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噤呪の巫女(きんじゅ の みこ)  作者: 津多 時ロウ
第七章 噤呪の巫女
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第四十六話 呪

「見ましたか、庵原(いはら)殿。小生(しょうせい)の見立て通りでしたよ」

「おう。俺の予想が外れたのは(しゃく)だが、さすが図書(ずしょ)だ」


 呑気にはしゃぐのは庵原(いはら)図書(ずしょ)だ。

 左兵衛(さひょうえ)さんはとカヤが探せば、彼は早足で天元(てんげん)に近づき、すでにあと数歩で刀の間合いに入るところにいた。


図書(ずしょ)はそのまま(やっこ)さんの得体の知れない結界を消すことに集中してくれ。お前さんの見立て通りなら葦の矢でも大丈夫なはずだ」

「承知」

「さて、カヤ。どうなってるか教えてくれ。俺たちがいない間に、大分珍妙なことになっているようだが」


 目敏くカヤを見つけた庵原(いはら)は、天元(てんげん)そっちのけでカヤから情報を得ようとする。

 カヤも当然、この状況で情報を共有しない愚をおかすつもりはなく、自分の目の前で起きたこと、聞いたことのほとんど全てを、身振り手振りを交えて庵原(いはら)に話した。


「ふむう。葦那言主(あしなことぬし)天元(てんげん)を祟り、()りついてあんなことになっているようだと。それで弓削(ゆげ)の野郎がなぜかゲンタたちの味方をしていると、そんなところか」

「それは珍しい状況ですね」


 庵原(いはら)が驚いた顔で振り向くと、いつの間にか背後に図書(ずしょ)が立っているではないか。だが、葦の矢は引き続き天元(てんげん)目掛けて放たれており、不精(ぶしょう)しているわけではないようだ。


「これは、あれだな。弓削(ゆげ)の目的は前に聞いた通り、結界の完成と葦那言主(あしなことぬし)による白葦(はくい)の島の支配だった。だが、想定と違う事態にそれは諦めて、殊勝なことに事態の収拾を図っていると、そういうことだな。図書(ずしょ)もそう思うだろ?」

「そうですね。小生もそう思います。しかし、弓削(ゆげ)千晴(かずはる)殿ほどの使い手でも、封神(ほうじん)に失敗するとは、いやはやなんとも」


 庵原(いはら)が奥にちらりと視線をやり、天元(てんげん)と今なお戦っている四人を見るが、左兵衛(さひょうえ)が加わり、図書(ずしょ)が五芒結界を破壊する手助けをしたところで、やはり膠着状態なのは変わらない。

 そうして庵原(いはら)は再びカヤと顔を合わせた。


葦那言主(あしなことぬし)を鎮める手立てを何か知らないか」


 真面目くさった顔を作って聞かれたところで、たった一年足らずで御言女(おことめ)に仕立て上げられたカヤには、巫覡部(きねべ)に蓄えられた祭事の知識はほとんどなく、首を横に振って言う。


「アタシには祭事のことは分からないし、あれが本当に葦那言主(あしなことぬし)御魂(みたま)かと言われると、それも何か違うような気がする」

「なるほど、即身仏(そくしんぶつ)から抜け出た二つの()()。その片割れがカヤの中に入ったからこその意見だな」

「うん。あれは少しずれてるんだ」

「それは、よくあることですよ」


 そこでまた、図書(ずしょ)が口を挟んできた。


「よくあること?」

「そう、神にはよくあることです。ヒトがそれぞれ異なるがために、その願いもまた異なる。小生(しょうせい)が思うに、内府(ないふ)殿には良くない願いが入り、カヤ様には善性が入ったのではないでしょうか?」

「ううん、違うの」

「それは興味深いですね。実に興味深い。違う、とは? 具体的に?」


 図書(ずしょ)は相変わらず一定間隔で天元(てんげん)に射かけつつ、器用にカヤと話をしている。そのようなことでは気が散るだろうに、彼の放つ葦の矢は、動き回る天元(てんげん)にほぼ命中していた。たまにゲンタや左兵衛(さひょうえ)にも当たっているが、ヒトの肉体を傷付けられるようなものでもない。


「確かに葦那言主(あしなことぬし)の気配はするけど、別の気配もするの。何て言えばいいのかな、即身仏(そくしんぶつ)から抜け出たものがアタシに触れたとき、赤ん坊にお乳をあげてる女の人が見えたの。それでね、その次には海に沈んでた。女の人は沈みながら思うの。死にたくないって、もっと赤ん坊と一緒にいたかったって。だから、違うの。ヒトの願いではないものが混ざってるの」

「……」


 庵原(いはら)は黙って(うつむ)き、図書(ずしょ)の横顔は思案顔である。

 じき、庵原(いはら)が口を開いた。


「これは、送らなければならないな。送って(かえ)す。図書(ずしょ)、あの天元(てんげん)はここから動けると思うか?」

「……混ざっているのなら、難しいでしょう」


 それで庵原(いはら)はパンと膝を打ち、未だ天元(てんげん)と打ち合っている四人に向かって声を張り上げる。


「いったん下がるぞ! 撤退だ! 弓削(ゆげ)も来い!」


 その声が届くや否や、まずは左兵衛(さひょうえ)が離脱。残る三人は示し合わせたように形代(かたしろ)をばら撒き、これを目くらましとして広い空間の手前まで撤退した。


「追って……こないな」


 ゲンタが振り返り、天元(てんげん)の姿を確認するが、先ほどまでいた場所からは動いていない。少しは動いているのかも知れないが、ゲンタたちを積極的に殲滅しようというつもりはないのか、はたまた別の理由で、ともかく天元(てんげん)は広い空間の中央、蓮華座(れんげざ)のそばで佇んでいる様子だった。


「それでは、現在の状況を打開するための方策について、手短にお話します」


 七名が集まったところで、一同、神妙な面持ちで図書(ずしょ)の話に聞き入る。


内府(ないふ)殿は、葦那言主(あしなことぬし)荒魂(あらみたま)()りつかれた。これは間違いないでしょう。しかし、その荒魂(あらみたま)には、通常であれば混ざらない、ヒトの(しゅ)が込められていた。

 その(しゅ)は、まず東国は赤烏(せきう)の民。葦那言主(あしなことぬし)、それ即ち朝廷なれば、必然。

 次は累々たる歴代御言女(おことめ)の家族。名誉と衣食住をちらつかせたところで、大切な家族を葦那言主(あしなことぬし)に奪われたと思うは必定。

 最後は御言女(おことめ)。意に反し、神に(ささ)げられた五十年前の御言女(おことめ)なら、殊更(ことさら)に朝廷を恨むは必至。

 ときに弓削(ゆげ)殿。封神(ほうじん)の法を執り行なう際に、葦那言主(あしなことぬし)御名(みな)だけ(そう)じたのでは?」

「……然様(さよう)。しかし、佐々木殿の賢察に則れば、それは誤りであったということになりましょうか」

「そうなりますが、今は葦那言主(あしなことぬし)御名(みな)だけの封神(ほうじん)の法ではダメだったという事実が分かれば、あとはどうでも良いことです」

図書(ずしょ)、時間が惜しい。こうしている間に分社にでも逃げられれば厄介だ」


 図書(ずしょ)に先を促したのは左兵衛(さひょうえ)で、島のあちこちにある葦那言主(あしなことぬし)(まつ)った神社に転移することを、心配してのことだった。


「今は内府(ないふ)殿とカヤ様の肉体に縛られておりますので、問題ありませんよ。しかし、打つ手が早い方が良いのはもっともです。手短に我々が為すべきことをお話しましょう。

 一つは魂抜(たまぬ)きの儀。葦那言主(あしなことぬし)御魂(みたま)内府(ないふ)殿の体から引き抜きます。(やしろ)も無数にありますから、勝手に分散してじきに和魂(にぎみたま)になることでしょう。

 同時に封魂(ほうこん)の儀も執り行ないます。人身御供(ひとみごくう)として海に沈められ、そればかりか、卜部(うらべ)の家に生まれながら名も消された彼女――先代の御言女(おことめ)を今再び沈めるなど心苦しくはありますが、放置しておけば未曽有の死者が出るおそれがあるため、やむを得ません」


 そのとき、呻き声が聞こえてきた。

 地下の広い空間で、天元(てんげん)が苦しそうに声を出していて、その声はもはや人のものとは思えないものだった。


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