事件の発生(1)
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5時限目が終わり、春海千歳は教室を後にした。1階に降りてから職員室で生徒会室の鍵を借りると、外へ出て渡り廊下を歩いた。
目の前にある木造2階建ての建物の1階に、生徒会室がある。中に入ると、向かいにある技術室は電気が消えていて、人の気配がない。
「おっ、さすが会長。一番乗りだ」後ろから山吹薫が、煽てるようにいいながらやって来た。男性にしては、少々声が高めだ。
「当たり前でしょ。わたしが鍵担当なんだから」
千歳は持っていた鍵で木製の引き戸を開けた。彼女はあっ、と声をだした。鍵と山吹の顔を見て思い出したことがあったからだ。
「そういえば鍵、ちゃんと返してくれてたみたいね」
「もちろん」山吹は、人懐こい笑みを浮かべた。
2人で生徒会室に入ると、山吹が自身の背よりも高いガラス戸の収納棚から一冊の黒い綴込表紙を取り出してきた。
「どうしたの?」千歳が尋ねた。
「実は……」山吹が持っていたものを彼女に渡した。「報告したいことがある」
受け取った千歳は、綴込表紙を開いた。1頁目に生徒会役員の氏名が書かれていて、氏名からすぐにこれが去年書かれた生徒会日誌だと気づいた。彼女は山吹に視線を移した。
「これがどうかしたの?」
「何頁か……11月の方まで頁をめくって欲しいんだけど」
彼のいうとおり頁をめくると、千歳は目を見開いた。11月30日以降、12月から2月の頁が乱暴に破られていたのだ。
11月30日の頁も途中から破られている。辛うじて残っているのは、
『いつ、月原くんに渡されたのか?』のみ。
「先週、生徒会日誌を書いていた時に見つけてさ」山吹はいった。「日誌の書き方が分からなくて、去年のを参考にしようと見てみたら、こうなってた」
「誰がこんなこと」千歳は手で口を隠した。
「分からない」
千歳は気持ちを落ち着かせるため、近くにあった椅子に腰を下ろした。様々な考えが巡ったが、すぐに考え付いたことを口に出した。
「他に被害があったものは?」
「えっと」山吹は室内を見回した。「無さそうだけど、分からないな。どこに何があるのか、完璧に把握しているわけじゃないし」
「そうだよね」
新生徒会が発足してひと月も経っていない。他にどのような被害があったのか分かるほど、生徒会室のことをよく知らなかった。
次に壁に掛けられたカレンダーを見た。本日は4月24日の月曜日。
千歳は先週の記憶を蘇らせた。
17日の放課後、生徒会日誌を山吹に書くように頼んだ。彼が書記だからだ。生徒会室で書く、と山吹がいうので、千歳は鍵を預けて帰宅した。
「ねぇ、山吹くん」
「なんだ?」
「わたしが帰った後、生徒会室から出た?」
「いや、出てない」
「じゃあ、違うか」
山吹がトイレか何かの用事で生徒会室から出れば、一時的に室内は無人になる。犯人はそのタイミングを狙ったのではないかと推理したが、見当外れだった。
内部の犯行、つまり他の役員が破った可能性も考えられるが、千歳が最初に生徒会室に入り、最後に戸締まりをする。
内部の犯行なら、他の役員の目や千歳が見ているはずだ。ましてや、乱暴に破られたのならビリっと大きな音がするはず。内部の線は消えたな、と千歳は思った。
もう1度、生徒会室全体を見回した。出入り口は2つ。千歳たちが入ってきた廊下側と、外に出るガラス戸がある。彼女は後者を見ながら訊いた。
「帰る時、あっちの方の戸締まり確認した?」
「ああ」山吹はガラス戸の方へ首を動かした。「閉まってたよ」
千歳が戸締まりをした時も同様だ。鍵はしっかり閉まっていた。
「それじゃ、どうやって日誌の頁を破いたの?わたしたちの他に生徒会室に入れる人物……」
生徒会室の鍵は、職員室で管理されている。生徒が職員室に入室する際、必ず学年とクラス、氏名を通る声で宣言し、次に用件をいう。必ず職員室には教員がいて訊いているので、誰がいつどのような用件で入室したのかが分かる。
職員室にいつもいる教頭や学年主任の教員に訊けば、生徒会室の鍵を持ち出して侵入し、日誌の頁を破った犯人が分かるかもしれない、と千歳は思った。
「この件、わたしが預かる」
「わかった」
そうこうしている内に、他の役員が生徒会室に入ってきた。
会議が終わり解散すると、千歳は生徒会室の戸締まりをした。廊下に出ると、一歩引いて引き戸全体を見た。鍵穴や引き戸に強引に開けられたような痕跡はなかった。
誰かが鍵を使用し、開けた以外に考えられなかった。
千歳は職員室へ向かった。鍵を返すのと、教員に鍵の持ち出し記録を訊くためだ。
得た情報は、千歳の期待はずれのものだった。念の為、他の教員にも訊いたが答えは同様のものしか返ってこなかった。
千歳と山吹以外、生徒会室の鍵にさわった人物はいない、というのだった。




