表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第九話 老沼

 白葦(はくい)赤烏(せきう)の国は、世界の隅に浮かぶ、東西に長い大きな島に存在していた。

 昔、この島に名前はなかったが、千五百年ほど前に白葦(はくい)の初代の帝――白帝(はくてい)が島を統一してからは、島の名前も白葦(はくい)とするよう布告した。

 と、正伝にあるが、この島は葦が多く茂ることから、元々白葦(はくい)の国と呼ばれていたのを、初代かその後の朝廷が都合よく組み込んだだけの話である。

 そして、この島のちょうど中心に老沼(おぬま)と呼ばれる大きな湖があった。老沼の由来は大沼から来たものか、それとも白い葦の穂を白髪になぞらえたものか定かではないが、ともかく島の中心に老沼(おぬま)はあった。

 小高い山から見たその形は、人によればダイダラボッチの右足の跡だと言い、また別の者によれば、巨大な勾玉だとも言う。つまり、南は幅が狭く、北にいくにつれて幅が広くなり、その中ほどで西側が大きくくびれているのだ。

 その干上がらぬ水があれば、飲むにも食糧にも事欠かず、老沼(おぬま)の周辺には昔から集落が集中していたが、やがてその中から島を統一する勢力が現れ、故郷に政治の中心を置き続けたと、恐らくこういうことであろう。


 けれど、長く続いた帝――代々、白帝と名乗っている――の温和な統一支配も、つい百年ほど前に突如崩れ去った。

 島の東端、とある貧しい集落を丸ごと移転させるという仕置きにその端を発した反乱は、やがて手が付けられないほど大きくなる。朝廷が手をこまねいている間に、反乱の首謀者は遂に王を名乗り、赤烏(せきう)の国号を使い始めるに至った。

 以来、百年もの長きに亘り、白葦(はくい)赤烏(せきう)は対立を続けてきた。

 けれど、赤烏(せきう)が統治している土地は、実は島の三割ほどでしかないのだ。

 だからと言って、白葦(はくい)が簡単に勝てるというわけでもなく、畢竟(ひっきょう)、どちらも決め手に欠ける状態で、老沼(おぬま)の東を巡って奪い奪われるということを繰り返していた。

 この百年間、ただそれだけのことだった。



 *  *  *



「参れ、(よたか)。北辰を追え」


 坊主頭の庵原(いはら)狐太郎(こたろう)が、形代に息を吹きかけ空に放つと、褐色斑の鳥となって夜空に吸い込まれていく。

 彼ら野祓(のはら)い屋の天球(てんきゅう)と、五十年ぶりに現れた葦那言主(あしなことぬし)の口を持つ巫女――御言女(おことめ)のカヤを乗せた小舟は、暗闇の老沼(おぬま)を進んでいた。

 進んでいたというと何やら勇ましいものだが、朝廷の追手から逃亡している、という言い方が適切だろう。

 月明かりも白けるほどに夜霧が残る老沼(おぬま)の上は、逃げる彼らにとってはお(おあつら)え向きに視界が悪い。しかし同時に、月も星も見るに(かた)く、油断をしているとすぐにどこへ進んでいるのか分からなくなる危険も(はら)んでいた。

 だから法師(ほうし)陰陽師の庵原(いはら)は、形代に(よたか)を纏わせ、空を見た。それに比べれば大して期待はしていないのだが、あわよくば水面の追手も監視したいと思っていた。

 その甲斐あってか、舟を操っている剣士の左兵衛(さひょうえ)にたまに指示が出るくらいで、船旅は順調に進んでいた。カヤも疲労のせいか、ぐっすりと寝入っている。


「庵原殿、大社(おおやしろ)で言っていた外鬼法(げきほう)なるもの、約束通り、小生(しょうせい)にお話し頂きたい」


 そのように発言したのは、(げき)の佐々木図書(ずしょ)であった。(げき)と言っても特定の(やしろ)に所属しているでも、特定の神を奉じているでもなく、ただ、野祓(のはら)い屋らしく、頼まれればどんな神にでも(かしこ)むことを良しとしていた。それがたとえ、特定の地域でしか祀られていない淫祀(いんし)の神であってもだ。

 それ故に、神や祭祀に関わる彼の知識の量は人並みではなく、尋常ではなく、修めるべき型も既にない。

 だからこそ、己の学の範疇であると思った事物に対しては、並々ならぬ好奇心を抱くのだ。

 信仰に篤い者など、それだけで尊敬してやまないであろうし、事実、庵原も左兵衛も、大変に図書の知識を頼りにしているのだが、どんなものにも程度というものがある。

 彼の普段の行状をよく知る庵原などから言わせれば、頼りにしてはいるが、図書はやはりどこまでも奇人なのだ。

 それだけに、知識を求められたときの返答には気を遣わなければならない。矢継ぎ早に質問を繰り出されれば、いかに長いこと寝食をともにしている仲と言えど、どちらかが癇癪を起して関係がおしまいになってしまうこともないとはいえない。

 庵原としては、図書も含めて今の天球をとても気に入っているからして、誰かがいなくなることはご免こうむりたい。


「……外鬼法(げきほう)というのは、残念ながら俺も詳しくは知らん。意地悪で言っているわけじゃあないぞ。本当に子細は知らんのだ。というのも、あれは蒲原(かんばら)の秘儀でな、限られた者にしか伝えられない」

「それで、ゲンタを蒲原天元(てんげん)の長子と疑ったと」

「その通りだ。なぜゲンタに伝えられたのかは分からぬが、だが、効果のほどは見たそのままだ。鬼の力を借りて外に宿す。見た目は分かり辛いが、それだけに実戦に向いている」

「外に宿す……とすると内に宿すことも?」

「あるにはあるが、そいつは外法(げほう)だ。人の身で内に鬼を宿すなど、鬼人の類いでなければ破裂して終わりだろう」

「ふむ。御言女(おことめ)様の内に鬼を宿して、口を封じているものを追い出せるやもと思案しておりましたが、実に難しいことのようですな」

「あ、……ああ、そうだな」

「もしや、庵原殿、忘れていたので?」

「そ、そ、そんなことはないぞ?」


 庵原とて忘れていたわけではないが、原因が分からないこともあって、頭の片隅に追いやっていたことは否めなかった。だから胸を張って忘れていないと言うこともできず、狼狽してしまうのだ。対して図書は、未知のものが目の前に現れたときからずっと気にかけていたのだろう。それが善意ではなく、純然たる好奇心からくるものであったとしても、大したものだと庵原は感慨深く思った。

 けれど、それも中断された。

 何かを感じ取ったのか、庵原の顔はすぐに険しいものへと変わる。

 左兵衛が「どうした?」と無造作に問えば、空へ放った(よたか)の眼下に、西から迫るいくつかの朱色の光が見えたのだと、庵原が言う。

 こちらは火も焚かずに(よたか)の眼を頼りに、そろりそろりと舟を進めていたというのに、追手だとしたらどうして嗅ぎつけられたのだろうかと、当然の疑問が湧くものではあるが、今は見つからずにやり過ごすことが最善である。


「追手か?」


 自然、天球の面々は小声になろうというもの。


「それは分からん。だが、この時期に集団で漁を行なうことなどは聞いたことがない。ならば、見つからないに越したことはないだろう」

埴安(はにやす)の 池の堤の (こも)()の 行方を知らに 舎人(とねり)は惑ふ。――これでしばらくは大丈夫でしょう。この間に身を隠す場所でも見つけましょうか」


 庵原の(げん)に、図書はすぐ歌に(しゅ)を込め、風に流した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ