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架空世界の恋愛/童話・お伽噺

夫婦の恋は結婚のあとに 〜二度目の初夜とクリスマスの贈り物〜

作者: momo_Ö



 穏やかな冬の午後。私は最愛の息子エーミルと一緒に、クリスマスツリーの飾り付けをしていた。

 クリスマスまではあとひと月ほど。伝統的にはもっと直前に飾るのが正しいけれど、部屋が華やぐし、息子も喜ぶので毎年早めに出してしまう。

 そして、この時期。親には忘れてはならない大事な任務がある。


「エーミル、今年はサンタさんに何をお願いするの?」


 四歳になったばかりのエーミルは、箱に詰まったオーナメントを真剣に吟味(ぎんみ)している。色とりどりの丸飾り、天使の人形など、小さな手に取ってはツリーの前にかざして。彼なりにこだわって配置を決めているようだ。

 そんな愛らしい横顔を眺めながら、私は質問を投げた。何の気なしに、この季節どこの家庭でも聞かれる、ありふれた問いを。


 エーミルはくるりと首を回し、母の顔を見つめた。金色の睫毛(まつげ)縁取(ふちど)られた薄青の瞳は、聖なるオーナメントのひとつかのように輝いている。

 次の瞬間、彼の口からこぼれた純真無垢な願いに、しかし私は目を見張った。


「あのね、僕、弟か妹が欲しいの」


 ――それは……、サンタさんには難しいお願いだわ。


 しばらくの間、私は息子を見つめ返したまま、固まった。脳内で急ぎ正解となる返事を探して――即ち混乱していたとも言える。

 ……弟か妹。クリスマスまではあとひと月。当然ながら、お店で買えるようなものではなく。つまり、どうすればいいのかしら? ええと……そう、いずれにせよ、今年はどうやっても難しいから……


 母からなんの返答も得られないので、エーミルは小首をかしげた。眉尻は不安げに下がっている。

 未だ「正解」には辿り着けていなかったけれど、私は慌てて口を開いた。


「あのね、エーミル。弟か妹って、お母さんのお(なか)の中で大きくなって、産まれるまで一年くらいかかるのよ。だからサンタさんがプレゼントしてくれたとしても、今年のクリスマスには間に合わないの」

「そうなんだ」


 あっさり(うなず)いた息子に、私はやや安堵する。じゃあ別のものにするねと、そんな続きを期待して。だけど。


「それなら僕、待つよ。お母さまのお腹の中に、サンタさんが赤ちゃんを届けてくれて、それから生まれるまで、いい子で待ってる!」

「……そう。わかったわ。じゃあ、お母さまからサンタさんにお願いしておくわね……」


 ぱっと花開いたような笑顔を前に、「無理」とは言えなかった。そもそも私には、エーミルの願いを断るなんてできない。


 明るく心優しく、もっと我が(まま)を言ってくれてもいいのにと思うほど、聞き分けのよい子なのだ。

 結婚というものに一切期待をしていなかった私にとって、突然空から降ってきた天使のような。それこそ、この子は神様からの、季節外れのクリスマスプレゼントかもしれないと思う。


 エーミルは、愛のない結婚をした夫との、ただ一度きりの夜にできた子だった。



   ❆ ❆ ❆



 十年ほど前。末端の伯爵家である私の生家は、困窮していた。

 原因は、簡単に言えば時代の波に乗れなかったこと。急速な交通手段の発達により、外国から安い農作物が流入、国内の農業は不況に見舞われた。領主たちは、土地の活用法や収支の見直しを強いられる。だが、これがうまくいかなかったのだ。

 当主であった祖父、両親、娘の私も総出で改革に取り組み、数年かけてどうにか立て直すことができた。けれど、気づけば私は二十歳を過ぎ。結婚を望むなら焦るべき年齢になっていた。


 私自身は正直、結婚しなくてもいいかな、と思っていた。領地は田舎だけど自然豊かで気に入っていたし、当主の座は弟が継ぐ予定。引き続き経営を手伝って、オールドミスとして置いてもらおう、そんなふうに考えていた。

 だから、ある日父が持ち帰ってきた縁談は、寝耳に水とでもいうものだった。


「悪い話でないことは確かだが……」


 どうやら相手は()()()だ。父の口ぶりが釈然としないのは、そのためらしい。

 ヴィンフリート・フォン・ハールツァウ、年齢は私より六歳上。伯爵家、と言っても我が家とはまったく格が違う、有力貴族家の次男。王家に重用されている文官だが、語学の才を買われ、近年は主に外交任務に当たっている。

 彼の任地である隣国は、独身者より既婚者を信用する文化がある。つまり、職務に「都合の良い」妻を求めていると。


「彼は任地に行ってばかりで、ほとんど家に帰らないそうだ。お前が寂しい思いをするかもしれない。それと縁談は王家の勧めであって、彼自身は乗り気じゃない。そんな結婚でお前が幸せになれるとは……」

「ちょっと待ってお父様、王家の勧めだなんて、断れるわけないじゃない」

「それはそうなんだが……」


 父は渋っていたが、縁談の条件は破格だった。結婚適齢期ギリギリの娘を引き受けてくれる、持参金は不要、必要なら王家からの援助もあり。潰れかけていた我が家にとっては救世主だ。

 私は彼の写真も見ないまま、承諾するよう父を説き伏せた。



   ❆



 ――冬の朝の空気みたいな人だ。それが、彼に初めて会ったとき、私が抱いた印象だった。


 落ち着いた色味の金髪は癖がなく、顔の輪郭に沿う長さ。空より淡い、澄んだ青の瞳。形のよい薄い唇は、きりりと結ばれている。

 上背があり、身体の芯がすっと通った立ち姿。細身だけど静かな存在感がある。透きとおった冷たさを纏った人、そんなふうに感じた。


「ヴィンフリートだ。よろしく」


 低音の弦楽器に似た、深みのある響き。外交任務に就いているわりに、無口で無愛想だなとも思う。


 彼が帰国する短い冬季休暇のうちに、ささやかな結婚式を挙げた。結婚後の新居は一応、王都にある彼の屋敷ということになる。「一応」というのは、元々主人(あるじ)がほとんど帰らない家なので、私も実家で過ごすなり好きにしていいとのこと。

 少なくとも、最低限の屋敷の管理は私がする、彼が戻る間は生活を共にする、という話をして。挙式後、私たちは王都の家へと帰った。


 そんな結婚だったから初夜もないかと思ったけれど、予想は意外にも外れた。彼が望むのなら、私に拒む理由はなかった。

 ただ、なんというか……寝室に来た彼を迎えたとき、王宮勤めの役人がやって来たかにも思えたのだ。まどろっこしい会話はなしに、彼は淡々と夫婦の務めをこなした。


 彼の所作はどんなときも美しく、丁寧。食卓でのカトラリーの扱いも、契約書にペンを走らせる仕草も。無意識にしていそうだけれど、触れるものを大切に扱う手だなと、そう思う。

 だから、かもしれない。愛のない初夜にもかかわらず、不思議と嫌でなかったのは。表情がどれほど堅くぶっきらぼうでも、彼の手は終始私を大切にしてくれた。


 彼にとっては単なる義務か、気まぐれだったかもしれないけれど。

 その後、彼は王都での仕事を済ませて、結婚式から一週間で任地へと戻って行った。



 しばらくして、私は妊娠に気づいた。まさかあの一夜で授かるとは思ってもみなかった。しかし無事に産まれてみれば、これ以上尊い存在はこの世にない、そう心から思った。

 ふにゃりと柔らかく、温かい。ちょっとしたことで壊れてしまいそうな儚さなのに、母の指を握るミニチュアの手は、驚くほど力強い。


 出産が予定より早まったこともあり、ヴィンフリートとの対面は、産まれて三日後だった。恐る恐る我が子を抱く彼は、めずらしく心許(こころもと)なさそうで。でも、喜んではくれたのだと思う。

「こんな幸福を授けてくれてありがとう」と伝えたら、彼はしばし目を見張ったあと、とても優しく微笑んだ。それから、薄青の瞳を僅かに伏せて――


「あの夜に君を抱いたこと、後悔していた。だが……、よかった」


 ふっと気がゆるんだように、彼がこぼした言葉。

 天使とも見まごう我が子を授かった私は、この上なく幸せだった。だから、前半は聞かなかったことにした。「よかった」と彼も思ってくれていること、それがすべてだった。



 そう。だから、何の問題もなかった。私はこの結婚に満足していた。

 息子との穏やかな生活。愛はなくとも理解はある夫。初夜を除き夫婦関係がないことなど、問題とすら思わなかったのに。


「……困ったわ」


 きらきらと輝く愛息子の瞳を思い出し、私はひとり途方に暮れた。



   ❆



「お帰りなさい」

「お帰りなさいー!」

「ああ、ただいま」


 クリスマスが近づいてきた頃、ヴィンフリートが帰国した。勢いよく駆け寄った息子を、彼は軽々と抱き上げる。

 エーミルは(せき)を切ったように、胸に溜めてきたおしゃべりを放出する。ヴィンフリートはただ静かに聞いている。一緒に過ごす時間は数えるほどなのに、それでもエーミルは父親が大好きだ。


 王都にいる間も、彼には仕事がある。宮中へ出向いて任地での成果を報告したり、机仕事を済ませたり。家にいる時間は短いが、その大部分は息子との時間に充ててくれる。そんな彼が少しでも休めるようにと、私はなるべく距離を置いてきた。


 エーミルの気が済む頃合いを待って――実際のところ際限はないのだけど、適当なタイミングで――私は夫と事務的な会話を交わした。帰国中のスケジュールを確認したり、不在時に届いた彼宛の郵便物を手渡したり。その後、家族で食卓を囲んで、夜、夫婦は各々(おのおの)の寝室へ向かった。

 そうしたいつも通りの流れを進めながら、私の胸の奥はひそかにざわめいていた。今日は帰ったばかりで疲れているでしょうし、切り出すなら明日かしら。エーミルのため、勇気を出さないと……と。




 そして、決意の夜がやってきた。


 翌日の晩、子供部屋のエーミルがぐっすり寝入ったのを見届け、私自身の寝支度も完璧に整えたあと。就寝用の絹ワンピースにガウンを羽織った出で立ちで、私は夫の寝室へと向かった。

 難しい案件を抱え、宮廷役人のもとへ相談にでも行くような心持ちだった。議題はもちろん「クリスマスの贈り物」。相談というよりはむしろ、直談判、だ。


「……どうかしたか?」


 屋敷の主人のものとは思えないくらい、殺風景な部屋。入ると正面に仕事机があり、本当に役所に来たかの錯覚を起こす。机の上はきれいに整頓され、そこに置かれた(だいだい)色の読書灯だけが、暗い室内を柔らかく照らしていた。

 彼の服装は、スーツの下に着るような白いシャツに、濃いグレーのズボン。寝る前にしてはきちんとし過ぎている。


「ごめんなさい、まだお仕事中?」

「いや、本を読んでいただけだ」

「そう。……あの、少しお話があって」


 部屋に入って扉を閉める。ティーテーブルなんてものはないので、その場に立ったまま。彼も仕事机を背にして立ち、無言でじっとこちらを見つめていた。

 冬の夜は静かだ。机で揺れるオイルランプの芯が燃える音さえ、聞こえる気がしてくる。いや、違う。さっきから耳元でとっとっ、と小さく響いているのは、私の心臓の音。


「――子供が欲しいの」 


 こういうとき、迷っては駄目。必要なことを、簡潔に。目的は、最愛のエーミルの願いを叶えること。まとめてきた信条に従って、私は意見の陳述に集中する。

 そして何も言わない彼をちらりと確かめてから、続きを一気に吐き出した。


「エーミルに、弟か妹をつくってあげたいんです。あなたは気が乗らないかもしれないけれど、協力してほしいの。その……他の女性に比べて、私に魅力が足りないのはわかっているけど」

「え……っと、ちょっと待ってくれ、他の女性……?」

(とが)める気はないわ。私はあなたに十分過ぎるほどのものを貰ってる。不自由ない暮らしに、実家のこともずっと気にかけてもらって。だから、あなたに女性がいようと私は構わな……」

「いや、その前になぜ俺に愛人がいる前提なんだ?」

「え、だって……」


 私は、昨日彼に渡した一通の封筒を思い浮かべていた。淡い桃色をした、厚めで手触りのよい紙質の封筒。ふんわり優雅な筆跡で、「親愛なるヴィンフリートへ」と、隣国の言葉で書かれていた。

 彼宛の手紙はたいてい仕事に関するもので、通常は任地か王宮にあるデスクに届く。家に届くこと自体がめずらしいうえに、手渡したとき、彼は差出人を見て口元を(ほころ)ばせたのだ。


 ああ、そうよねと。妙に納得した。

 彼が忙しいのは仕方ないとして、年中隣国に行ったきりで。外交任務に必要な結婚というから、妻が同行すべき場もあるかと覚悟していたものの、そういう役は不要だと言い切られた。初夜以来触れ合うことはなく、そして(よぎ)る――「後悔していた」の言葉。


 でも、何も問題はない。元々期待のない、写真さえ見ずに決めた結婚なのだから。



「俺に愛人はいない。なぜ急にそんなことを?」

「……昨日渡した手紙、すごく、嬉しそうだったから」

「手紙? ああ、あれか」


 彼は机の抽斗(ひきだし)を開けて、桃色の封筒を取り出した。わざわざ中身を出して見せてくれる。

 他人(ひと)の手紙を見るのは気が引けると思いながらも目をやると、色とりどりの鉛筆で描かれた子供らしい絵と、(つたな)くも一生懸命さが伝わる文字が並んでいた。


「向こうで長年世話になっている家の子だ。仕事付き合いでホームパーティーに出たら、懐かれた。宛名は母親が書いたのだろうが、差出人の“マリアンヌ”というのは五歳」

「…………」


 (ほお)が熱い。そろりと手紙から顔を上げると、見慣れた薄青色の瞳と目が合った。いや、よく似ているけれど、私が毎日見ているのはこの瞳ではない。


「それよりも、驚いた。いったい何から聞けばいいのか……君が深刻な顔で来るから、離婚でも切り出されるかと思った」

「そんなこと、私は全然……。でも、あなたがそう望むなら、私は引き止められないけど」

「だからどうしてそんなふうに」

「だって、“後悔”しているんでしょう? エーミルが産まれたとき、あなたは私を抱いたことを後悔したって言ったから……」


 ぱち、ぱち、と。長い金色の睫毛を連れて、(まばた)きが二度繰り返された。

 それから彼は口を開いて、何も言わずに閉じて。もう一度開かれたときに出た言葉は、「すまない」だった。


「君が思っているような意味じゃない。俺はこの結婚を白い結婚にすべきだったと、後から思った。仕事ばかりの夫に、君が愛想を尽かしたときのために。それで……反省していたんだ」

「……嫌われていると思っていたわ」

「そんなことない。俺のほうこそ」

「いいえ、私は――」


 私は……? 所在なく(ちゅう)に浮かんだ言葉の続きを、ふと探した。

 彼に感謝している。彼との結婚は、潰れかけた実家を救うような縁談だった。思いがけず最愛の存在を授かりもした。穏やかな日々の生活があるのも、全部彼のおかげ。

 でも、たぶん、そういう実利的なことだけじゃなくて。きっと私は。


「私は……あなたのことが、好きだと思う。あなたとの子供がもうひとり欲しいと思うくらいには」

「……それは、エーミルのためなんだろう?」

「それは、そうなんだけど」


 沈黙が落ちた。とっとっ、と、心臓は早鐘を打ったままだけれど、悪くないと思うのはなぜだろう。


「……俺は、君の文字が好きだ」

「え?」

「手紙を送ってくれるだろう。ひとつひとつが正面を向いているような、綺麗で読みやすい字だ」


 不在がちの彼に向けて、私は月に一度手紙を送っている。屋敷の管理に関することや、エーミルの成長について。夫への手紙というような色気はなく、定期報告に近いもの。

 なのに、その筆跡と、内容も。読み手のことを考えて書かれた丁寧さが好ましいのだと、彼は力説する。部下を褒める上司のようなことを真剣な表情で言うので、笑ってしまった。でも彼らしいとも思う。


 そうして他愛ない会話が続いた。座りもせず、お茶を淹れたりもせず、二人して立ったまま。だけどそんなこと、思いつく暇もなかった。なんでもないやり取りが楽しくて、くすぐったくて。

 こんな時間を過ごせる相手だったなんて、気がつかなかった。あり得ないことに、当初の目的さえ忘れかけていた気がする。



 しばらくして、不意にその流れが途切れたとき。彼がぽつりと呟いた。


「……帰したくないな」


 彼はいつもそういう大事な想いを、ぼそっとこぼすように言う。

 だけどもう、「聞かなかったこと」にはしない。「満足」という言葉を免罪符に、向き合うことを避けてきたのは私のほうかもしれないと思う。


「帰りたくないわ」


 彼は、澄んだ色の瞳を僅かに揺らしてから、そっと頷いた。そして自身の腕を胸の前に上げると、おもむろにシャツのカフスボタンを外す。

 すらりと長い五本の指は、爪の先まで綺麗だ。骨ばった硬い質感と包み込むような大きさは、やはり男性らしい。


 その仕草に魅入られて、思わず息を呑んだ。急速に、身体が熱を帯びていくのを感じる。

 そう、私はこの手の温もりも、不器用な優しさも知っている。


 五年分の時間が、ふたりの間に柔らかくほどけて、結び直されていくような夜だった。

 初めてではないというのに、なんだかたまらなく恥ずかしかった。




   ❆ ❆ ❆




 二週間ほどが経って、我が家は無事にクリスマスの朝を迎えた。

 エーミルは、今年のぶんのクリスマスプレゼントは「待つ」と言ったけれど、何もないというのは寂しい。親の独断で、六十色がセットになった色鉛筆と画用紙を贈った。それと、恒例の靴下いっぱいのお菓子も。


 画材を選んだのはエーミルが絵を描くのが好きだからだが、“マリアンヌ嬢のラブレター”に触発されたのも、少し。彼女の一生懸命な絵が可愛らしくて、私もエーミルに何か描いてもらいたいなと、そんな下心からだ。

 それをヴィンフリートに話したら、笑われた。「俺の恋敵(こいがたき)エーミル(息子)なんだな」と。夫婦の時間を増やすようになって知ったけれど、彼は案外笑うし、冗談も言う。「君がエーミルを溺愛しているのは知っているから、俺は二番目でいい」らしい。


 エーミルはそわそわしながら朝食を済ませ、それからずっと子供用の小さな木机に向かっている。プレゼントは気に入ってもらえたようだ。

 邪魔しないよう離れて見守っていたけれど、そろそろ声をかけてもいいだろうか。


「……ねえ、エーミル。何を描いたのか、お母さまも見ていい?」

「うん、いいよ! えっとねー」


 たくさんの色で生き生きと描かれた、丸や四角。線のひとつひとつに心が宿っているようで、それだけで胸がじんと温かくなる。

 しかし、息子から何を描いたかの説明を受けた瞬間、私は大きく目を見張った。


「お父さまとお母さまと、エーミル。あとね、これは妹だよ。サンタさん、本当に来てくれたんだね」

「……え? えっと、エーミルは弟より妹がいいの?」

「ううん、そうじゃなくて。もういるよ。お母さまのお腹の中に」


 瞬きを忘れた母に、エーミルはにっこり笑いかけた。「生まれるのが楽しみだね!」と言って。


 私は自身の腹部へ目を向ける。当然ながら、ぺったんこだ。もし本当に妊娠していたとしても、現段階で確かめる(すべ)はない。小さい子供は時に、科学では説明のつかない直感力を発揮するというけれど――。

 でも、彼の直感が当たっていればいいなと思う。未だ何の変化も見えないその場所を、私はそっとさすった。



 いつの間にか、部屋の隅で読書をしていたはずのヴィンフリートが、そばに立っていた。彼は私とエーミルの頭を、順番にふわりと撫でた。それからエーミルが絵を描いた画用紙にも、丁寧に触れる。


 並んでお絵描きを始めた父子を見ながら、たしかにサンタさんはいたのね、と思う。

 いえ……サンタさんよりももっと尊い、何にも変えがたい、幸福な贈り物をもたらしてくれる存在。それが目の前に二人も。


 窓から差し込む透明な光が、きらきらと、聖なる日常を祝福してくれていた。











お読みくださりありがとうございました。

登場人物の名前などはドイツ語ふうですが、舞台は架空の国(近代イメージ)です。マリアンヌ嬢の国はフランス語圏っぽい架空国。

本文に出てこずじまいでしたが、主人公の名前はアマーリア、妹(予定)はルチアでした。

クリスマス過ぎてしまいましたが…… Frohe Weihnachten und einen guten Rutsch ins neue Jahr!(メリークリスマス&よいお年を!)・:*+.


◎12/31追記:活動報告におまけSSを載せました。ヴィンフリート視点の回想&「二度目の初夜」の翌朝のお話です。よろしければ、あわせてお楽しみいただけると嬉しいです。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2414379/blogkey/3549099/

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やっと感想欄に伺えました。 momoさんの文体がいつもながらしっとりと美しくて、西洋中世のクリスマスの雰囲気にぴったり! ヴィンフリートやアマーリアの静かな佇まいとも合っていて、とても素敵でした。 真…
 結婚しても名を呼ばず君と言うのは一歩引いたように思えるそれも、実直なヴィンフリートが考えた親しさなのかもしれませんね。語学の才を買われるだけに、名前の発音にも微妙な違いが気になるのか、君と言う単語が…
とっても微笑ましいお話ですね(*´ω`*) 言葉足らずなヴィンフリート、でも愛情は深くてさすがmomoさん作品のヒーローだと思いました(`・ω・´) 出てこなかったお名前アマーリアもイメージ通り素敵で…
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