約定の千年の始まり
王は、僅かに沈黙した。
サミュエルの言葉は、まるでそうしなければならない、とでも言うような──。
己自身を戒めているように聞こえたからだ。
そうしなければならない。
そうすることが正しいのだと、思い込んでいるような。
王は、おもむろに口を開く。
その刻んできた時を示すような皺を深くさせ、親として、父として、彼は尋ねた。
「彼女は、それを知っているのか。お前が、彼女に後ろめたさを抱いていることを」
後ろめたさ。
それは、確かにその通りだった。
サミュエルは僅かに目を見開いたが、すぐにまた、微苦笑を浮かべる。取り繕うことを諦めたような、そんな表情だ。
「知りませんよ。知っていたら、彼女は遠慮します。あのひとは、そういうひとだ」
「二度目の予知で、あの娘と何があったのか。そこは尋ねまい。お前にも、個人的な事情というものがあるだろう。しかし、サミュエル。彼女をこの国におき、匿おうとも──恐らく意味などない」
知ったような言葉を吐く王に、彼は瞳を細めた。蜂蜜を溶かしたような甘い瞳が、鋭く王を射抜いた。長く玉座に座る王は、息子の責めるような──問いただすような、そんな刺々しい視線を受けてなお、諭すように言った。
「彼女は、春を司る稀人。そして、バートリーの娘だ。彼女自身は、バートリーとは縁を切ったと話したが、あれの精神は、魂は、そう変わらん。生まれ持ったものを変える、捨て去ることは、並大抵のことでは無い。あの娘は、無意識のうちに、貴族の役目を果たすぞ」
「それは……」
「ただ、守られてばかりのお姫様ではない、ということだ。……お前も、知っているだろう?そんなに、過保護になるのだからな」
「…………」
今度は、サミュエルが沈黙する番だった。
言われずとも、理解していた。
アマレッタは、ただ守られるだけの令嬢ではない。
むしろ、彼女は守るべき人間だ──と、少なくとも、彼女自身、そう自負していることだろう。
貴族としての責務。
生まれ持った、役目。
稀人としての、義務。
それらを、完全に捨て去ることは、きっとできない。
助けを求める人間がいたら、彼女は手を貸すだろう。それで、自身の立場や──命が、危うくなると、知っていたとしても。
そうだ。知っている。
サミュエルはそれを良く知っている。
知っているからこそ、彼女にはクリム・クライムにいてほしい。そう、望んでしまうのだ。
眉を寄せ、考え込むようにまつ毛を伏せたサミュエルに、王は話を変えた。
「して、サミュエル。かの国で動きがあった。……いよいよだ」
その言葉に、サミュエルはハッと顔を上げる。
驚いたように見つめる先で、王が嗤った。
「セミュエル国で、反旗が翻った」
「──」
「三大公爵家による、内乱だ」
その言葉は、ある意味、予想していたものだった。
それでもやはり、驚きは拭えない。
「そう、ですか。ついに……」
アマレッタが巻き込まれる前に、彼女を国から出すことが出来た。
そのことに、安堵する。
そんなサミュエルに、王は肘掛に肘を乗せ、遠くの窓を見つめた。窓の先──海を越えた先に広がる、セミュエル国を見るかのように目を細め、王は言う。
「約定の千年が、始まった」




