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私の恋は、すいの味  作者: ゆう
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大人になっても変われない自分

スーツに身を纏い、会社に行こうとしている俺。いやここでは僕の方がいいな。

不意に高校生だった時の僕を思い出し、物思いに耽っていた。

一体誰が言い出したのか分からないのが、未だに青春はレモン味という言葉が理解できていない。

だって僕の青春はまるで、夏に一人食べるかき氷のスイの味だったからだ。

ほんのり甘いだけで何も変哲もない日常。そして、氷の質によって味が少し変化するだけの日常。

ただ一つだけ違ったのは、たまに頭がキーンとなる程冷たかった青春だった。


これはそんな普通の元高校生男子の日常を記した物語だ。


高校1年生の春。

桜の花びらが舞えばよかったが、僕の目の前で舞ったのは雨だった。

祝福というよりも4月にしては冷たく、肌を刺すような雨だった。

胸を躍らせることなく、友達が出来たらいいなと思いながら、昇降口に張り出されたクラス表を見ていた。

親の転勤で東京に越してきたばかりだったため、友人がいるはずもなく、一人自分のクラスがC組であることを確認した。


(C組...か...)


成績でクラスが決まっているらしく、自分は全体で真ん中のクラスだった。


(成績はやっぱり普通なのか....。)


そう思いながら、湿った空気の廊下をペタペタと音を立てて教室まで歩いた。


「ここが...」


ボソッとつぶやく。

教室ではすでに何人かおしゃべりしていた。

まるで動物園の中にペンギンが迷い込んだような気分だった。


(ここでは、自分がゲイだとバレてはいけない。誰も好きにはなってはいけない。)


そう心に誓った。

その誓いが入学式の時に崩れ落ちることになるとはその時思っていなかった。


ガタっとイスを引き、黙って自分の席につく。


「おっす、名前なんていうの?」

「...!?」


びっくりして、声が咄嗟に出なかった。


「玉城...大輝...です…。その、そっちの名前は?」

「俺?俺の名前は玉木慎一郎っていうんだ!よろしく!」

「う、うん...。よろしく...。」

「大輝ってどこ中だったの?」

「あ、僕、実は福岡から引っ越してきたんだ。」

「え!マジか?じゃあこっちに来たばっかなの?」

「う、うん。こっちに友達、いなくて...」

「じゃあ俺と友達になろうよ!」

「う、うん。よろしく!」


僕はニコツと笑った。

玉木と名乗ったその少年は、僕と同じ小柄だが、僕よりも自信に満ち溢れ、友達になっていいものかと思ってしまった。


「あ、そうだ。おーい、たく!こっち来いよ!」


そう言って、少し大柄で、運動部で活躍してそうな短髪男子がやってきた。

ああ、このクラスの中心はこの人になるだろうなと悟った。


「なんだよ、慎一郎。」

「いや、福岡から越してきたやつがいてよ。」

「へー。こいつがそうか?」


そう言って僕の顔を見た。


「俺、袴田拓也っていうんだ。よろしくな!」

「あ、うん。僕の名前は玉城大輝。よろしく。」

「へー、大輝か。よろしくな!俺のことはたくって呼んでな」

「あ、うん。たくよろしく!」


そう話終えるとチャイムが鳴った。

そして、先生が入ってきた。


「はーい。座れー!」


その言葉に生徒はみなガタガタと席に座り始めた。


「今日からこのクラスの担任になった、澤村貴大だ。さぁ、入学式が始まる前に自己紹介をしてもらおうかな?では、まずは名前順に浅田(おさむ)からだな。」

「えーっと、浅田修って言います。中学では、吹奏楽でトランペットしてました。高校でもトランペットして、全国大会金賞目指します!」

「おおー!いきなり目標があるのはいいな。じゃあ次!明智由奈。」

「はい...」


次々と自己紹介を皆している。

凄いな、生き生きしてる。そう感じた。

あー。そう演じた方がいいのかな?

なんて思った。


「次、玉城大輝!」


名前が呼ばれた。

その途端に、僕は。さっきまでとは違う。北高校1年C組クラスメイトに向けた仮面をかぶり自己紹介を始めた。


「僕は玉城大輝と言います。中学では、合唱部に所属していました。持ち前の喉で合唱祭や全国大会で活躍したいと思います。福岡から越してきたばかりなので、どうぞよろしくお願いいたします。」

「あー!3月に急遽試験を受けて入ってきたのはお前だったのか?」

「あ、はい…。そうなんですよ。えへへ。」

「まだ東京に成れていないと思うから、何か困ったことがあれば言えよ!」


そう言って次の人にバトンが回った。

不意に前に座っていた玉木が振り返り、

「大輝ってあんな風に話せるんだな。」

「う、うん。まぁね。た、玉木君は陸上やってたんでしょ。しかも短距離…。す、すごいね。だから脚も筋肉ついてるんだね。」

「おう!というか慎一郎でいいぞ!大輝!」

「う、うん。よろしく。」

「大輝って俺と話すときぎこちないけどどうしてなんだ?」

「えっ?」


急な話題の転換に驚いたのもあるが、まさかそこを突かれるとは思いもせず変な声が出た。


「あ、いや。ちょっと気になってな。」

「えーっと、」


なんて応えようか迷っていたら。


「もしかして、素はこっちなのか?」


そう慎一郎が不思議そう仁聞いてきたので思わず


「そ、そうなんだよね。は、話すの少し苦手で。」


そう言って笑った。

だけど内心傷ついていた。

実は嘘をついている。

自分には外で素が出せないのだ。どこか作っている部分が多い。

そんな思いも気にせず慎一郎にこんな言葉を言われた。


「大輝はもっと笑顔でたらいいのに。笑った時めっちゃいいなって思うぞ!」

「え?そう…か、な?」

「おう!だって笑ったときめっちゃいい顔すんだもん!」

「そう言われたの、初めて...だな。じゃあ、も、もう少し笑顔、に、なってみようか、な?」


そう言って、仮面がさらに増えた。

そうこれは平凡な高校生。ではなく、平凡な高校生だと思い込んでいた、少し変わった男子高校生の何気ないと勘違いしていた。少し荒波に飲み込まれていた高校3年間を過ごした元高校生の玉城大輝という一人の男子学生の物語だ。


「よーし、全員の自己紹介も終わったところだし。体育館に行くぞ!入学式だ!」


その言葉でさっきまでさざ波程度だった雑談の声がまるでフィナーレ―を迎え歓声を上げている劇場のようになった。

その中で僕はあまり晴れた顔をしていなかった。

いや晴れた顔をしていないつもりだった。


「楽しみだな入学式!」

「たく。…そうだね。」


内心あまり楽しみではないことを隠しながらまたニコッと笑った。


「大輝ってさ。」

「何?」

「いや、何でも!俺の勘違いかもだし。なっ!それより担任大当たりじゃね?」

「たくも創思ったか?俺もそれ感じたんだよな。な、大輝もそう思わないか?」

「あー…。あたり、かもね。」


僕の頭の中では違う世界が広がっていた。

図書室が隣にあることで、休み時間が読書でつぶせるそう思いながら空返事をした。


「大輝、何考えてるの?」

「え?」

「いや、なんか上の空だったからさ。な、慎一郎!」

「あー。ってか大輝って少し変だよな?」

「えっ?そう?」

「ああ。だって初めて話した時はもどかしかったのに、自己紹介の時はハキハキしてただろ?」

「慎一郎もそう思ってた?実は俺も!」

「そう?あれって普通じゃない?だって、...」

「だって?」

「いや、なんていうんだろ。最初の一音で話し方が決まるというか。」

「やっぱり変だよな?こいつ。」

「俺は面白いやつって思うぞ。慎一郎。」

「ま、俺はこいつと遊んでると刺激得られそうって思うんだよな。」


そう大きな声で笑っていた。

僕はまたニコッと笑っただけ。


そして、この時に気付かなかったことが一つある。

それは笑ってる顔以外表情が動いていないことだ。

これに気付いたのは大学生の時だった。今でもこの時に気付きたかったと思ってるが、後悔先に立たず。どうしようもないことだ。


いつの間にか体育館の近くにいた。

澤村先生が不意に口を開いた。


「よし、ここから入学式だ。名前順に並んでくれ。私語も慎むように。」


(そう言えば、このクラスだけ異様に仲良くないか?)

そう思いながら名前順に並び、入場の合図が始まるまでじっと息を潜めていた。

そして、ドアの向こう側からマイク越しに合図があった。


「それでは、新入生の皆さん。入場してください。」


上履きとフローリングの床という関係上

所々キュッっと鳴っている。しかし、ほとんど小さな足音しかしていない。


(あー。僕はこの高校に入ったのか。3年間はこの学校で...。)


そんなことを考えながら前の人に続いて歩いた。

入学式では総勢150名の名前が読み上げられた。

そう、僕はこの時に苦く、苦しい初恋をしてしまうのだった。


「1年A組」


A組の人の名前が呼ばれる。

あー。この人たちが特進なのか。そう思いながら聞き流していた。

しかし、ある一人の男子に心を奪われた。


「矢嵜康介。」

「はい。」


僕は何となくどんな人なのか横目で見た。

長身でスラッとしているが、制服の下や首筋から分かる程筋肉が適度に付いていた。


(うわー。かっこいいな。こういう人と...って僕は何考えているんだ。)


そう、一目惚れをしてしまったのだ。

そして僕は2時間前に決めた約束をものの見事に破ってしまった。


僕の心臓はバクバクとなっており、顔を赤らめていないのか気になったが、サッと1年C組の玉城大輝の仮面をかぶった。

そしたら心臓の音が小さくなった。

あー。僕の恋愛はこうやって儚く散るんだろうな。

勝ち組でも負け組でもない。この恋心は。


そんな高校生の僕を思い出しながら、俺は執筆しているスマホの画面をそっと閉じた。


「何やってんだが。」


バスが会社の最寄駅に着いた。


「こんな文章書いたって。誰が見て面白いんだか。」


そうボソっと自分に言い聞かせた。


(よし、今日も仕事だ。頑張んないとな。)


俺は小さく頬を両手で叩き、根気を入れて会社に入った。

そう今度は金融機関の営業として働く玉城大輝としての仮面を被り、職場のあるフロアに足を向けた。


「おはようございます。」


ここでは、声の小さく、小心者な俺を演じている。

仕事も最初の印象でものすごく出来ると思われてしまい、仕事の少ししたミスにこの間までできていたよね?と言われる始末。そんな年の近い人もいない息苦しい空間で黙々とパソコンに向き合い、数字を追いかける人になっていた。


「先輩。今時間いいですか?」

「あ、うん。」

「今年新設した担当会社の売上が伸び悩んでいるので、営業に行ってきます。」

「あ、うん。いいんじゃない?」


何を考えているのか分からないOJTの先輩からの抑揚のない返事。

そして、30人もいる職場なのに。朝8時20分。職場には4人しかおらず、たった4人しか居ないのになり続けるパソコンのクリック音に俺はさらに自分の仕事をやるためにウィンドウを開き、カタカタと入力をし始める。


高校の時と変わった事と言えば、

人と関わることが減った事。笑わなくなったこと。さらに、初恋の人に対して恋心を抱くことがもうなくなったことだ。

あー。7年も経つとこんなにも変わるんだな人は。と改めて感じてしまった。


そして、執筆を始めたことに後悔もしつつ、俺自身がどうなりたいのかをしっかり考える時間が出来たのではないかと思い始め、この時間を楽しみに今日からの仕事を頑張ることにした。


「おはようございます。」

「「おはようございます。」」


最後に出勤してきた人の5分後チャイムが鳴り、始業の時間だ。


「では、営業に行ってきます。」

「「いってらっしゃい。」」


事務の女性陣と、OJTの先輩、課長からの声に背中を押されることもなく、

フロアの入り口を出てトイレに入ったのち。


「よし!今月は数字伸ばすぞ!」


と鏡に映った能面のような俺に活を入れた。

社用車に乗り込み、エンジンを入れる。

クーラーをつけ、営業先の住所を入力し、アクセルを踏む。

静かに動き出した車。

外からギラギラと照らす太陽とは裏腹に静かに走り出した車を何も考えずに運転をし始めた。


「はぁ、今日は午前中職場にいないから楽だな。」


そう言いながらスマホのYouTubeから音楽を流しながら目的地に向け、高速道路を走る。

モヤモヤした気持ちを自分の好きなアーティストのやる気を底上げしてくれる曲をループ再生させていた。


「やっぱり、この曲だよね。自分の気持ちを反映しているような歌詞でやっぱり好きだ。」


そう一人でいるときは一人称が自分なのだ。

あー。一人称変わりすぎなんだよね。

未だに俺、自分、僕、私を使い分けている。


中学の友人から言われた言葉を不意に思い出した。


「大輝って。誰にも素を見せたことないよね?笑っている時も目元笑ってないし。」


この言葉は自分の胸を鋭利な刃で突き刺してるはずなのに。AIのように傷つきもしなかった。

いや、逆に


「やっぱりお前もそう思う?いやーやっぱり自分って表情筋動いてないんだよな。あはは」


と笑ってごまかしていた。

このメンタルが自分には怖かった。

そんなことを思っていたらいつの間にか曲がるべき道に来ていたのだが、直進してしまい、道を戻らなくてはいけなくなった。


(あっ。たまにやるんだよな。戻んなくちゃ。)


そう言ってナビの指示に従って道を戻り、営業先にやってきた。


「こんにちは、お世話になっております。玉城です。」

「あー。玉城君。お疲れ。ここに座って。」


そして、営業をした。

いやほぼ7割は雑談だ。営業は10分もしていない。

でも、それで営業先はやる気を出してくれたので、この時間は無駄ではないと実感し、嬉しかった。


でもこの気持ちはそう長くは続かなかった。

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