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片想い

作者: あやお
掲載日:2025/12/17


彼との再会は突然だった。


久々に顔を合わせた瞬間、貴方と過ごした日々が堰を切ったように溢れ出す。


蘇るのは何度も思い返した、私達が出会ったあの日。


……あの日は急に雨が降ってきたんだよね


イヤホンを外すと、落ち葉が舞う音がした。



◇◇◇



「やばい、雨降ってきそう」


暗い雲に覆われた空を仰ぎ見て、私はバス停に向かう足を急いだ。



バス停に着き、屋根の下に駆け込む。

荒くなった息を整えていると、ポツポツと雨音が聞こえてくる。

あっという間に雨は強くなり、激しい音が響く。冷たい椅子が体温を奪い、私は腕をさすった。


雨は止む気配もなく、独特のじめっとした香りが鼻にまとわりつく。

靴に目をやると、地面の濃淡が屋根の境ではっきり変わっていた。



そろそろ時間かなと、バスが来る方角に目を向けると、

遠くから、ぱしゃぱしゃと、水を跳ねながら誰かが走ってくるのが見えた。



「すみません!入ります」


息の乱れた声と共に、勢いよく屋根の下に少年が駆け込んでくる。


荒い息で体が上下し、その度に濡れて張り付いたワイシャツが合わせて動く。

徐々に息が整うと、彼は小さく溜息をつき、私の方を振り向く。


「急な雨で参ったよ。ごめん、入った時雨とばなかった?」


彼の真っ黒な瞳が、少し揺れながら私を見つめる。

目があった。一拍、動けなかった。

すぐに、冷静を装って私は大丈夫と答えた。


「よかった」


彼が口角をあげて笑うと、小さな八重歯がみえる。それが妙に可愛く見えて、私も微笑み返す。


「君も学校帰り?びっくりしたよね雨なんてさ」


少年はシャツを捻り、地面にはぼたぼたと水滴が落ちる。

その様子を眺めながら、私は、そうなの、と返す。


「天気予報は曇りっていってたのに、びっくりしたよね」


「だよね。俺、折り畳み傘今日に限って家に置いてきちゃってさ。ついてないなぁ」



少年は言葉とは裏腹に、楽しそうに話す。


彼の纏う空気はなんだか暖かくて、初めて会ったのに妙に居心地がいい。


スマホに視線を落とすが、バスの到着時間は当に過ぎていた。


「さむ……」


ふと、彼が呟く。

シャツを絞るのをやめた手は、忙しなく両腕をさすっている。

私は鞄を漁り、タオルを彼に差し出す。


「拭くものないんじゃない?これ、どうぞ。今日使ってないから」


彼は目を丸くして、私とタオル交互に視線を送った後、目を細め笑った。


「ありがと!助かる」


タオルを受け取ると、彼は髪の毛を拭き取り、シャツ、ボトムと水気をとっていく。


(タオル、厚手でよかった)


私はその様子を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。


一通り拭き終わると、彼はこちらに向き直り、勢いよくお辞儀をする。

そして、満面の笑みを向けた。


「ありがとう!タオルが厚手で、めっちゃ助かった!」


そう言われて、私は思わず笑ってしまった。

彼が首を傾げて私をみたので、


「私も、厚手でよかったって思ってたんだ」


そう伝える。


「まじ?一緒じゃん!気が合うな」


口を大きく開けて笑う彼につられて、私もまた笑ってしまう。


雨音はいつの間にか小さくなっていて、遠くからバスが近づく音が聞こえてくる。



もっと、話していたかったな。


私は小さく息を吐き、自分の足元に視線を向ける。地面の濃淡はさらに広がっている。


「あのさ」


彼が何かを言いかけて、私は顔を上げる。

彼はこちらを向いている。

視線が交わり、喉が、小さく鳴った。

少しの沈黙の後、彼は言葉をこぼす。


「このタオル、今度洗って返すとか……あり?」


はにかみながらそう言う彼の耳が、赤く染まっているのに気がつき、私の胸は締め付けられる。


「うん、大丈夫だよ」


少し声がうわずったのが妙に恥ずかしい。

直ぐに、目を逸らしてしまう。

顔はみえないけれど、彼の声は嬉しそうに、ありがとうと呟いた。



目の前にバスが到着する。

ドアが開くが、人がぎゅうぎゅうに乗り込んでいた。

彼を見ると、眉を寄せて苦笑いしていて、私も困ったような表情で返す。


私が手すりに手をかけ、彼の方を振り向くと、彼は目を細め、大きく手を振る。


「じゃあ、またな」


「うん、またね」


私も、片手をひらひらと振り、バスに乗り込む。彼も後を追って乗り込むが、間に人が入り込み会話どころではなかった。



人混みの中、ぼうっとした頭で、時折見える彼の横顔を見つめていた。

初めて会って、初めて少し会話をしただけなのに……胸の中には熱がこもっている。


(こっち、みないかな)


そんな事を頭の片隅で考えながらバスに揺られていると、彼が顔をあげこちらを向く。

私がびっくりして、目を見開くと、彼は口パクで『じゃあね』と言って、バスを降りていった。


(なに、これ……)


私は熱くなった顔に、そっと手を添える。

顔が妙に熱いのは、人混みのせいなのか、それとも……。


私は彼の居た場所から目が離せないまま、バスの揺れに身を任せ続けた。




彼との再会は、思っていたより早かった。


翌々日、バス停に向かうと誰かの脚が見えた。

胸の高鳴りとは裏腹に、私の足取りは少しゆっくりになる。



彼は私の方に気がつくと、この間みたいに笑って手を振った。

その様子に、少しホッとしながら私は彼の横に座った。



「これ、ありがとう」


彼は鞄からタオルを取り出し、私に渡す。

綺麗に畳まれたそれからは、柔軟剤がかおる。


「どういたしまして」


私がタオルを鞄に仕舞っていると、彼が声を掛ける。


「名前、聞いてもいい?」


顔を上げると、彼は私の方を向いていた。

頬を掻きながら、照れ笑いしている様子が私にも伝染する。


「う、うん。私は長濱恭子」


「恭子ね。俺は前田悠一」


急に名前で呼ばれ、反応が少し遅れる。


「ゆ、悠一だね」


私も名前で呼んでみるが、妙にくすぐったい。

その後も色々話をしたけれど、夢の中のようにふわふわしていて、会話に身が入らなかった。



その後も何度も同じ時間にバス停で顔を合わせ、言葉を交わした。


学校のこと、部活のこと、趣味のこと、色んな話をした。

お互いの事を知るほどに、想像と違う面もみえる。

けれど、それが彼を深く知れた事でもあり、嬉しくもあった。


そんな中でも、まだ彼に聞けていない事があった。


(今日こそ、連絡先を聞くぞ……)


彼と話すのは、とても楽しい。

だから、少しステップアップしたい。


それなのに、連絡先を聞くのを毎回ためらってしまう。

一歩進もうとすることで、約束もなく、顔を合わせるこの関係が終わってしまうかもしれないから。


私は今日も、ポケットに忍ばせたスマホに手を伸ばしていたが、その手はまた取り出す事はなかった。


(明日こそ、聞こう)



バスを降りる彼と、目配せしながらそう思った。

この日々が終わるなんて、思っていなかったから。



次の日、彼はバス停に現れなかった。



ただ、体調不良でお休みしたのかもしれない。

部活が忙しいのかもしれない。

彼が居ないバス停で、毎日色んな理由を考えた。

きっと一時的なもので、明日になれば彼がバス停で待ってるはずだ。


一日、また一日過ぎていくと、

彼がもう、こないんじゃないか、そんな考えが頭の中をじわじわと侵食していく。

いつからか、あんなに楽しかったバス停に向かう足取りは、重くなっていった。



あれから季節は変わり、制服は長袖になった。

木々は紅葉し、バス停へ向かう道は様変わりした。


今でもバス停が近づくと少し体が強張るが、胸にあるのはほんの少しの期待だけだ。

当たり前のように、ベンチには誰もいない。

私は小さく息を吐いて、ベンチに座る。

鞄からスマホを取り出して、ワイヤレスイヤホンを耳につけてショート動画を流す。

楽しかった日々を思い出すこの場所は、私にとっていつしか辛い場所に変わっていた。

避けようのない時間をやり過ごす為に、たいして興味もない動画をみる。


私の前に影がかかり、私は顔を上げる。

そこには、彼が立っていた。

あの頃と変わらない、はにかんだ笑顔のまま。


私はあわててイヤホンを外したため、地面に落ちてしまう。

それを彼が拾い上げ、私の手のひらの上に乗せる。彼の指先が触れ、痺れるような感覚を覚える。


「久しぶり」


彼の声が聞こえる。

私の中で、数ヶ月前の感情が蘇り、熱くなる。


「久しぶり……」


何で来なかったの?

聞きたいけれど、聞いていいのかわからない。


彼が隣に座る。

手のひらにじわりと汗が滲み、喉が渇く。

何を話そうか、何度も繰り返したはずなのに、想定していた言葉はどれも適当ではない気がして、うまく言葉にできない。


「俺、ちょっと怪我しちゃってさ。それで親に送迎してもらってたんだ」


彼は足を指さして、苦笑いをする。

それを聞いて、私はようやく息ができた気がした。私の想定内のことだったから。


「大丈夫なの?」


「うん、もうすっかり治ったよ。なんか毎日話してたのに何も言えずに行けなくなっちゃったから、心配かけちゃってたら悪かったかなーって思ってた」


ごめんな、と話す彼に、気にしないでと応える私。


だって、また会えた。

これからまた毎日一緒に過ごせたら。



「長濱はさ、変わりなかった?」



目の前で、急にカーテンを引かれたような、明確な拒絶。

私は自分の顔が強張ったのを感じて、少し顔を下に傾ける。


「うん……私は、何も変わってないよ」


胸の鼓動が激しくうねり、目頭が熱くなっていく。


「俺はさ、彼女が出来たんだ」


彼が小さく笑い、八重歯が一瞬だけみえる。


「……これ、長濱には言っておきたかったんだ」


彼が伝える言葉の一つ一つが、私の胸を抉っていく。



「……うん、わかった」



そう、伝えるのが精一杯だった。


地面には落ち葉がひらひらと舞い落ちる。

そして、また別の場所に飛んでいく。


彼は立ち上がり、小さく息を吐いた。

そして、もう行くねと呟く。



「ありがとう」


消え入るような声で、そう呟く。



「うん、ありがとな」


そう答えた彼の声には、いつものような暖かさがあった。



落ち葉を踏む音が、遠ざかっていく。

冷たい風が私の頬を撫で、私はようやく涙をこぼす。


私は手に持ったままだったイヤホンを着ける。

再生した音楽を聴きながら、瞼をそっと閉じた。


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