第四十話 出立
結局その会議では何も決まらなかった。
大久保暁鶏麾下の宵鶸からの情報も、目新しいものは特にない。
これまで通り弓削千晴を討伐すべしということと、敵か味方か分からぬ蒲原天元の真意を確かめ、叛意の気配があるならば即座に処断すべし、ということだけが決まったと言えば決まったことだった。
討伐にあたる人員についても、大久保から旗本一〇〇騎ほどを出す提案はあったものの、呪も扱えぬ者がいくらいたところでいたずらに犠牲が増えるだけと、丁重に断った。
もちろん、葦那言主が遺したという結界の完成条件や、そもそも結界が本当にあるのかどうかにまで話は及んだが、圧倒的に情報が不足しているところで結論が出せるわけでもなく、しかし、結界の性質については、丹王の口から興味深い話が出た。
曰く、この島では文明が発展しないと。
元々華那琉大陸の情報など、ほとんど入ってこないのだ。
だから丹王の言うことを今一つ理解できなかったが、蒸気機関なるものを作る話をされると、一同はうすらぼんやりと理解ができたようだった。
丹王は大陸で手に入れた書物をもとに、国一番の細工師、鍛冶屋に蒸気機関を作らせてみたのだが、どうもうまくいかない。そこで、大陸から学者と鍛冶屋を招聘してやらせてみても、これもうまくいかず、向こうも首を傾げるばかりだった。
挙句の果ては、完成品をこの島に持ち込むと途端に動かなくなるのだという。
華那琉大陸に倣い、蒸気機関によって工業力を上げようとした丹王の目論見は、それによって頓挫しているのだが、あるいはそれが結界とやらのせいではないかというのだ。
しかし、と大久保が前置きをした。
「しかし、五〇年ほど前までは、大陸の技術を取り入れることに成功しておりますゆえ、なぜ今はできないのかと不思議なところでしてな」
結局のところ、弓削の言う結界も、正体が分からないのだ。
分からないままに、白葦も赤烏も、弓削に踊らされていて、ただ言えることは弓削が都を大火で包み、巫覡部左府他、多くの人間を殺し、この上さらに大量の人命を危険にさらそうと画策していることだけだった。
討ち取るしかないのだ。
得体の知れぬ結界を利用することなど考えずに。
何も語らなかった白帝も、きっとそれを望んでいるのだろう。
弓削千晴と蒲原天元の捜索は宵鶸に任せるしかないと割り切り、そうしてゲンタたち六人は、二人が組んだ最悪の状況を想定して訓練に励んだ。
* * *
「今朝方、手の者より報告があった。欠け面の男ともう一人の男が老沼東岸の村落で小舟に乗っているところが目撃された、とのことだ。……確か、ゲンタ殿とカヤ様が育ったのもその辺りであったな。何か弓削某とつながるものでもあるのか?」
「いえ、特には」
大久保の質問に否と答えたゲンタが横を見ても、カヤも首を横に振るだけだった。
「老沼の東岸地域は弓削家の荘園もなければ、葦那言主を祀る社は小さく、数も少ない。可能性としては、再び都を混乱せしめる腹づもりでもあるのではないでしょうか」
しかし、ゲンタがそう答えた横で、蒲原星辰と佐々木図書がほぼ同時に「あ」と小さく漏らした。
本丸御殿の一室とは言え、大広間の四分の一ほどの広さしかないこの松の間では、それは大久保の耳にもよく届いた。もっとも、本来であれば七人でも広すぎるこの部屋も、とある理由で狭く感じるのだが。
「星辰殿、佐々木殿、何か思い当たる節がおありのようですね」
「……星辰殿からどうぞ」
「老沼の東側には葦の大群生地帯があり、その真っ只中に浜荻島という小さな島が浮いているのです。そこにはいつ作られたとも知れない小さな祠があり、確かに葦那言主を祀っておりました」
「そこへ行った可能性が高いとお考えか」
「はい。私もすっかり忘れておりましたが、子どもの時分に連れて行ってもらったおりには、大事なものを封じていると父に聞かされたことがあります」
「ふむ、弓削某の話とも合致するところであるな。それで星辰殿は如何いたす」
「……そちらからの援助の件ですか」
「左様。こちらであれば案内の者でも用意できたのだが、そちらの話となれば、精々が路銀と道々に食す干飯くらいしか用意できぬ」
「……以前から違和を感じていたのですが、そちらはなぜ我らにそこまで援助をなさるのでしょうか」
星辰の疑問も尤もである。
一〇〇年もの長きに亘って争ってきた敵国の戦力がいるのだ。
弓削のことなどさておいて、白帝をだしにだまし討ちでもなんでもすればいいのにと、未だ政治に不慣れな星辰でも思う。
だのに、白帝は今でもこうしてこの部屋でじっと話を聞いているし、大久保の懐には匕首の一つも見えやしない。
「それは……」
言い淀む大久保は白帝をちらりと見るが、彼の放浪帝は首を横に振り、「いずれ余からすべて話す」と言って、また黙ってしまった。
そうであれば星辰にはそれ以上を引き出す言葉を持たず、援助の話に戻るのみ。
「どのような理由であれ、格別のご配慮を頂き感謝いたします。しかし、白葦に戻るとなれば、国境まで案内して頂ければ、もう十分でございましょう。それ以上はいらぬ誤解を招き、お互いに好ましくない結果となるのではないですかな。……ときに陛下におかれましては、この機会に都にお戻りになられるのが最良かと、恐れながら申し上げます」
「余はまだ戻れぬ」
「承知しました。行幸の終了を首を長くして心待ちにしている御三方には、そのようにお伝えいたします」
「うむ。任せたぞ」
恐らくこれが本来の師兄なのだろうと、ゲンタは思った。
白帝などという、本来であれば目にすることも許されぬ雲の上の存在と、物怖じせずに粛々と話を進めているのだから、決定的に人としての格が違うのだと。
しかし、それはそれ、これはこれ、である。
白帝が赤烏に居座りたい理由はなんとなく分かっているものの、結局赤烏は白帝の要望を叶えるでもなく、自国の利益に適うごく一部に限って取り入れているに過ぎない。そこから先はない。
そうであれば、なぜ、と恐らく庵原、図書、左兵衛も思っていることだろうし、当然、星辰とゲンタも思っている。
しかし、カヤはそうは思っていないだろう。朝廷が嫌いだから、自分を、自分たちを都合よく利用しようとする人間が嫌いだから。そういう意味では、弓削千晴も、彼と手を組んでいるだろう蒲原天元も、そしてゲンタとカヤを赤烏に呼び寄せた白帝も、皆嫌いだった。
「では、出立は――」
赤烏を離れる日取りも、彼女の耳にどれだけ届いたか分からない。




