憂鬱な逃避(1)
私とヒナコは大学に進学した。
卒業式の時にヒナコはたくさんの後輩に囲まれていた。
私はこの3年で息が少しだけ上手く出来るようになった。
実家にたまに帰省するとツラくてたまらなかった。
特に自分の部屋にはいたくなかったので、リビングで眠った。
最初こそ部屋で寝るように母が注意していたが、父は帰ってる時くらい好きにさせてやれば良いじゃないかと話していた。
妹も中学生でよく部活の話を父としているようだ。
祖母は少し痩せたものの変わらずいろんな趣味を楽しんでいた。
エイタは高校からあまり帰省してないようだった。
もう、8年も過ぎている。
きっと何年経ってもここでは息を上手くすることは出来ないと思った。
私はヒナコと同じ大学ではあるものの学部が違うため、履修の授業が重ならなければ、大学では違う友人と過ごすことが増えた。
ヒナコとはそれでもバイト先が一緒でシフトが同じ日はやはり嬉しかった。
バイトはカフェで私はキッチン、ヒナコはホールに入る。
一人暮らしやバイトなど、初めてやることが多くて目まぐるしく毎日が過ぎる。
ヒナコは変わらず私の隣にいてくれる。
それが本当に良かったと思う。
高校の時みたいに常に一緒ではなかったけれど、私にとって大事でかけがいのない存在。
彼女はやはり目を引く美人で、ホールではかなり目立つ存在だった。
さらに社交的でカフェスタッフとすぐに馴染んでいた。
ヒナコのおかげで私もスタッフと馴染めた。
バイトには同じ大学の子もいて本当に平穏だった。
あの事を思い出すことも少しずつ減っていった。
その日はヒナコは少し遅い時間からシフトに入り、私は2時間ほど先にバイト先に出勤して仕込み作業をしていた。
「こんにちは、リナちゃん。これ注文分の商品。納品確認とサインお願い。」
週に何回かコーヒー豆を卸している担当の人が私に納品書を手渡す。
カフェスタッフの子の中ではカッコいいと言われている人。
私は少し距離感が近くて苦手だった。
フレンドリーとも言えるが、まだ男の人が必要以上に近くに来られるのは慣れない。
「…サントスショコラとコモドドラゴン、コロンビアにフィルターですね。あと、これを。」
と、サインした控えを手渡す。
「何してるの?」
と尋ねられたので、“デザートの仕込みです。”と作業に戻りながら答えた。
そんなやり取りをしていると同じキッチンスタッフの子が入って来た。
「鈴木さん、リナちゃん、お疲れ様。」
と、コロコロをかけながら明るく声をかけてくれた。
その子は手を洗い私の方へ近づき、仕込み表を確認する。
そして、
「鈴木さん、今度みんなでご飯に行きませんか?」
と、言った。
「いいね。いつが良い?」
と話が進んでいるなか、私は黙々と作業を続ける。
「リナちゃんも行くでしょ?」
と不意にスタッフの子に話を振られた。
「ヒナコが行くなら…。」
あまり慣れないし苦手だから、少し濁した。