アマレッタとしての第二の人生
分からない。でも、その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、サミュエル。だけど、良かったのかしら。今更だけど、あなたの、預言者としての立場も、クリム・クライムの国としての在り方も……部外者である私が、聞いても良かったの?」
外部からの一切の接触を絶っているという、クリム・クライム。
その秘密を、国外の人間である私に教えても良かったのだろうか。
私に機密事項を漏らしたことでかなにか彼になにか罰があったら、申し訳ない。
そう思いながら尋ねると、彼はガーゼを片手に持ちながらあっさりと答えた。
「ああ、それならきみが気にすることはない」
「だけど」
「ガーゼを貼るから、こちらを見て。アマレッタ」
彼に名を呼ばれて、私は再度顔を上げた。
(国の機密事項を外部の人間に漏らすなんて、ふつうは許されない……)
彼は、クリム・クライムと彼の目的は違うと話していた。
クリム・クライムの目的は分からないが、それがあるからこそ、私に情報を与えても問題ないと判断されたのだろうか。
彼に、ガーゼを貼ってもらっている間、私は静かに考え込んでいた。
(これから……私はどこに行きたいのだろう?)
今まで、どこに行きたいか、なんて考えたことは無かった。
私は、稀人だから。
セミュエルで生まれ、セミュエルで暮らし、セミュエルで死ぬのだと、とうぜんのように考えてきた。だから。
(バートリー公爵邸ではとにかく、国を出たい……この場を逃れたい……その思いが、強くて)
これは、逃げなのだろうか。
私は、家から、国から、婚約者から。
逃げてきたのだろうか──?
(……無責任、だ)
ぽつりと、そんな言葉が胸の内で形になった。
稀人として生まれ、公爵家の娘として育ち、自分の存在価値を理解していたにも関わらず、私は国を出た。
これが、無責任でないなら何なのだろう?
「アマレッタ」
「──」
名を、呼ばれて視線を上げる。
サミュエルは、私を真っ直ぐに見つめていた。
(また……この瞳)
なにかを、訴えかけているような。
なにかを、伝えているような。
(あなたは、私に何を言おうとしているの……?)
私は今、彼の顔でどんな顔をしているのだろう。
訝しむような?疑うような?
それとも──不安を感じている、ような?
「きみは今、何を考えてる?」
「何……って」
「責任は、感じなくていい。先にきみを蔑ろにしたのは──きみを搾取し、良いようにしてきたのは、あの国だ。きみが、そこまで尽くす義理はない」
「──」
(どうして……どうして、このひとは)
私が、考えていることが分かるのだろう。
どうして。
(私が……)
私が、求めている言葉を。
私が、言って欲しいと思っていた言葉を……くれるのだろう。
私は、まつ毛を伏せた。
様々な思いが駆け巡る。
季節を守る、国の柱。
国の存続のために、無くてはならない存在。
それが、稀人。
私は、春を司る稀人だった。
「私は今、これから、何をすればいいのか分からなくて、迷っている。今の私は、帆を失った船のよう。だから……見つけたい」
静かに、私は言葉を紡いだ。
今の気持ちを、見失わないようにしながら。
「稀人でも、公爵家の娘でもない、ただの私の──アマレッタとしての第二の人生を。人生の岐路を照らす、灯火のようなものを……見つけたいと思う」
国を出た。
そのことを、後悔してはならないと思う。
だって、あの時の選択が、誤りであったと認めたら。
私の覚悟も、すべてが無駄になってしまう。
サイモン様の言葉も、私兵の彼らの気持ちも、無意味になってしまう。
だから。後悔は、もうしない。
悔やむのも、これで終わりにする。
これからは──今、何ができるのかを。
私は、何をしたいと思っているのか。
何のために、生きているのか。
何のために、生きたいと思うのか。
その意味を、見つけたいと思う。
そう、願うのだ。
「私は私なりに……頑張ってみたいと思うの。だから……まず、その一歩として」
家族は、私の理解者ではなかった。
婚約者は、私の想いを裏切った。
もう、ひとを信じるのはよそうと、そう思ったこともあった。
だけど、それではいけないのだと思う。
ひとを信じられない人生なんて、あまりにも寂しいから。
だから。
「私は、あなたを信じたい。私を必ず守ると、そう言ってくれたあなたの言葉を。私のために、セミュエルを訪れた、と言ってくれたあなたの言葉を」
彼は、静かに私の言葉を聞いていた。
私の言葉を、待ってくれている。
それが心強くて、嬉しくて、だから、最後まで、ハッキリと自身の気持ちを形にすることが出来た。
「だから、私を──あなたの国に、クリム・クライムに連れて行ってほしい。そこで、私に何ができるのかはわからないけど……。あなたが、バートリー公爵邸から、セミュエルの国から、私を連れ出してくれたのは事実だから。その恩に報えるよう、頑張りたい。そう、思うの」




