最強のスキルは『睡眠』。眠るたびに強くなる俺は、今日もベッドから出ない。
最強のスキルは『睡眠』。眠るたびに強くなる俺は、今日もベッドから出ない。
スキルがレベルではなく「進化」する異世界。進化の方向は無限大。
俺、レオナルドは、この世界に転生して十年になる。
物心ついた頃に前世の記憶を思い出し、自分がファンタジー世界の貴族の息子として生まれ変わったことを知った。
この世界はスキルが全て。生まれたときに授かるスキルが、その後の人生を決定づけると言っても過言ではない。
スキルはレベルアップではなく、「進化」によって強くなるのが特徴だ。
進化の方向は無限大で、同じ名前のスキルでも持ち主によって全く異なる能力に進化することもある。
俺が授かったスキルは【睡眠】。
……正直、がっかりした。
父上は炎魔法を究めた【灼熱】、兄上は剣技を極めた【斬鋼】という強力なスキルを持っている。
騎士や冒険者として名を馳せる彼らに対し、俺の【睡眠】スキルは、眠ることでわずかに疲労回復が早まる程度の効果しかなかった。
「レオナルド。お前には期待しておらん。騎士としての訓練も無駄だろう」
父上は冷たく言い放った。
「【睡眠】スキルなど、怠け者の言い訳にしかならん。家の恥だ」
兄上も嘲るように笑う。
俺は屋敷の片隅にある、使われていない離れに追いやられた。食事も必要最低限。
使用人たちも露骨に俺を避けた。期待されない、どころか、存在自体を疎まれている。俺は絶望した。
でも、一つだけ、このスキルに可能性を見出すとしたら――「進化」だ。
他のスキルが進化するように、【睡眠】スキルだって進化するはずだ。どうすれば進化するのか?
手がかりは全くない。ただ、眠ることで効果が得られるのだから、とにかく眠り続けるしかない、と考えた。
俺は離れに引きこもり、一日中眠り続けた。
三食はかろうじて運ばれてくるが、それ以外の時間はベッドの中だ。
家族からは「やはり怠け者だったか」「離れに隔離して正解だった」と陰口を叩かれた。
それでも俺は眠った。ただひたすらに、眠り続けた。
眠り続ける中で、少しずつ変化が起こり始めた。
最初は、ただ疲労が回復するだけだったのが、眠りから覚めると身体が少し軽くなっているような気がした。
さらに眠り込むと、夢の中で不思議な光景を見るようになった。
広大な草原を駆け巡る夢、巨大な滝を登る夢、満点の星空の下で魔法陣を描く夢……。
目覚めると、身体能力がほんのわずかだが向上しているのを感じる。
そして、スキル名が【睡眠】から【熟睡】に進化していた。
【熟睡】スキルは、睡眠時間を深く質高くする効果があった。
これにより、身体能力の向上速度が上がった。
さらに眠り続けると、夢の中で剣を振るう練習をするようになったり、見たこともない魔法陣を組み立てるようになったりした。
そして、次に目覚めたとき、スキルは【夢想】に進化していた。
【夢想】スキルは、夢の中で現実世界の訓練と同等かそれ以上の効果を得られるようになった。
これにより、起きている間に訓練する必要がなくなった。
俺は完全にベッドの中で強くなり始めたのだ。
身体は細いままだが、内側に秘めた力は着実に増大していた。
魔力も夢の中で少しずつ練り上げることで、いつの間にか魔術師顔負けの量になっていた。
家族からの扱いは変わらない。
離れで眠り続ける俺を見て、さらに蔑むだけだ。
でも、もう気にならなかった。俺は強くなっている。いつか必ず、この力を証明してやる。
さらに一年、二年と眠り続けた。
スキルは【夢想】から【深淵夢】へ、【深淵夢】から【無限進化睡眠】へと進化を続けた。
もはや夢の中は、もう一つの現実世界だった。
夢の中で俺は最強の剣士であり、同時に大魔導士でもあった。
ありとあらゆる知識や技術が、眠るたびに俺の中に蓄積されていった。
ある日、故郷である王都から使いの者がやってきた。顔には絶望の色が浮かんでいる。
「レオナルド様! 大変です! 魔王軍の精鋭部隊が王都を急襲し、防衛線が次々と破られています! 父上も兄上も重傷を負い、もう風前の灯火です!」
俺を追放した父と兄が、窮地に立たされている。
皮肉な状況だ。普通なら見殺しにしてもいいだろう。
だが、この故郷は、前世で平穏な生活を送っていた俺にとって、今世で初めて生きた土地だ。
そして、この【無限進化睡眠】スキルは、眠ることで周囲の時間や空間すら歪めることができるレベルに達していた。
王都までの距離など、一瞬で踏破できる。
「分かった。すぐに向かおう」
俺は三年ぶりにベッドから降りた。
身体は相変わらず細いが、その瞳には深淵の輝きがあった。
王都は地獄絵図だった。
街は炎上し、魔物が闊歩している。
父の屋敷も半壊し、父と兄は血まみれで倒れていた。彼らのスキルは、強敵の前では無力だったのだ。
「レ、レオナルド……なぜここに……?」
父は弱々しく呟いた。兄は憎悪の目で俺を睨んだ。
「怠け者が、何をしに来た……! お前の役立たずスキルでは何もできん!」
俺は彼らの言葉に何も答えず、ただ大きく欠伸をした。
「さて、少し眠るとしますか」
その場に座り込み、目を閉じた。
瞬間、世界の色が変わった。
俺の身体から放たれる柔らかな光が、王都全体を包み込む。
【無限進化睡眠】――このスキルは、俺が眠っている間、俺の意識が世界そのものとリンクし、夢の中で行われたことが現実世界に反映されるという、究極の進化を遂げていた。
夢の中で、俺は王都に侵攻してきた魔王軍と対峙した。
漆黒の鎧を纏った魔王軍幹部。巨大な魔獣。無数の下級魔物。
夢の中の俺は、全身に魔力を纏い、一振りで山を両断する剣技を振るう。
指一本で巨大な隕石を召喚し、敵陣に降り注がせる。夢の中だから、どんな無茶も可能だ。
夢の中での戦闘は一瞬だった。
最強の俺に敵うものなどいない。魔王軍は塵と化し、巨大な魔獣は消滅した。
現実世界。
王都を覆っていた光が収束する。
そこにいたはずの魔王軍は、跡形もなく消え失せていた。
巨大な魔獣も、まるで最初からいなかったかのように姿を消している。
街の炎は鎮火し、破壊された建物は元通りになっているわけではないが、これ以上の被害はぴたりと止まった。
父と兄は、呆然と立ち尽くしていた。
「な、何が……何が起こったのだ……?」
「魔物が……消えた……?」
俺はゆっくりと目を開けた。
身体が、少しだけ軽くなった気がする。
「少し、いい夢を見ました」
かつて俺を冷遇し、追放した家族や貴族たち、そして王都の人々は、目の前で起こった信じがたい光景に言葉を失っていた。
たった一回の「睡眠」で、王都を滅亡の危機から救ったのだ。
「レオナルド様……いえ、レオナルド様!」
父は震える声で俺の名を呼んだ。かつての冷たさはなく、そこにあるのは畏敬と、そして深い後悔の色だ。
「お前は……お前こそが、真の英雄だ……! 我が家は、なんて愚かなことを……!」
兄は膝をつき、悔しそうに、しかし認めざるを得ないといった表情で俺を見上げていた。
【睡眠】スキル。怠け者のスキルと嘲られたそれは、進化の果てに世界を救う力となった。
俺は英雄として迎えられ、かつての離れ暮らしから一転、王都で最も尊敬される存在となった。
望めば王位すら容易に手に入っただろう。
だが、俺の興味は相変わらず「睡眠」にある。
この【無限進化睡眠】スキルは、まだまだ進化の余地があるはずだ。次はどんな夢を見られるのだろう? どんな力を得られるのだろう?
俺は、王都の新しい屋敷で、ふかふかのベッドに寝転がる。
窓の外では、俺を称える人々の声が聞こえる。かつての冷遇が嘘のような、劇的な変化だ。
「まあ、なんだ。最高の寝心地だ」
俺は満足そうに微笑み、目を閉じた。
今日も俺は、眠るたびに強くなる。
そして、この世界は、俺の夢によって少しずつ変わっていくのだろう。
おやすみ、世界。
**完**