自己肯定感と依存(4)
練習が終わり、グランドを片付けながらヒナコといつものようにとりとめのない話をしていた。
「高梨さん、今大丈夫?」
と、佐藤さんに呼び止められた。
「…佐藤さん、まさかリナに告白でもする気ですか?」
と、ヒナコは軽い冗談のつもりで言った。
いや、ヒナコはおそらく牽制してくれたのだろう。
私がなんとなく男の人が苦手なのは気がついているようだったので、ヒナコなりの気遣いだった。
「そうです。告白です。」
と、佐藤さんは真面目にヒナコと私を見ていた。
私はヒナコの顔を見た。
ヒナコは少し困った顔をして、私を心配した。
「少し、距離あけますね。ただ、リナが心配なんで近くにいます。」
と、会話が聞き取れないくらいの距離までヒナコは離れて行った。
離れて行くとき“5分以内ですよ。”と笑いながら、私を心配そうに一瞬見た。
「…好きです。付き合ってください。」
と、本当にまっすぐ私を見て佐藤さんはそれだけ伝えた。
私は正直、好きの意味がわからなかった。
祖母や家族、ヒナコに対する大事にしたい好きとは種類が微妙に違う。
そういう類いの好きを知らないままあの事があって、人に踏み込めなくなっていた。
好きと伝えられても何の感情もわかなかった。
むしろ困惑で何を伝えれば良いのか悩んだ。
「…はい、ありがとうございます。でも、付き合うのとか少し難しくて…。」
と、何とか絞り出した。
「…難しい…。」
と、佐藤さんは呟いた。
私たちに動きがないためか5分過ぎたからか、ヒナコは私たちに向かって歩いてきた。
「…難しいらしい…。」
と、佐藤さんはヒナコに伝えた。
ヒナコは苦笑しながら、
「まぁ、頑張りましたよ、佐藤さん。」
と、佐藤さんの肩を叩いて励ました。
「嫌われない程度にまた、頑張ります。」
佐藤さんはそう言って、複雑な顔で笑っていた。
どことなく、私は自分が普通に恋愛をしたり、いつか誰かと結婚をして子供を育てたりすることがイメージ出来なかった。
酷い経験から幸せなイメージが欠落しているし、あの事で私自身が汚く欠陥があると自分を追い込んでいた。
昔の事だとは思えなかった。
「…アイスでも買って帰ろうか。」
ヒナコは微妙な空気を変えるように、私に話しかけた。
「ガリガリくんで。」
私は少し遅れたがヒナコの優しさにそう答えた。
微かに遠くからあの時と同じ栗の花の匂いがする。
喉の奥が熱く、それ以上は喋れそうになかった。
その匂いは微かにしかしなかったが、記憶を戻すには十分すぎた。
それでも出来るだけ普通にするように努めた。
ヒナコが不意に私の頭を撫でた。
「…大丈夫だから。」
と、彼女はいつもわたしに欲しい言葉をくれた。