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噤呪の巫女(きんじゅ の みこ)  作者: 津多 時ロウ
第七章 噤呪の巫女
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第四十五話 祟り

 黒炎の竜は天元(てんげん)の周囲からいくつも生まれ出でては、五月雨の如く星辰(せいしん)に襲いかかる。

 星辰(せいしん)はそれを避け、いなし、弾き、辛うじて直撃を免れていたが、そんなことがいつまでも続くわけはない。


弓削(ゆげ)! あれはなんだ!」


 左手に何枚もの形代(かたしろ)を準備しながら、怒声のようにゲンタが問う。


「あれは……分からぬ。だが、」


 弱々しい返答を耳に入れつつ、ゲンタは形代(かたしろ)をこの空間に放った。

 形代(かたしろ)はいくつかの群れをなして飛び、黒い炎を避けながら天元(てんげん)を取り囲む。同時、ゲンタの声が響く。


万象(ばんしょう)囲いて、檻をなさん。閉じよ、封月(ほうげつ)結界」


 形代(かたしろ)がデタラメに増え、それはすぐに白い半球を作り、天元(てんげん)を閉じ込めた。辺りには静寂が戻り、ゲンタと弓削(ゆげ)の声がよく聞こえてくる。


「ふざけるな! 分からないってなんだよ! あれはあんたたちが拝んでたんだろ!」

「まあ、待て……待ってください。ふぅ……話は最後まで聞くものです」

「……」

「確かに私と(しゅうと)殿はあれに祈っていました。その対象は御祖(みおや)様、つまり葦那言主(あしなことぬし)と伝えられている、あの即身仏(そくしんぶつ)です。ああ、だというのに(しゅうと)殿はどうして斯様(かよう)なことを……」

師父(しふ)葦那言主(あしなことぬし)荒魂(あらみたま)に祟られたとでも?」

尊体(そんたい)を蔑ろにしたのであれば、それは当然。しかし、これは私が望んだ結末ではありません。……どうでしょうか。ここはいったん休戦として、手を取り合い、(しゅうと)殿を止めようではありませんか」

「随分と都合のいいことだな。止めなければどうなる?」

「津波、洪水、蝗害、長雨、日照りに飢饉。あらゆる災害がこの島を襲い、そう遠くない未来に白葦(はくい)の民たちは消え去ることでしょう。そのような未来は到底受け入れられません」

「……分かった。師父(しふ)を止めることができたときに、あなたが大人しく捕縛されるという条件で共闘を引き受けよう」

「のみましょう」


 星辰(せいしん)とカヤもしっかり聞いていたようで、ゲンタが目を合わせると、険しい顔で小さく頷く。

 直後、結界が()ぜた。

 白い形代(かたしろ)が紙吹雪のように吹き荒れ、その中心にいるのは天元(てんげん)らしき何かの影。


「カヤ!」

「分かった!」


 ゲンタがカヤに声をかければ、彼女はすぐに口の力を使う。


()は紙にて紙にあらず、未だ燃え盛る獄炎なり」


 役目を終えた形代(かたしろ)が、一斉に炎に包まれた。今度はゴウゴウと音を立てるが、赤々と燃えるその見た目ほどの効果はないように思える。実際、中の天元(てんげん)は変わらずそこに立っていて、直衣(のうし)に燃え移る気配もない。

 それでも、天元(てんげん)が動きを躊躇するには十分だった。

 手始めに星辰(せいしん)が突っ込んだ。

 両手で握る太刀は、すでに青白い炎を纏っている。

 走り抜けざまの一閃。

 しかし、太刀は天元(てんげん)の剣に難なく弾かれ、青白い炎もすぐに消された。星辰(せいしん)は、その勢いのままに距離を取る。

 星辰(せいしん)と正対する天元(てんげん)の背後を、音もなく現れた〝鬼の手〟が急襲する。

 この手はゲンタのものか弓削(ゆげ)のものか、どちらであろうか。

 矢継ぎ早の攻撃に、早くも見ているだけとなったカヤは勝ったと思った。しかし、悠久とも言える時間、人々の願いを向けられた神の力の、その一端が、これで終わるわけもない。

 天元(てんげん)の背後にいくつもの五芒星が現れ、その黒い手を受け止め、侵食し、破壊した。そうしている間にも、ゲンタが結界に宝剣を突き立て、術式の崩壊を試みるがいかんせん数が多く、本体に斬り込むには至らない。

 振り向きざま、天元(てんげん)が剣を横に薙ぎ、ゲンタの目の前を通過する。

 そうとなれば、すかさず星辰(せいしん)が背後から斬りかかるのだが、これもやはり五芒結界に阻まれ、その刃は届かなかった。

 正面からの斬りつけは剣で軽々といなされ、背後からの攻撃や、死角からの〝鬼の手〟も届かない。さりとて、天元(てんげん)の攻撃が直撃することもないのだが、状況からいって完全に手詰まりであり、一瞬の油断が命に関わることを考えると、もはやどこで撤退すれば死なずに逃げられるか、ということまで考えなければならない頃合いなのである。

 しかしそれは、弓削(ゆげ)千晴(かずはる)がいなければ、の話ではあるが。

 では、若者二人にだけ戦わせておいて、彼はいったい何をしていたのだろうか。

 青白い閃光が飛び交う光景を前に、彼はまず小尉(こじょう)面を外した。

 目鼻立ちのはっきりしたその顔は、女性と見まごうようなきめの細かい肌で、その額には大きな(あざ)が浮いていた。それはカヤの頬にあるものと同じ、両端だけが反り上がった舟のような形で、しかし、彼女のものと比べれば、色が薄い。

 その端麗な顔で、彼は一心不乱に印を結び、そして最後に口にした。


「いと(たっと)葦那言主(あしなことぬし)御神(みかみ)にあらせられましては、()(あめ)に帰り(たま)えと(かしこ)(かしこ)み申し(たてまつ)る。……封神(ほうじん)の法」


 天元(てんげん)の足元に、(にわ)かに白い五芒星が現れるや否や、星辰(せいしん)とゲンタが飛び退き、直後、一筋の光が下から上へと放たれた。

 それは、完全に()の者を捉え、貫いたかに見えたのだ。

 けれどどうだ。光が収束した後も天元(てんげん)の外見にはほとんど変化がない。変わったところと言えば、弓削(ゆげ)を睨むように見ていることだけだ。


封神(ほうじん)、ならざり」


 弓削(ゆげ)が短く零した。

 封神(ほうじん)の法とは、その名の通り神を封じる術である。加えて弓削(ゆげ)は、葦那言主(あしなことぬし)(げき)たる口の力を解放し、必勝の構えで臨み、そして失敗した。

 天元(てんげん)に入り込んだ葦那言主(あしなことぬし)だけを封じる手段はこうして失われ、残るは天元(てんげん)ごと斬り捨てるのみ。

 そうなれば星辰(せいしん)もゲンタも死をいよいよ意識して、表情はいっそう険しくなる。

 死は己か父か、どちらに向かうのか。

 父殺しを為すのか、子殺しを為さしめるのか。

 武器を握る手にも自然と力が入り、冷たい汗が二人の背をつたう。


 この広い空間で、星辰(せいしん)が太刀で斬りかかる。

 ゲンタが〝鬼の手〟で殴り、宝剣で斬りかかる。

 弓削(ゆげ)も〝鬼の手〟を出し、太刀を差し込んでは結界を崩壊させようと試みる。

 しかし、その(ことごと)くに天元(てんげん)は完璧に対応してみせ、仕留めることはかなわない。

 カヤは遠目に見ているだけで、何もできなかった。

 ざあん、ざあんとどこかで波の音が鳴っていて、ただ何かが飛び込んできたときのことを思い出しては、心の中で語りかけ、涙を流していた。

 アタシが絶対に終わらせるからと。


 突如、ホーと高い音が飛んでいく。

 その音に天元(てんげん)の動きが一瞬止まったが、それでも、斬りかかったゲンタの剣はいとも容易(たやす)く弾かれる。

 しかし、その高い音は天元(てんげん)の体に当たり、地面に落ちた。

 今度は星辰(せいしん)、ゲンタ、弓削(ゆげ)の動きが一瞬止まり、落ちた物体を一瞥(いちべつ)する。

 そこに在ったのは、特徴的な二股の(やじり)(かぶ)のような形の(かぶら)がついた一本の矢。

 そして、聞き慣れた声が聞こえてきた。


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