第四十二話 浜荻島
「明星元太殿は、僕の腹違いの兄だったのです」
草浜村で二艘の小舟を借り、枯れた葦の海を進む。
後方の一艘には天球の四人。
先を行くのは、もう一艘。もちろん、朧気ながら祠の場所を覚えていた星辰と、弓削が絶対に危害を加えないであろうカヤの乗る舟である。
星辰が前方に座り、船尾で棹をさすゲンタに方向などを指示しているが、少しでも気を紛らわせたいのか、こうしてカヤに話しかけてくることもあった。
とは言え、大抵は都とその近辺で妖祓いをしたという話で、ゲンタと共に星辰よりも多く祓ってきたカヤにとっては退屈な話でしかない。
それはゲンタの出自のことであっても変わらず、今になって何を言っているのかと心の裡では思っていたが、星辰なりに思うところあっての言動であろうことを思えば、そんな話は聞きたくないなどと勝手気ままに振舞うわけにもいかず、適当に話を合わせてやり過ごしていた。
小舟の軋む音、棹が波紋を作る音が静かに湖面に漂い、すっかり冬の色に枯れた葦が風になびいては、カサリ、カサリと音を立ててカヤの横を流れてゆく。いつかの鶸の声は聞こえない。
そうして迷路のような枯れ尾花の海を抜け、小さな、しかし起伏のある島がカヤの目にも見えてきた。
「あれが浜荻島です」
星辰が明るい口調で言う。本当は苦しいだろうに。こんな役目は放り出したいだろうに。敬愛する父親が、逆賊と手を組んでいるなどと確定させたくないだろうに。
苦しいのは星辰だけではない。
ゲンタも、そして天球の四人も、弓削千晴が蒲原天元と結んでいたならば、それは死にに行くことと同義なのだ。彼我の実力差は、神童たる蒲原星辰が味方にいたとしても覆るものではないのである。
けれど、カヤの心は凪いでいた。
それは、未だ体を包み込むように聞こえる漣の音によるものだけではない。ゲンタを信じているからだ。
藍鉄の森への道中、蒲原天元が言っていたことを思い出す。
『弓削千晴はその昔、鬼を喰ろうたことがある。そのときに奴は外法たる尸鬼法を会得した。奴の驚異的な身体能力と〝鬼の手〟は正しくそれによるものなのだ』
島から突き出た桟橋に舟をつけ、まずは星辰が身軽に飛び移って舟をつなぐ。カヤは今度は落ちぬよう、慎重に舟を降り、ゲンタもやはり星辰と同じようにひょいっと跳んで島に上がった。
あとから来た天球の面々はと言えば、それなりに年を重ねているから身軽にとはいかない。特に愛用の刀の他に、金砕棒や手槍を体に括りつけている左兵衛は重く、ゲンタの手を借りながら、慎重に桟橋へ渡るのだった。
さて、この浜荻島であるが、事前に聞いていた通り、広大な都の大社の境内よりも当然狭く、さらに紫烏城本丸御殿の大広間よりも狭く見える。紫烏城本丸御殿と比べるならば、大広間の半分弱、松の間よりは大分広いといったところであろう。
その僅かな面積の中に小さな山があり、桟橋から続く急な木の階段を登りきると、風情のある石の祠がちょこんと座っていた。
これが浜荻島の全てであり、あとは松が二本と枯れた下草が見えるだけで、上陸した七名以外の人影はない。慎ましやかな山頂から眺める景色も、白髪の如くに群れる大量の葦が見えるばかりだった。
途中、足跡はあったのだが、そもそも手入れがなされている場所であるからして、草浜村の住民のものである可能性もある。
「さて、どうする、坊ちゃん」
小舟の番を頼んだ小平を除き、銘々が祠などを調べる中、庵原狐太郎が半ば諦め顔で星辰の指示を仰ぐ。だが、彼は思案顔で腕を組み、昔のことでも思い出そうとしているようだった。
「図書、何かありそうか?」
庵原は次に、図書に声をかけた。彼もこの場所のことを知っている風だったので、何か気付いたことがないかと思ったのだ。
「そうですね。このように小さな祠だというのに、神の気配は変わらず濃い。けれど、以前に小生が訪れたときは夏の盛りで、雑草が伸びやかでしたが、今日は実にすっきりとしたものです」
庵原には、それがどうにも的外れの話に聞こえたのだが、カヤが最初に「あ」と言い、それはゲンタ、星辰、左兵衛にも感染していった。
「皆でそろってそんな顔をして、いったいどうしたって……」
庵原はその様子に首をひねったが、やがて彼も、目を見開いて「あ」と口を開けることになった。
改めて祠と正対し、じっくりと見てみると、表面の汚れに薄っすらと指のあとのようなものが見える。
そして、祠の前に敷かれている四枚の石畳は、一枚一枚が畳ほどの大きさがあり、都の大社で使われていたものよりも大きい。
疑い始めてみれば、なぜこのような小さな祠に長方形に切られた立派な石畳があるのかと、これも違和感があるではないかと、庵原は目を皿のようにして観察する。
するとどうだろう。
ただの枯れ草だと思っていたものが、道を示してくれるように思えてきたのである。
じきに庵原は、石畳を指差した。その周辺の枯れ草は、他と比べて短くまばらに見える。
「皆、手伝ってくれ。あの石畳には何かあるかもしれない」
庵原、図書、左兵衛、ゲンタがそれぞれ四辺に指を入れ、「せーの」の合図で持ち上げると、見た目よりも随分と軽かった。
「下に石段が見えます!」
危ないからと言われ、傍らで待機していた星辰とカヤが嬉々として声を出せば、俄然、士気も上がろうというもの。持ち上げていた四名が石畳を放り投げるようにして枯れ草の上に置けば、目を輝かせて石段とやらの周りに群がった。
その石段は、どうやら洞窟の中に続いていて、中からは湿り気のある風が流れてくる。
ここから見える洞窟の幅は大人一人が通れるくらいだろうか。
天井は低く、腰を屈めなければ入っていけないようにも見えるが、石段が置かれているくらいだから、中は存外に広いのかも知れないと、ゲンタは言う。
「ねえ、どうして中に明かりが見えるの?」
カヤがそのように言うまでは、誰もそのことに気付いていなかったようだが、石段が下まで見えるのだから、なるほど確かに中には明かりがあるのだろう。
だが、庵原、星辰、ゲンタは何か知っているような顔でカヤを見ては、ゲンタだけが「中に入れば分かる」と答えたのだった。




