静寂な苛立ち(3)
バスに乗り、会社の最寄りのバス停から降り、途中でコンビニに寄りコーヒーを買い、それを片手に少し早い出社をする。
照明を付け、誰もいないことに落ち着く。
今朝はうまく顔を作れない。
だから、静かな誰もいない空間に安心する。
デスクにつきパソコンを立ち上げ、メールを確認する。
小さな付箋に今日の仕事のタスクを一つずつ書き込み、パソコンの縁に張り付けた。
メールの返信を手早く送り、ひとくちコーヒーに口をつけた頃には何人かスタッフが出社をして、あいさつを投げかけてくる。
それに答えながら仕事を進める。
少しずつ人の声や気配が増え、日常が始まる。
「高梨さん、そろそろ移動しないとです。」
一つ後輩の松田さんが笑顔で私を促した。
美容や健康関連の商品の企画開発や販売に携わっている仕事をして、8年目。
実際に企画開発に携わるのは5年目。
最初は会社直営の実店舗で3年、販売とカウンセラーとして店頭で働いていた。
商品開発事業部署に希望は出していたが、店舗での接客もやりがいが持てた。
「高梨さんのすすめてくれた商品、かなり良くて」
「高梨さんのおかげで肌荒れ落ち着いたよ」
お客様の声が本当にありがたかった。
その経験が移動後も糧になり、原動力になっていた。
モニターの方が集まっている部屋のドアを開け、一礼をした。
商品の意図や前の商品との改善比較を資料と共に説明をし、モニター期間の確認、再度来社の日程を伝えた。
モニター用の商品を配り終えると、わりと自由に質問や希望をモニターの方々が発信する。
そのたわいのない会話が次に繋がることも多い。
1時間ほどで落ち着き、各々部屋から退出していく。
私と松田さんは部屋を片付け、照明を消して退出した。
その後、自分の席に戻り、2ヵ月後にリリースする商品の社外秘作成に戻る。
何件かの問い合わせを時折返し、午前中を終えた。
昼休憩になったところで、また不意に思い出した。
どんな理由があったとかは興味がない。
エイタが死んでも私が未だに解放されない。
苛立ちが何処から湧くのかさえわからず、気持ちや頭がざわついた。
本当に何時になったら、終わりが来るのだろうか。
泣いて叫んだり怒ったり出来れば、少しは楽になれたのだろうか?
うまく泣ける気もしなかったし、気持ちを高ぶらせて怒ることも出来る気がしなかった。
当時も今もただ静かに受け入れ、穏やかに誤魔化していくしかなかった。
もうすぐ昼休憩が終わる。
急いで家から持ってきたおにぎりを頬張り、ペットボトルの水をひとくち含んで流し込んだ。
自分の席に戻り、またパソコンに向かう。
昼休憩からスタッフが戻り、人の気配と様々な声と音に少しだけ血流が戻ったような感覚になる。
ただ、穏やかに今は誤魔化していく。