第五話 謀議
「――号して天球と申します。お見知りおきの程、何卒よろしくお願い申し上げます」
「図書! それ、俺が言おうと思ってたのに!」
「庵原殿がそんなだから、小生がやむなく申し上げたのですよ」
「くぅぅぅ……」
兄弟のように戯れる二人を前に、カヤは懐紙を取り出してすらすらと何やら書き、左兵衛と呼ばれていた不愛想な男に手渡した。
「……ふむ。噤祝の儀を打ち消すことはできないか、と」
「噤祝の儀ってなんだ?」
「代々の御言女様に対して執り行われる儀式のことですね。正式に御言女に任ずるものですが、それと同時に、その口を封じるためだともまことしやかに囁かれています」
いつの間にか左兵衛の隣にいた庵原狐太郎が疑問を口にすれば、すかさず佐々木図書が得意気に語った。
すると庵原はいかにも納得していない表情で、不満の言を吐き出すのだ。
「まことしやかにって、現にこの子は喋れないんだから本当のことだろうよ。それにしてもなんだって、こんな年端もいかない娘にそんな非道を行なえるんだ。今まで普通に会話ができていたのが、急に御言女だから口を封じるなどと、そんな酷い話があってたまるか」
「だから打ち消して欲しいのでしょう」
「あ、そうか。……だが、こいつは奇妙だな。口を封じるともなれば呪だろうと思ったところで、まったくその気配がない。図書、お前から見てこいつはどうだ?」
「葦那様の御陰か、或いは障りかとも思いましたが、小生から見ても、そのような気配は感じ取れませなんだ。無論、神のニオイは漂うてはおりますが、それだけです」
「お前がそう言うのなら打つ手なしか」
いったい何がカヤの言葉を封じているというのか。
正体が分からなければ、祓うも返すも祀るも出来ない。そういうことだ。
そのとき、項垂れるカヤを見つめて、左兵衛がぼそりと言った。
「何か、望みはあるか?」
左兵衛が声を出せば残りの二人もつられたように、カヤに向けて言葉を発する。
「おお、そうだ。なんかあるか? 俺たちで出来ることなら協力してやるぜ?」
「そうは言っても、いつまでもここに置いておくわけにもいかないでしょう? 安全を考慮すれば、すぐにでも都にお返しせねばなりませんよ」
「図ぅー書ぉー。お前はもうちょっと考えてものを言えよ。御言女様と言ったって、こんな小さな娘さんなんだからさあ」
「しかし、庵原殿。麓の村での一件を思えば、赤烏の狙いは御言女様を拐かすことに違いないでしょう。結界を引いてあるとはいえ、いずれここが見つかるは必定。そうなれば、こんな小さな小屋で守り切ることはかないません。御言女様の安全を考えれば、速やかに都にお返しするのが肝要では?」
「それは、そうなんだけどさあ、くぅぅぅ……」
相変わらず左兵衛は、できる限り言葉を節約し、庵原と図書は何かと張り合う。
カヤはその様子がどうにもおかしくなってしまい、お腹を抱えて笑うのだ。
それは見た目に反して、衣擦れと空気が喉を通るひゅうひゅうとした音だけが聞こえる、なんとも形容しがたい光景で、庵原はつられて笑みを浮かべつつ、けれど気の毒そうな視線も向けてしまう。
当のカヤは気付かず、ひとしきり笑い涙を流した後で、またいそいそと墨汁で筆を濡らした。
「えーと、なになに、ゲンタと草浜村の両親に会いたい。ふむ、そうだよなあ。ところで、草浜村のご両親はともかく、ゲンタってのは誰だい? 今、どこに?」
懐紙の文を読んだ庵原が、そのように反応すると、カヤは庵原から懐紙を奪い取り、ゲンタが幼馴染であることと、都に連れ去られたまま行方知れずとなっていることを書き加えた。
それを見た庵原は、また憐憫が顔にはっきりと現れ、薄っすら涙を浮かべているようにすら見える。
その間にカヤはもう一枚、素早く筆を走らせ、彼に渡した。
「そうか、やっぱり都になんかいたくはないよな。よーし、おじちゃんたちが何とかしてやるからな。でも、今やらなきゃあならないことは、御言女様を一刻も早く安全な場所に匿ってもらうことなんだ。そうすると、さっき図書が言ったみたいに、赤烏から攻めるに難しく、衛士も沢山いる都っていうことになってしまう。だから……、ですから、ここはどうか都にお戻りになっては頂けないでしょうか。御言女様のお望みは、俺たちがなんとかしますから」
風が吹き抜け、沢山の葉を揺らして夏の木々がざわめく。
庵原が嘘をついているかどうかなど、カヤには分からない。それでもこの場所が安全ではないことや、都が安全であろうことは疑いようもなく、コクリと頷くことにした。
「で、どうするんですか?」
図書が揶揄うように尋ねるが、庵原に腹案があるわけでもなし。「くぅぅぅ」と唸ったところで、左兵衛が重々しく口を開いた。
「手前が巫覡部の知己に文を書こう。庵原の大将には、それを文鳥の式神で届けてもらうのが良いと思うが如何か」
「なるほど、それなら蒲原の連中と関わらずに済むな」
庵原も図書も大きく頷き、天球は左兵衛の案で動き出すことになった。
「ただいま戻りました! ……わわ。そこの娘さんはいったいどこのお貴族様で?」
背負子一杯に柴木を背負った小平が呑気な顔で戻ってきたのは、それからすぐのことである。




