表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
噤呪の巫女(きんじゅ の みこ)  作者: 津多 時ロウ
第七章 噤呪の巫女
40/47

第四十話 出立

 結局その会議では何も決まらなかった。

 大久保暁鶏(ぎょうけい)麾下(きか)宵鶸(しょうじゃく)からの情報も、目新しいものは特にない。

 これまで通り弓削(ゆげ)千晴(かずはる)を討伐すべしということと、敵か味方か分からぬ蒲原(かんばら)天元(てんげん)の真意を確かめ、叛意(はんい)の気配があるならば即座に処断すべし、ということだけが決まったと言えば決まったことだった。

 討伐にあたる人員についても、大久保から旗本一〇〇騎ほどを出す提案はあったものの、(しゅ)も扱えぬ者がいくらいたところでいたずらに犠牲が増えるだけと、丁重に断った。

 もちろん、葦那言主(あしなことぬし)(のこ)したという結界の完成条件や、そもそも結界が本当にあるのかどうかにまで話は及んだが、圧倒的に情報が不足しているところで結論が出せるわけでもなく、しかし、結界の性質については、丹王(におう)の口から興味深い話が出た。


 曰く、この島では文明が発展しないと。


 元々華那琉(かなる)大陸の情報など、ほとんど入ってこないのだ。

 だから丹王(におう)の言うことを今一つ理解できなかったが、蒸気機関なるものを作る話をされると、一同はうすらぼんやりと理解ができたようだった。

 丹王(におう)は大陸で手に入れた書物をもとに、国一番の細工師、鍛冶屋に蒸気機関を作らせてみたのだが、どうもうまくいかない。そこで、大陸から学者と鍛冶屋を招聘(しょうへい)してやらせてみても、これもうまくいかず、向こうも首を傾げるばかりだった。

 挙句の果ては、完成品をこの島に持ち込むと途端に動かなくなるのだという。

 華那琉(かなる)大陸に倣い、蒸気機関によって工業力を上げようとした丹王(におう)の目論見は、それによって頓挫しているのだが、あるいはそれが結界とやらのせいではないかというのだ。

 しかし、と大久保が前置きをした。


「しかし、五〇年ほど前までは、大陸の技術を取り入れることに成功しておりますゆえ、なぜ今はできないのかと不思議なところでしてな」


 結局のところ、弓削(ゆげ)の言う結界も、正体が分からないのだ。

 分からないままに、白葦(はくい)赤烏(せきう)も、弓削(ゆげ)に踊らされていて、ただ言えることは弓削(ゆげ)が都を大火で包み、巫覡部(きねべ)左府(さふ)他、多くの人間を殺し、この上さらに大量の人命を危険にさらそうと画策していることだけだった。

 討ち取るしかないのだ。

 得体の知れぬ結界を利用することなど考えずに。

 何も語らなかった白帝(はくてい)も、きっとそれを望んでいるのだろう。

 弓削(ゆげ)千晴(かずはる)蒲原(かんばら)天元(てんげん)の捜索は宵鶸(しょうじゃく)に任せるしかないと割り切り、そうしてゲンタたち六人は、二人が組んだ最悪の状況を想定して訓練に励んだ。



 *  *  *



「今朝方、手の者より報告があった。欠け面の男ともう一人の男が老沼(おぬま)東岸の村落で小舟に乗っているところが目撃された、とのことだ。……確か、ゲンタ殿とカヤ様が育ったのもその辺りであったな。何か弓削(ゆげ)(なにがし)とつながるものでもあるのか?」

「いえ、特には」


 大久保の質問に否と答えたゲンタが横を見ても、カヤも首を横に振るだけだった。


老沼(おぬま)の東岸地域は弓削(ゆげ)家の荘園もなければ、葦那言主(あしなことぬし)(まつ)(やしろ)は小さく、数も少ない。可能性としては、再び都を混乱せしめる腹づもりでもあるのではないでしょうか」


 しかし、ゲンタがそう答えた横で、蒲原(かんばら)星辰(せいしん)と佐々木図書(ずしょ)がほぼ同時に「あ」と小さく漏らした。

 本丸御殿の一室とは言え、大広間の四分の一ほどの広さしかないこの松の間では、それは大久保の耳にもよく届いた。もっとも、本来であれば七人でも広すぎるこの部屋も、とある理由で狭く感じるのだが。


星辰(せいしん)殿、佐々木殿、何か思い当たる節がおありのようですね」

「……星辰(せいしん)殿からどうぞ」

老沼(おぬま)の東側には葦の大群生地帯があり、その真っ只中に浜荻島(はまおぎじま)という小さな島が浮いているのです。そこにはいつ作られたとも知れない小さな(ほこら)があり、確かに葦那言主(あしなことぬし)(まつ)っておりました」

「そこへ行った可能性が高いとお考えか」

「はい。私もすっかり忘れておりましたが、子どもの時分に連れて行ってもらったおりには、大事なものを封じていると父に聞かされたことがあります」

「ふむ、弓削(ゆげ)(なにがし)の話とも合致するところであるな。それで星辰(せいしん)殿は如何(いかが)いたす」

「……そちら(赤烏)からの援助の件ですか」

左様(さよう)。こちらであれば案内の者でも用意できたのだが、()()()の話となれば、精々が路銀と道々に食す干飯(ほしいい)くらいしか用意できぬ」

「……以前から違和を感じていたのですが、そちら(赤烏)はなぜ我らにそこまで援助をなさるのでしょうか」


 星辰(せいしん)の疑問も(もっと)もである。

 一〇〇年もの長きに亘って争ってきた敵国の戦力がいるのだ。

 弓削(ゆげ)のことなどさておいて、白帝(はくてい)をだしにだまし討ちでもなんでもすればいいのにと、未だ政治に不慣れな星辰(せいしん)でも思う。

 だのに、白帝(はくてい)は今でもこうしてこの部屋でじっと話を聞いているし、大久保の懐には匕首(あいくち)の一つも見えやしない。


「それは……」


 言い淀む大久保は白帝(はくてい)をちらりと見るが、()放浪帝(ほうろうてい)は首を横に振り、「いずれ余からすべて話す」と言って、また黙ってしまった。

 そうであれば星辰(せいしん)にはそれ以上を引き出す言葉を持たず、援助の話に戻るのみ。


「どのような理由であれ、格別のご配慮を頂き感謝いたします。しかし、白葦(はくい)に戻るとなれば、国境(くにざかい)まで案内して頂ければ、もう十分でございましょう。それ以上はいらぬ誤解を招き、お互いに好ましくない結果となるのではないですかな。……ときに陛下におかれましては、この機会に都にお戻りになられるのが最良かと、恐れながら申し上げます」

「余はまだ戻れぬ」

「承知しました。行幸(みゆき)の終了を首を長くして心待ちにしている御三方には、そのようにお伝えいたします」

「うむ。任せたぞ」


 恐らくこれが本来の師兄(すひん)なのだろうと、ゲンタは思った。

 白帝(はくてい)などという、本来であれば目にすることも許されぬ雲の上の存在と、物怖(ものお)じせずに粛々と話を進めているのだから、決定的に人としての格が違うのだと。

 しかし、それはそれ、これはこれ、である。

 白帝(はくてい)赤烏(せきう)に居座りたい理由はなんとなく分かっているものの、結局赤烏(せきう)白帝(はくてい)の要望を叶えるでもなく、自国の利益に(かな)うごく一部に限って取り入れているに過ぎない。そこから先はない。

 そうであれば、なぜ、と恐らく庵原(いはら)図書(ずしょ)左兵衛(さひょうえ)も思っていることだろうし、当然、星辰(せいしん)とゲンタも思っている。

 しかし、カヤはそうは思っていないだろう。朝廷が嫌いだから、自分を、自分たちを都合よく利用しようとする人間が嫌いだから。そういう意味では、弓削(ゆげ)千晴(かずはる)も、彼と手を組んでいるだろう蒲原(かんばら)天元(てんげん)も、そしてゲンタとカヤを赤烏(せきう)に呼び寄せた白帝(はくてい)も、皆嫌いだった。


「では、出立は――」


 赤烏(せきう)を離れる日取りも、彼女の耳にどれだけ届いたか分からない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ