第三十九話 覚悟
「父上!」
声の波が消えた静かな森。
蒲原星辰が叫んだところで、消えた二人が帰ってくることもない。
「おいおいおいおい、いったいぜんたいどうなっているっていうんだ、こりゃあ」
庵原狐太郎がひどく狼狽したように、烏帽子を投げ捨て、頭をかきむしる。
「星辰。お前、親父さんから何か聞いてなかったか?」
「何も聞いてませんよ、そんなこと。弓削討伐に合力せよと言われただけなんですから」
「くそ!」
左兵衛は、刀を抜き身で持ったまま、警戒するように周囲を眺めている。
図書は腕組みをして何かを思案しているような顔だった。
星辰とゲンタは、明らかに肩を落として悄然としている。
「追わないの?」
だから、カヤが枲垂衣の中で小首を傾げ、放った疑問が新鮮だった。
「カヤ様の言う通りです。ここは追いかけましょう」
図書が同意すれば、四人も頷く。
しかし、庵原が懸念を口にした。口にしてしまった。
「ところで、どうやって追いかけるんだ? 誰かあの二人の髪の毛でも爪でも持ってないのか?」
「……誰も、持っていないようですね」
星辰が明らかに落胆した顔でそう零し、別の懸念を口にする。
「そもそも、どうやってこの森から出ればいいのでしょう? 僕は道を覚えてませんよ」
蒲原天元が消えたことは、当初の予想よりも影響が大きいようで、不安の色を隠せない。ただし、不安なのは若い三人で、天球の三人は落ち着き始めている。
「小父さんたちは、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」
星辰はいつもの自信がすっかり鳴りを潜めて、神童の面影も見えないが、それを緩和させるかのように、尚更ゆっくりと落ち着き払って庵原は答えた。
「お前さんとしたことが、随分と狼狽しているじゃないか。だが、落ち着いて考えればすぐわかる。鳥の式神を飛ばし、その目を使って宿場を探せばいい」
「あ」
星辰は己の不明に気付いて口を開け、すぐに真一文字に引き結んだ。目もぎゅっと瞑り、三つ数えるくらいの頃に開く。
「式神を四方……いや、三方に飛ばして父上たちを探しましょう。そうすればいかに広い森といえど、見つけられるやも知れません」
「ほう、それはいい。早速やってみよう」
そうしてゲンタも交え、陰鬱な森の中へ式神を飛ばしたが、結局、弓削千晴と蒲原天元は、その痕跡すら見つからず、やむなく火輪へと撤退する運びとなった。
* * *
「一同、ご苦労であった。内府殿のことは、残念であったな」
ここは紫烏城の本丸御殿、その大広間。
前回よりも薄ら寒い場所で、前回同様に会議が執り行われるが、やはり空気は重い。
「そちらのご助力にも関わらず、期待に応えられなかったこと、誠に申し訳なく」
大久保暁鶏の労いに答えるのは蒲原星辰で、白帝は御簾の向こうだ。既に赤烏の支配者にでもなった気分でいるのかどうか、その心持は分からない。
同様に丹王も御簾の向こうにいて、その表情を知ることもできない状態である。二人とも声も出さずにじっとしていて、ゲンタたちとのやり取りは、大久保だけで対応している状況だった。
「構いませぬ。まだ、わが国には実害がない。或いは少しは被害があるのやも知れぬが、目に見えるものはなく、然らば、当方としては引き続き貴殿ら陰陽方には、厄災をもたらす賊徒の討伐を頼むのみである。ときに、内府殿が何ゆえに弓削某を連れ去ったのか、あるいは前々から通じておったのか、心当たりはござらぬか?」
大久保の口から出るのも、やはり蒲原天元の突然の行動に対する疑問で、しかし、星辰を始めとして誰も思い当たることはなく、ただ静かに首を横に振るばかりであった。
「このまま戻ってこなければ、探して問い質すしかありますまい。その上で弓削と共謀し、大乱を引き起こさんとするならば、迷わず斬ります」
「庵原殿がそのように申したところで、蒲原星辰殿はいかがであろう」
「……父が弓削千晴と組めば、この島が未曽有の大混乱に陥ることもあるでしょう。そちらだけが壊滅するのであれば望むところではありますが、此度の件が行き着く果てはそれだけでは済むはずがありませぬ。ならば、是非もなく切り捨てるのみ。だからといって、父が――蒲原天元が弓削千晴を説き伏せる。それがために連れ去った可能性までをも、否定するものでもありませぬ。まずは、姿を見つけることに注力するべきであろうと思料します」
「うむ。それならば良い。こちらも十分に援助すると約束しよう」
「しかし、葦那言主の結界とやら、完成することによって呪の力が強くなるのであれば、向こうの手に乗ったふりをしていっそ完成させてしまうのも良いかも知れませぬな。さすれば向こうと互角に渡り合えるやも」
意見がまとまりかけてきたところに、突拍子もない話をぶつけたのは佐々木図書であり、冗談を言う男ではないところが、余計に場をかき混ぜる原因となった。
「争乱が必要だと言っている以上、偽物の合戦では結界が完成しないんじゃないか?」
赤烏に来てより、初めて意見を出したのは左兵衛である。
「そして奴の狙いは結界完成だけじゃなく、カヤを帝なり王なりに据えて、裏で操りたいってことだろう。そうであるなら、やはり結界完成前に悪用しそうな人間は始末するに限る」
「左兵衛殿の意見も尤も。しかし、内府殿に思いを馳せれば、案外にそれを狙っているのではないかとも、小生には思えてくるのです。そうして結界を完成させた後に、弓削千晴を殺害する計画だとしたらどうでしょう」
「そうであれば、手前としては尚更、蒲原天元も討たなくてはならなくなるな。本人の真意などは無視して」
そこへ咳払いが一つ、流れた。
大久保のものではなく、ゲンタのものだった。
「お二人とも、師兄のいる前で殺す、殺さないの話はやめましょう。叛意有りと分かったら、そのとき決めればいいではないですか」
「いや、ゲンタ。それじゃ覚悟ができない。お前が言いたいことは分かるが、覚悟ができないまま親殺しをさせるというのは、人の道から外れるじゃないかと俺は思うし、何よりもやらねばならぬとなったときに迷いが出る」
庵原の言葉に皆で星辰を見遣れば、彼は唇をギュッと引き結び、けれどその目は上の空のようにどこを見ているとも知れない。
だから、カヤは言った。
「大丈夫よ。もしあなたの父ちゃんがあんな奴と手を組んでいたら、あたしがしっかり殺してあげるから」
場を和ませるために冗談で言っているのかと思ったが、顔を見れば真剣そのもので、ゲンタは眉を顰めた。
庵原は庵原でこれを利用しようとでも思ったのか、高笑いを作って「そいつはいいや」などと、冗談めかすのだった。




