事件の発生(2)
2
「なるほど。それでは犯人は、鍵を使わず閉鎖された生徒会室に侵入し、日誌の頁を破いて何食わぬ顔で出ていったと、そういっているんだな?」
「まぁ、顔は分からないが」山吹は赤佐の顔を少し見た。「春海はこの件、わたしが預かるっていってるよ」
「そうか」
翌日の昼休み、山吹は赤佐を教室のベランダに呼び出し、昨日生徒会室で起きた出来事について話していた。赤佐の反応は薄く、どこか心ここに在らずといったところだった。
「どうだ、解決できそうか?」山吹は、ベランダの手すりに肘を置いた。
「どうだろう、さっぱり分からない」
「珍しいな、お手上げか?」
赤佐が痩けた頬を緩ませて「そうだな」といった。
そして彼がふと、黒板の上に掛けてある時計に目をやった。時刻は13時を5分程過ぎていた。
「山吹、すまない。もう行かないと」
「分かった」
「話の続きはまた今度」
そういった赤佐は、足早に教室から出ていった。去年、彼は生徒会副会長として多くの事件を解決してきた。今回の件は少し手こずっているな、と山吹は彼の背中を見送りながら思った。
3
体育館に出る廊下を歩いて外に出ていくと、中庭がある。そこが陰平芽生のお気に入りの場所だった。
芽生は去年の12月から昼休みになると、文庫本を持って中庭に足を運んでいる。頻度は休日と雨の日以外、ほぼ毎日だ。中庭の中央に植えてあるハナミズキが、迎え入れてくれているように彼女は感じていた。
5基あるベンチの内、体育館側の端にあるベンチで芽生は本を読でいる。そこは日当たりもよく、すごしやすいからだ。
今日も芽生は、いつものように本を読んでいた。もうすぐ5月だというのに、吹く風は少し冷たかった。
数頁読んだ頃、隣に誰かが1人分空けて座る気配を感じた。だが芽生は気にせず目で文字を追っていた。誰が座ったのか知っているからだ。
「赤佐くん……」芽生はいった。
「すまない、友人と話していて遅れた」聞き覚えのある低い声だ。口調はとても穏やかだった。
「もうわたしのことは放っておいて」
「そうはいかない」
芽生は読んでいた本を閉じると、体を赤佐の方へ向けた。
彼はベンチに浅く腰を下ろし、足を肩幅に開いて膝の上で指を組んでいた。二重の大きい目が芽生を優しく見つめていた。
「わたしの中では決着がついてるから。もう大丈夫」
「大丈夫なら、なぜ昼休みになると逃げるように教室から出ていくんだ?」
「それは……」芽生は赤佐から目を逸らした。
「責めてるつもりでいったんじゃない。そう聞こえたのなら謝る」
芽生は何も言い返せなかった。少し間を置いて、赤佐は更に続けた。
「読書の邪魔はしたくないから、手短に伝える」赤佐はいった。「例の件、動きがあった。本当に陰平の中で決着がついたのなら、俺はもう動かない。でも……」
「犯人は本当にあの人なの?」芽生が言葉を遮って、訴えかけるような目を赤佐に向けた。
「おそらく」赤佐の目に迷いがなかった。
「わたしはただ、謝って欲しいだけなの」
「分かってる。そのために動いてる」
「どうやって捕まえる気なの?」
「犯人が動き出した。泳がせて仕留める」
冷静さの中に秘めた、怒りを感じさせるような赤佐の口調に芽生は、頼もしさと同時に僅かな恐怖を感じていた。




