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噤呪の巫女(きんじゅ の みこ)  作者: 津多 時ロウ
第七章 噤呪の巫女
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第四十三話 間に沈む

 腰を(かが)め、天井に頭をぶつけないようにして、石段を降りていくと、中は少しずつ広くなっていった。

 明かりは何だったのかといえば、壁面に貼られたいくつもの呪符が洞窟の内部を照らしていて、その光は眩しくないくせに真昼のように明るい。


「まだ新しいから弓削(ゆげ)なり師父(しふ)なりが貼っていったんだろう」


 ゲンタがそのように説明をしたところで、カヤは初めて見る光るだけの呪符を不審に思うばかり。しかし、剥がして調べたいと思っても、知識のないカヤにはそれも危険に思えて、ただ眺めるだけだった。

 石段は早々に終わり、その先はなだらかな下り坂が続いているように見える。

 庵原(いはら)を先頭に左兵衛(さひょうえ)図書(ずしょ)星辰(せいしん)、ゲンタ、カヤの順に、慎重に歩を進めれば、やがて空間は更なる広がりを見せてきた。

 同時に視界に広がるのは、額に呪符のある木偶(でく)人形の群れ。

 一行(いっこう)はすぐに後ろに下がるも、木偶(でく)にとって距離は問題ではなかったようだ。

 うなだれるよう姿勢で整然と並べられていたそれが、頭を持ち上げ動き始めたのだ。

 背は一般的な大人と同程度、つまり五尺五寸のゲンタや左兵衛(さひょうえ)とそう変わらず、体の線は細い。武器になるようなものは持っておらず、代わりに腕の数が二本から五本までと様々である。

 それがじりじりとゲンタたちに歩み寄ってきているのだ。

 何を考えてこれらを配置したのかと思考を巡らせるに、やはり足止めなのだろうとすぐに思い当たるが、果たしてそれだけなのだろうか。


小父(おじ)さん!」

「おう! 派手に燃やすか!」


 既に太刀を抜いていた星辰(せいしん)が緊迫感を漂わせて声を掛ければ、庵原(いはら)は待ってましたとばかりに張り切ったのだが、声をかけた方は顔を(しか)めるばかり。


「違いますよ。こんなところで派手な術を放ったら、崩落するかも知れないじゃないですか。地道に確実に」

「……そ、そうだな。図書(ずしょ)左兵衛(さひょうえ)も分かったな」


 庵原(いはら)が気まずそうな顔で図書(ずしょ)左兵衛(さひょうえ)を見るも、二人は慣れているのか無言で頷き、左兵衛(さひょうえ)金砕棒(かなさいぼう)を、図書(ずしょ)は弓をそれぞれ構える。

 ゲンタは言われるまでもなく剣を抜いていて、呪符を左手で持ってさえいた。あの人形を見た瞬間から、もう戦うしかないと判断したのだ。

 それは星辰(せいしん)も同じだったのだろう。呪符を構え、一同を見回したかと思うと、木偶(でく)を目指して駆けた。跳んだと言っても過言ではない速さで突っ込み、同時に(とな)える。


「参れ、煉獄(れんごく)の番人よ。我が太刀に宿りて、敵を滅する刃となれ」


 瞬間、星降太刀(ほしふるたち)が青白い炎を纏う。

 駆けた勢いのままそれを横凪ぎに振るえば、木偶(でく)人形は次々と青白い炎に包まれ、倒れ伏した。

 洞窟内が青白く光り、瞬時にして異界を思わせる光景が広がる。

 だが、群れの行進は終わらない。パチパチと鳴る燃えカスを踏み越えては、奥から奥から呪符の貼られた人形どもが現れる。対象だけを燃やし尽くす性質なのだろうか、青白い炎が他の木偶(でく)どもに燃え移ることはなかった。

 星辰(せいしん)がまた青白く燃える太刀を振るう。

 しかし、その炎はつい先ほどよりは随分と弱々しい。


左兵衛(さひょうえ)、前だ!」


 すかさず庵原が指示を出し、星辰(せいしん)が下がれるように差し向ける。

 つい先ほどまで動いていた木偶(でく)の上を、別の木偶(でく)が歩く。

 そうして青々と燃え盛る炎を踏み越えた先で待っていたのは、武骨な金属の塊であった。

 しっかりと腰を落とした左兵衛(さひょうえ)が、やや細い金砕棒(かなさいぼう)を頭に叩きこんでは、呪符ごと粉砕した。

 しかし、木偶(でく)人形は一体ではない。

 続けて二体潰したところで、左兵衛(さひょうえ)は別の個体に腕を掴まれ、腹に拳を叩きこまれる。その拳は軽く、彼にとっては大したことではないだろう。叩きこまれる拳が一つだけであるなら。

 そいつには腕が四本あった。すぐに別の腕で立て続けに顔を殴られ、左兵衛(さひょうえ)の動きが止まる。


「ふ!」


 誰かの吐息とともにそいつは倒れた。見れば顔の呪符が斬られている。再び漏れる息。青い閃光を残して、木偶(でく)人形が次々と倒れていく。

 ゲンタがいた。

 その動きは、大社(おおやしろ)で対峙した頃とは比べものにならないくらいに速い。

 我に戻った左兵衛(さひょうえ)が立ち上がり、腕をつかんだまま動かなくなった人形を振りほどいているとき、今度は耳のすぐ近くを何かが通った。

 そちらへ目を遣れば、少し離れた場所にいた人形の顔面に矢が突き刺さり、三体同時に崩れ落ちる。


左兵衛(さひょうえ)殿、休憩してる暇はありませんぞ」

「……うむ」


 左兵衛(さひょうえ)金砕棒(かなさいぼう)を握り直し、再び木偶(でく)人形を破砕し始めた。

 その前ではゲンタが飛び跳ねるように動き回り、次々と人形の動きを止めていく。

 左兵衛(さひょうえ)の横を図書(ずしょ)の矢、庵原(いはら)星辰(せいしん)の色の違う火礫(ひつぶて)が通り過ぎ、彼らが囲まれぬように、阿吽(あうん)の呼吸で立ち回っていた。

 カヤは物陰から顔を覗かせ、ただ黙って見ているだけだったが、これも事前に決めた通りの行動で、決して彼女が怠惰なわけではない。

 生き物でも(あやかし)でもない、このような形の式神は、呪符によってその在り方が強固に定まっている。それがために因果改変の口は通じにくく、カヤは何もできない。口を除けば、所詮は無力かつ非力な娘なのだ。

 それだけにゲンタは、カヤを連れてくることにも反対していたのだが、彼女がいなければ弓削(ゆげ)千晴(かずはる)蒲原(かんばら)天元(てんげん)に勝てる見込みはないだろうと、押し切られてしまった。

 結局のところ、カヤの異能が必要で、必須で、どうしたって利用したいし、どうしたって逃がれられないのである。カヤという一人の少女ではなく、過去を否定する御言女(おことめ)という存在が魅力的であるがゆえに。

 朝廷も最初は修験者の荒魂(あらみたま)を恐れて、(あが)(たてまつ)っただけなのかも知れない。しかし、どこかで気が付いてしまったのだ。その口が権力に有益であることに。そうして銀朱で囲い、(しゅ)で塞ぎ、誰にも触れさせないようにした。

 だから、彼女は朝廷が嫌いだった。

 己を利用しようとする者たちのことが嫌いだった。


「くそ、次から次へと湧いてきやがって! これじゃあ、キリがねえ!」


 庵原(いはら)の焦りの声が洞窟内に響き渡った。

 カヤは言わずもがなとして、星辰(せいしん)とゲンタ、そして左兵衛(さひょうえ)はまだ平気そうだが、庵原(いはら)図書(ずしょ)は既に肩で息をし始めている。


図書(ずしょ)、沈めるか?」


 かなりの数を動かぬ木っ端(こっぱ)にしたはずなのだが、それでようやく半分くらいだろうか。奥が見えず、正確な数は把握できそうにない。

 だから庵原(いはら)()()()と思った。

 だから図書(ずしょ)に確認した。


「……いけるかと」

「任せた! 星辰(せいしん)、ゲンタ、カヤ! ここは俺たち天球が引き受けた! お前らは先に行け!」


 直後、図書(ずしょ)が聞いたこともない文句を、裏声と低音で唱え始める。


「召しませ召しませ。昼と夜、此岸と彼岸、人と神、(あめ)(つち)、日と月、その(あわい)を司る夜見(よみ)の神よ。我の口をして御蔭(みかげ)を与えたもう」

「カヤ!」


 図書(ずしょ)の声に聞き入っていたカヤは、ゲンタの声で我に返り、奥へと駆ける。先には既に星辰(せいしん)とゲンタが切り開いた道があった。しかしそれも、人形によってどんどん狭くなる。

 カヤはゲンタだけを見て懸命に駆け、その手を握った。

 彼女の小さな背にはまだ、図書(ずしょ)の独特な声が響く。


(あわい)に沈め」


 その声はいっそう高く、言うが早いか、図書(ずしょ)はその姿ばかりか存在すらも希薄になった。

 図書(ずしょ)だけではない。

 庵原(いはら)左兵衛(さひょうえ)もその姿は朧気(おぼろげ)で、向こうが透けて見えていた。

 カヤが見たのはそこまでだった。

 次々と押し寄せる人形が、通ってきた道を途端に塞ぎ、それっきり見えなくなってしまったのだ。そうなれば、囲まれる前に突破口を作り、どんどん進むしかなく、天球の三人に構っていることなどできない。

 星辰(せいしん)とゲンタとカヤの三人は戦いながら奥へ進み、それから間もなくして木偶(でく)人形を振り切ることに成功した。

 緩やかに下り続ける道が少し狭くなると、三人は走るのをやめて歩き始める。

 時折り風が吹いては、びゅおうびゅおうと奇妙な音をぶつけてきたが、これから先に待ち構えているものを思えば、そんなことはどうでも良いことだった。

 波はまだ、カヤの中で鳴っていて、その大きさは前と変わらない。ずっとずっと、変わらない。


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