名探偵の目論見
7
『いい?今ここで話したことは、絶対に誰にも言わないこと』
ベンチで隣に座る赤佐が、ボイスレコーダーの一時停止ボタンを押した。
長い静寂の後、芽生が重たい口を開いた。「これで全部?」
「……ああ」赤佐は頷いた。言葉を選びながら、やっと出たような間で返ってきた。
「謝って欲しいって思ってたけど、今はそんな気持ちになれない」目頭が熱くなるのを感じる。堪えず、芽生は涙を流した。
隣からそっと差し出されたハンカチを受け取った芽生は、「ありがとう」と礼をいって、頬に流れた涙を拭きながら、呼吸を整えるように努めた。
芽生は鼻を啜りながら、涙まじりの声で「わたし、どうしたらいいの?」と赤佐に訊いた。
ボイスレコーダーから流れてきた千歳の悪意の籠った声は、寛大な心で許そうと思っていた芽生の心を打ち砕いた。仮に今、目の前で千歳が謝ってきたとして、許すとはいえない。言葉の代わりに、手が出てしまうかもしれない。
そして更に芽生に追い討ちを掛けたのが、浅葱と朽葉の存在だ。知らなかったとはいえ、共犯だったのだ。
ぐちゃぐちゃになった芽生の心は、崩壊寸前だった。
「陰平」赤佐は心配そうな目を芽生に向けた。「急いで結論を出さなくていい。ずっと辛い思いをしてきたんだ、今はゆっくりと心を休めるべきだ」
芽生はコクンと頷いた。鼻を何度か啜ってから、ハンカチで涙を拭いた。
8
帰り支度を済ませ、教室から出ていこうとすると、後ろから山吹、と声を掛けられた。聞き覚えのある友人の声だった。
「よっ」山吹は振り返り、右手を挙げた。友人の表情は曇っていたので「どうした?」と訊いた。
「歩きながら話そう。長い話になる」
「分かった」
2人で教室を出て、廊下を歩いた。所々に影が出来ていて、少し涼しかった。
「早速今日の昼休み、ボイスレコーダーを渡してきた」赤佐がいった。
「どうだった?」
「綺麗な解決とはいかなかった。現実はドラマのように、悪党を懲らしめて一件落着とはいかない」
「証拠は掴んだんだ。それを春海たちに突きつければいいだろ?そうすれば──」
一件落着といいたかったが、赤佐が言葉を遮ってきた。
「無理だ。蔭平にとって、ショックが大きすぎたんだ。今はそっとしておいてあげようと思う」
「……そりゃそうか」あれだけの内容を訊けば、無理もない。「後は、時間が解決してくれるってやつか」
「時間は傷を広げるだけだ。今の彼女に必要なのは、傷を癒やす何かだ。誰かに話すことが出来れば1番良いんだが」
「お前が訊いてやればいいんじゃないか?」
「俺は知りすぎてる。何も知らない第三者がその役目を務めるべきだ」
「お前ってそんなに思いやりのある、優しい奴だったっけ?変わったな」
そういうと、赤佐の表情が少し和らいだ。
「きっと、会長のお人好しが移ったんだな。困った人がいると、放っておけない性格だからな。あの人は」
誇らしげな表情で話す赤佐に、山吹もつられて笑みを浮かべた。
階段を降りて1階の昇降口に着いた。外から差し込む夕焼けが、校舎の中を鮮やかなオレンジ色に染めていた。
「そう言えば、春海たちの方はどうするんだ?」山吹は、靴を履き替えながら訊いた。
「放っておく」赤佐は冷たい口調で答えると、靴に履き替え、ガラス戸の方へ歩いた。
山吹は、隣にある別のクラスの下駄箱を見た。春海千歳のいるクラスだ。彼女はもうすでに下校していた。
あの日も千歳が下校したことを確認し、赤佐を生徒会室に呼んだ。彼は棚から生徒会日誌を取り出すと、頁を破いた。
「次回、生徒会が集まった時に破られていたことを春海に報告してくれ。出来れば、その時の彼女の反応を聞かせてくれるとありがたい」
そういって、赤佐は破いた頁を手に生徒会室から出て行った。
千歳が生徒会日誌の頁が破かれた件について、苦戦することも赤佐は予想していた。
「これから話す推理を春海に伝えてくれ。そうしたら、生徒会室で誰にも見つからなさそうな場所にこれを仕掛けておいてくれ」
制服のポケットから取り出し、渡してきたのはボイスレコーダーだった。
翌日の放課後、赤佐は「そろそろ頃合いだろう。次の日、なるべく朝にボイスレコーダーを回収してきてほしい」といった。
そして今朝、赤佐にボイスレコーダーを渡したのだった。
「山吹、どうした?」
「いや、何でもない」友人の声で、山吹は我に返った。首を振りながら返事をした。
昇降口から外へ出ると、そよ風に乗って運ばれてくる新緑の香りが、春の終わりを告げているようだった。
こんにちは、aoiです。
わたしが『小説家になろう』に投稿しようと決めて、初めて出来たキャラクターが赤佐雅寛でした。思いついた謎を、どう彼に解かせようかと考えながら書いている時間がとても楽しかったです。
“日常の謎”をテーマにした生徒会シリーズ。今回の話で一旦閉じますが、どこかまた別の物語で、赤佐を出すかもしれません(笑)それだけ思い入れのあるキャラクターなのです。長々となりそうなので、ここまでにします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。少しでも楽しんでくれたら嬉しいです。
また、別の物語でお会いしましょう。




