王家は、冬の稀人ではない
船に二日乗り、各国を経由し、ようやく、クリム・クライムを囲う海に辿り着いた。
クリム・クライムにはこの海を渡らなければならないという。
(ここが……【霧隠しの海】……)
船を直進させればいずれ、クリム・クライムに辿り着くはず。
それなのに、いくら船を進めても進めても、辿り着くことの無い幻の国。
気がつけば、船は最初の地点に戻されているという──。
サミュエルは、小舟を一舟用意していた。
どうやら、それでクリム・クライムに向かうようだ。手には、オールが握られている。
「手で漕いでいくの?」
「あまり目立ちたくないからね。俺は国を出る時も戻る時もこうやってコソコソしてるんだ。クリム・クライムの人間が気軽に出入りしていることが知れたら、面倒なことになる」
「そうなの……」
確かに、彼の言う通りだ。
クリム・クライムは謎に包まれ過ぎて、人間は住んでいないのではないか、とまで言われていた。
それなのに、悠々と行き来する人間がいれば怪しまれるのはとうぜんだ。
私は、ずっと気になっていたことを彼に尋ねた。
「クリム・クライムに向かおうとすれば、たちまち霧に包まれ、いつの間にか船は最初の地点に戻っている。……それは、事実?」
誰もが知る有名な話だ。
国を包む霧と海があるから。
クリム・クライムに辿り着いた人間は誰もいない。
小舟に乗り込みながら尋ねると、サミュエルはオールをしっかり握り、慣れた手つきで漕ぎ始めた。
「ほんとうだよ。あれは、兄の術によるものだ」
「お兄様……」
彼は、王族なはずだ。
なぜなら、彼の名前は、サミュエル・クリム・クライム。名に国名を冠するのは、基本、王家の人間だけだと思われる。
私の考えを察したように、彼は続けて言った。
「きみも気づいてると思うけど──俺は、クリム・クライム王家の人間だ。俺は、クリム・クライムの二番目の王子。兄は、王太子だ」
「──」
予想はしていた、けど。
(王子……)
王子、という言葉に思い出すのは、やはりセドリック様だ。
だけど、セドリック様とサミュエルはまったく似ていない、ように思う。サミュエルは、良くも悪くも王子らしくない。
(今更だけど私、彼にこんな気安く口を利いてもいいのかしら)
いや、だめだろう。
しかし、今更改めるというのも気まずいものだ。
そんなことを考えていると、船を少しずつ進ませながら、サミュエルが話を切り出した。
「兄の使う術……神秘、というべきだな。兄の持つ神秘は、他人の眠りに関与する、といったもの。そして、本来それは──セミュエル国の【冬を司る稀人】が持っているはずの、神秘だ」
「…………え?」
冬、を司る──稀人が、持つ神秘。
単語と単語が分離して、うまく文章が繋がらない。
だって、それなら。
彼が言うことがほんとうなら。
冬の王家は……稀人、ではない?
「そんなばかな。だって、今までだって王家はセミュエルに冬を……」
「そう。あくまでクリム・クライムの王族に継承しているのは神秘だけだ。そもそも、季節を巡らせる稀人と、各個人が使える神秘はまったくの別物だ。ただ、それを公にするのはセミュエル国にとって都合が悪い。だからこそ、あえてセミュエル国は、神秘と季節を司る稀人としての力を同一視させてきた」




