静寂な苛立ち(1)
夏の暑さが残る夜に電話が父から入った。
『エイタが死んだよ。』
自殺したとその後、父は静かに告げた。
習慣でただつけてるだけのテレビの光と遠い声がなんとなくうるさくて、ベランダに出た。
外の空気は一瞬暑く重く、それでも時折風が心地よい。
程よく光が点在し、外を歩く人の声や近くの居酒屋の食べ物の匂いがして、ぼんやりしていた視界がくっきりとした。
あっけないものだと思った…
と、同時に溝内辺りが重く不快だとイラついた。
ただ、外を眺めながら不快感が落ち着くのを待った。
時折、賑やかにはしゃぐ酔っぱらいの声やマンションのとなりに住んでいる人の生活音や話し声で、溝内を掴まれるような痛みを思い出すように現実に引き戻される。
『エイタが死んだよ』
正直、私はそれを望んでいたけど、実際そうなっても少しも解放されなかった。
むしろ、自殺と言う逃げの結末に
「最期まで卑怯かよ…」
と、嫌悪感に強く支配される。
「….献杯でもしとくか…」
と、部屋に戻り冷蔵庫からビールを出し、蓋を開け缶に口を付け一気に飲み干した。
途中だらしなく少しだけ口からこぼれ、首筋に冷たさを感じた。
「…寝るかな….」
明日も仕事だし、寝る準備をすすめた。
ベッドに横たわると静けさで頭が冴えた。
日々の生活の忙しさで忘れていた嫌悪感が、私を覆う。
実感させられる…昔の事なのに細々とまだ私のなかで蝕んでいる。
長く時間をかけて侵食していき膿んでいくのを、私はどうすれば良いのか分からなかった。
エイタが居なくなることを心から望んでいたし、出来ることなら私がそれを下したかった。
頭の中では何度も何度も残酷なエイタの姿を積み上げてきたが、正直、そんなことが出来るほど理性がバグることもなかった。
ギリギリの倫理観が働き、あと大人になってからは物理的な距離も作っていたため、実行に至らなかった。
だからこそ、自殺と言う逃げに苛立ちしか起きなかった。
時間が経っても距離を作っても、私は未だに私のパーツが欠落したまま、欠落したところからさまざまな感情がこぼれていく。
「…のんきに死んでんじゃないよ…」
小さく喉をついて呟いた。
言葉にしたら、また溝内に重い痛みを感じた。
父からLINEで明明後日が通夜だと連絡が入ったのは日にちが変わった頃だった。
“仕事だから行かないよ”
一言返信をして、目を閉じた。