表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
噤呪の巫女(きんじゅ の みこ)  作者: 津多 時ロウ
第七章 噤呪の巫女
44/47

第四十四話 大伽藍

 蝙蝠(こうもり)の糞もない不自然に綺麗で、曲がりくねった洞窟の中を、三人は黙々と歩き続けた。それがどれくらいの時間だったのか分からないが、木偶(でく)人形の群れと出くわしてからそれほどは経過していないであろう頃に、また大きく高い空間が現れた。

 しかし、その大きさは先ほどとは比べものにならないくらい広い。紫烏城(しうじょう)の本丸御殿(ごてん)などよりもずっと広く見え、その上、明るく、身を隠す場所もない。

 そうであるから、中心にいる二人の人物もよく見えた。

 片や黄緑色の水干(すいかん)

 片や群青の直衣(のうし)

 それが背を見せ、ゆっくりと印を結んでいたのだ。二人が向かっているのは蓮華座(れんげざ)に乗った仏像のようなもので、何かの儀式を行なっているのだろう。

 星辰(せいしん)の形の良い唇がきゅっと引き結ばれ、その目がゲンタとカヤに向けられた。三人は無言で頷き合い、そろりそろりと近づき始める。

 ゆっくりと距離が狭まるにつれ、それまで木彫(もくちょう)の仏像だと思っていたものが、どうやら違うものだということも分かった。その肌は確かに黒ずみ、乾いているが、しかし、木目は見えない。目は空洞で、珍しいことに布の服を纏っていた。しかも、その布も通常の仏像のものと異なり、僧形(そうぎょう)に近しい。


 ――即身仏(そくしんぶつ)

 ゲンタと星辰(せいしん)は、あれこそが御祖(みおや)様であり葦那言主(あしなことぬし)であると直感した。

 カヤが小さく「ひっ」と漏らす。

 だが、弓削(ゆげ)千晴(かずはる)蒲原(かんばら)天元(てんげん)は反応しなかった。あの二人のことだから、カヤの声も聞こえていたであろう。しかし、それどころではないことが目の前で起こり始めたのだから、振り返ることなどできなかったのだ。

 即身仏(そくしんぶつ)の、それまで枯れていた体が俄かに光り始めたのである。


「我、願う。彼の者の、その口、その舌、その言の葉の(ことごと)くを封じんと。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 星辰(せいしん)が何枚もの形代(かたしろ)を放ち、それはばらばらと音を立てて、弓削(ゆげ)天元(てんげん)目掛けて飛んでいった。

 同時にカヤも(うた)う。


「汝、人なり、思う者なり。されど、(さか)しらなケモノなり。言の葉も知らぬ畜生なり」


 ようやく振り返った二人の口に、次々と形代(かたしろ)が貼り付いて声を封じる。

 けれど、弓削(ゆげ)天元(てんげん)のような熟達した者であれば、それは一時的でしかなく、すぐに剥がれてしまうだろう。

 それゆえに、カヤの口を利用した。自己が確立している人間には、非常に効きにくいことは分かっている。それでも少しは効くのだ。まったく効果がないこととは雲泥の差がある。少し効くだけでも十分(じゅうぶん)なのだから。

 ゲンタがとてつもない速度で走る。相手は言うまでもなく、形代(かたしろ)を剥がそうとして、もがく二人。

 右手に宝剣・青星(あおぼし)を握り、左手には何も持っていない。

 斬るにはまだ不十分という間合いで、彼は左腕を外から内に大きく()いだ。

 次の瞬間、前方に巨大な黒い腕が現れ、弓削(ゆげ)天元(てんげん)に襲いかかる。

 二人は目を見開き、すんでのところでそれを避けた。その間にも、口の形代(かたしろ)を次々とはがしていく。

 今度は、広い空間をカヤの神楽歌が満たし始め、鬼の力を封じにかかる。

 そうなれば、反撃しようとしていた弓削(ゆげ)の〝鬼の手〟は宙で消えた。

 そこへゲンタが青星(あおぼし)で一閃。

 しかし、ゲンタの動きもいつも通りになり、鬼の力のない弓削(ゆげ)との打ち合いが始まる。

 その一方で、星辰(せいしん)も駆けていた。

 星降太刀(ほしふるたち)を両手で握り、父である蒲原(かんばら)天元(てんげん)に真っ直ぐに。

 当の天元(てんげん)も既に(つるぎ)を抜いていて、淡く光る即身仏(そくしんぶつ)の前で星辰(せいしん)を待ち構えているようにも見えた。

 しかし、違った。

 弓削(ゆげ)とゲンタの打ち合いが始まった頃、天元(てんげん)は急に背を向けた。星辰(せいしん)からは、まだ距離がある。

 予期せぬ動きに、何事かと目を凝らした星辰(せいしん)の、その視線の先で蒲原(かんばら)天元(てんげん)即身仏(そくしんぶつ)を斬った。

 見事な袈裟切りで切断された即身仏(そくしんぶつ)は、その上半身がずれ、洞窟の床に乾いた音を立てて落ちる。

 星辰(せいしん)が止まった。何故止まったのか彼自身にも分からなかった。しかし、止まった。

 気が付いたゲンタと弓削(ゆげ)も互いに飛び退き、距離を開ける。

 小尉(こじょう)の面を被った弓削(ゆげ)の表情は知れず、しかし、目を見開いているであろうことは、想像に難くない。

 カヤも神楽歌を止めた。

 全員、本能のようなもので動きを止め、蒲原(かんばら)天元(てんげん)即身仏(そくしんぶつ)を見ていた。

 今、蒲原(かんばら)天元(てんげん)は何を思っているだろうか。何を思って即身仏(そくしんぶつ)を斬ったのだろうか。

 彼は地面に落ちた即身仏(そくしんぶつ)の片割れをじっと見つめている。

 その光はまだ失われていなかった。そればかりか、動いている。

 見間違いではない。だからこそ、皆がそれを凝視しているのだろう。

 やがて地に落ちた光が抜け出した。御祖(みおや)様と思しき乾いた肉体を捨て、苦しそうにのたうち回る。

 蓮華座(れんげざ)に残った体からも光が抜け出した。葦那言主(あしなことぬし)の殻を捨て、天井近くを旋回する。

 けれどそれも少しの時間だけだった。

 のたうち回った光は天元(てんげん)を目指し、旋回した光はカヤの体に入った。

 それらはなんの抵抗もなくすんなりと入り込み、溶けるように消えていった。

 ゲンタがカヤを見る。

 彼女は悲しそうな表情をしているだけで、他に変わった様子は見られない。

 弓削(ゆげ)星辰(せいしん)天元(てんげん)を見る。

 彼はうずくまっていた。

 自分で頭を何度も殴り、その次は胸を掻き毟り、何かの毒にでも当てられたかのような凄絶な様子であった。

 だが、それも終わった。

 ()の者は立ったまま身動きもしなくなったのだ。瞳は虚空を見上げ、両手は頭を抱えるようにしている。

 ゲンタとカヤも彼を見ている。まんじりともせず、何が起こったのかと様子を見ている。

 そして、天元(てんげん)が動いた。

 しっかりと地に足を着けて歩き、星辰(せいしん)を見据えている。


「父上!」

「止まれ!」


 星辰(せいしん)が駆け出し、しかしゲンタは制止しようと声を張り上げた。

 危ういのだ、()()は。どうにも危うくて、どうしようもなく影が濃くて、嫌な予感ばかりがする。

 弓削(ゆげ)を見れば、やはりゲンタと同じものを感じ取っているのか、瞬きも忘れて観察しているようだった。

 だから、天元(てんげん)が、いや、天元(てんげん)と似て非なる何かが放つ術にも対応できた。


羅睺(らごう)招来(しょうらい)


 重なるように声が二つして、天元(てんげん)の周囲を黒々とした火炎の竜が一瞬だけ舞い、弓削(ゆげ)星辰(せいしん)目掛けて飛翔する。

 その動きは庵原(いはら)のものよりも速く、力強い。

 カヤが目を瞑る。

 弓削(ゆげ)は五芒結界で弾き飛ばしたが、星辰(せいしん)はどうだろうか。

 さしもの星辰(せいしん)も即座に対応する手段を持たず、しかし、星降太刀(ほしふるたち)で辛うじていなすことには成功した。

 だが、星辰(せいしん)への攻撃は一回だけでは終わらなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ