言葉ではない、
本来は、ポジティブな言葉。
しかし、そんな言葉でさえ
時と場合と相手によっては
相手を死滅させる言葉になる。
力がある。
『それが言葉の恐ろしさだ』
そういう事を、そういう経験を味わった者の
経験談として、伝えるので、
「ああ、そういう事もあるのか…」
と、貴方の「知識」にして下さい。
後で、修士課程1年で、研究室でメンタルやられて、精神科の先生に治療を受けたときに、「メンタル病んでる人には、『頑張れ』って言っちゃダメなんですよ。それを言う度に、追い込むんですよね」って言われて、いやーそれは人生の若いウチに教えて欲しかったナァ って思いました。




