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婚約破棄された令嬢、亡命聴取を受ける  作者: ゆりんちゃん


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第三章:聴取の始まり

 翌日、朝食を終えた私たちは、再び本邸の客間に集まっていた。

 昨日とは違い、そこには明確な役割を持つ三人がいる。尋問役の私、監視役のヴィクトリア殿下、そして記録係のコレット嬢だ。部屋に漂う空気は、昨日よりもさらに張り詰めていた。


 聴取を始める前に――ヴィクトリア殿下が口を開いた。視線の先は、緊張で顔をこわばらせているコレット嬢。

「コレット嬢、ご両親の様子はどうかね」

「は、はい。今朝は少し落ち着かれまして、支えがあれば歩ける程度には……。殿下と調査官殿に、非礼の謝罪とご挨拶を申し上げたいと……」


「断る」

 ヴィクトリア殿下は、きっぱりと言葉を遮った。

「今は心身を休めるのが務めだ。決して無理はするなと、そう伝えてくれ」


 思いがけない言葉に、コレット嬢は驚いたように目を見開いた。やがて殿下は視線を私に移した。

「エリアナ。昨夜、例の記録には目を通したのだろう。どう思った?」


 いよいよ本題だ。私は背筋を伸ばし、一晩かけて分析した内容を報告した。

「はい。侍女たちによるイザベラ様の言動記録、そして日記の写し、その両方を精査しました。結論から申し上げますと、不審な点、怪しい言動は一切見当たりませんでした」


 一度言葉を切り、付け加えた。

「……彼女の置かれている状況を考えれば、あり得ないくらいに、です」


 殿下の目が鋭く光った。

「日記の内容は、この屋敷での日々の些細な出来事や、窓から見える風景への感想ばかりでした。ですが……」

 私は慎重に言葉を選んだ。これは証拠に基づかない、私の直感に過ぎない。

「ですが、どうしても拭えない違和感があります。まるで――そこに書かれているはずの何かが、意図的にすっぽり抜け落ちているような。そんな奇妙な空白を感じるのです」


 報告を聞き終えたヴィクトリア殿下は、組んだ指の先でソファの肘掛けをとんとんと叩き、低い声で言った。

「……まるで、すべてが奴の想定通りに動いている、とでも言いたげだな」

 それは問いかけではなく、私の言葉を反芻し、自らの確信に変えていくような響きだった。私は黙って頷いた。


「『私の相手はあなたですの』、か」

 殿下はふっと息を吐き、天井を仰ぐように呟いた。そして、私たちを交互に見据えた。

「だとしたら、厄介だ。……私がここに来ることすら、あの女の計算通りかもしれん」


 王女の行動すら織り込み済み。もしそれが真実なら、私たちはすでにイザベラ様の掌の上で踊らされていることになる。

 重い沈黙が落ちた、その時だった。


 コンコン――。

 控えめなノックと共に侍女が顔を覗かせ、静かに告げた。

「ヴィクトリア殿下。近くの教会から、司教様がお見えになりました」


 殿下はハッと顔を上げ、迷いなくすっくりと立ち上がった。まるで、この膠着した空気を破る合図を待っていたかのように。

「……そうか。どちらにせよ、あの女の口から直接話を聞かねば何も始まらん」


 その声は先ほどまでの沈鬱を脱し、いつもの不敵で、すべてを見透かしたような王女の声だった。

「はい。私も、そう思います」

 私も立ち上がり、力強く同意した。物証に違和感がある以上、もはや本人を問いただすほかない。


 ヴィクトリア殿下は私とコレット嬢を交互に見据え、にやりと笑った。

「さあ、行こうか。聴取の時間だ」


 ---


 私たちは再び、イザベラ様の待つ別棟の客間へと足を踏み入れた。

 部屋の中央には、昨日までなかった小さなテーブルが置かれ、その上には荘厳な装飾を施された分厚い古書――この世界における唯一無二の聖典『神の書』が鎮座している。そして傍らには、紫色の祭服をまとった初老の司教が静かに佇んでいた。


 ヴィクトリア殿下と司教が短く目礼を交わす。やがて、イザベラ様は促されるまま立ち上がり、聖典の前へと進み出た。

 彼女は一切ためらうことなく、その白い手をそっと『神の書』の上に置く。

 司教が厳かに口を開いた。

「ここに集いし神の子、イザベラ・ド・ヴァレンティスよ。汝、これより行われる聴取において、神と、ここにいるすべての者たちの前で真実のみを語り、決して偽りを口にせぬことを誓うか」


「ええ、誓いますわ」


 その声はどこまでも澄み、揺るぎなかった。聖典から手を離した彼女はふっと微笑んだ。

「まあ、このような儀式まで。偽りを申し上げるつもりなど、ございませんのに」


 ヴィクトリア殿下は冷ややかに応じた。

「念のためだ。神聖な書に誓った上で偽りを述べれば、我々も心置きなくお前を叩き出せる」


 司教は役目を終え、一礼して部屋を辞そうとした。その背に、殿下が声をかけた。

「司教殿。今日ここであったことは、他言無用に願いたい」

「ご安心を、殿下。我ら神に仕える者は、口の堅さも信条の一つでございますので」

「礼を言う。後日、改めてそちらの教会へ祈りを捧げに伺おう」

「お待ち申し上げております」


 司教が退室し、扉が静かに閉まった。

 部屋に残ったのは、私、ヴィクトリア殿下、記録係としてペンを握るコレット嬢、そして完璧な微笑みを浮かべる公爵令嬢イザベラ。

 いよいよ、本当の聴取が始まる。


「コホン」

 私はわざとらしく咳払いをし、腹を括った。この尋常ならざる任務の主導権を握るために。毅然と姿勢を正し、イザベラ様と向き合った。


 隣ではコレット嬢が固い表情でペンを握り、背後ではヴィクトリア殿下が腕を組み、壁にもたれて立っていた。その存在だけで、ずしりと圧力がのしかかる。


 コレット嬢は慌てて王女に椅子を勧めた。

「あ、あの、殿下、どうぞこちらにお座りください……」


 だがヴィクトリア殿下は手で制した。

「いや、いい。ここからの方が、お前たち二人も、そこの女も、よく見える」


 まるで舞台の役者を見下ろす観客のように。

 正面には微笑みの仮面をまとった公爵令嬢の底知れぬ視線。

 背後には助言役という名の監視者の、すべてを見透かす視線。


 逃げ場のない板挟みの中で、私は最初の言葉を口にした。

「では、聴取を始めさせていただきます。まず、形式に則り自己紹介を。私は本件の聴取を担当いたします、王国調査局調査官のエリアナ・グレイです」


 次に隣のコレット嬢へ。

「こちらは、聴取の記録を担当するコレット・ベルナール様」


 そして背後のヴィクトリア殿下へと向き直った。

「後方におわすのが、本聴取の助言役でいらっしゃる、ヴィクトリア殿下です」


 一通りの紹介を終え、私は再びイザベラ様へと視線を戻した。

「これより、あなたの亡命申請に関する正式な聴取を行います。――まず、イザベラ様。ご自身の自己紹介をお願いいたします」

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