静寂な苛立ち(4)
ひとしきり仕事を終え、帰宅していた。
バス停に歩いている時に足元が不安定な感覚に襲われ、一旦立ち止まった。
多くの人が帰宅を急いで歩いているため、邪魔にならないように道の端に身体を寄せた。
1人でいることが今日は耐えられそうになかった。
“今から会える?”
ユウにLINEを送る。
あまり待たずして、
“会えるよ、どうする?今どこ?”
と、返信があったので帰宅中でバス停近くにいることを伝えたら、10分待っていてと連絡があった。
近くのコンビニの前でただ通りすぎる人を眺めながら、足元のフラつきと視界の狭まる感じに不安を覚えた。
まだ汗ばむくらいの気温が残っているはずなのに、指先が冷たく感じた。
だんだん狭まる視界から小走りで私に向かうユウが見えた。
少し額に汗をかいて、人懐こくユウが笑う。
「…とりあえず、帰ろうか。それとも、どこかでメシでも食べる?」
呼吸を整えながら、いつものように優しく私に話しかける。
いつもあまり詳しくは聞いてこない。
彼の声で少しずつ体温が戻り、視界がゆっくり戻る。
「一緒にうちに帰っても大丈夫?」
私が伝えると、ユウは私の手を優しく握り、
「じゃあ、帰ろう」
と、歩き始めた。
私の歩幅に合わせながら、バス停に向かう。
繋がった手は私より大きく、やや骨ばっている。
長くきれいな指に力が入り、私を少しずつ安心させる。
「なんか作る?買って帰る?」
やはり人懐こく顔全体で笑いながら、私に話しかける。
「何気分?」
つられて、少し私が笑いながら聞くと、
「…餃子とビールの気分」
と、私の目をみて、楽しそうにユウは言った。
バスの中は込み合い、並んで立った。
私がふらつかないように、ユウは優しく私の腰に手を当てる。
背中に感じる体温が心地よかった。
20分ほどバスに揺られ、バスを後にした。
「…餃子だけだと寂しいから、なんか簡単に作るね。」
と、スーパーで伝え、適当に野菜をかごに入れながら移動していると、
「秋限定のヤツあるよ。」
と、ユウが6缶入りのビールを手に取った。
普通に接してくれる気遣いが本当にありがたい。
スーパーから少し歩き、商店街を抜け、横道に入ってわりと直ぐのマンションに入る。
エレベーター前でユウは手に持った私が出した不釣り合いなエコバックの中身を見ながら、
「楽しみだね」
と、満面の笑顔で話す。
「ユウは仕事帰りだった?」
と、自己都合を押し付けたバツの悪さから少し呟くように尋ねた。
「そろそろ帰ろうと思ってたから、大丈夫。いつもの事じゃん、急なのは。」
変わらない屈託のない笑顔で私に答え、
「…ほら、入ろう。腹ペコだし。」
と、当たり前のようにうちの玄関を開けた。
いつもの当たり前が今は心地よかった。