表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/47

第三十六話 目撃情報

 そうしてゲンタとカヤが意図せず、しかし、カヤが内心で望んでいたかもしれない休暇を火輪(かりん)でとっている間に、宵鶸(しょうじゃく)から大久保のもとへと、弓削(ゆげ)の目撃情報が届いていた。それも一度ではなく何度も。

 それを宵鶸(しょうじゃく)から聞いたゲンタは居ても立っても居られず、目撃された場所を聞き出そうとしたのだが、宵鶸(しょうじゃく)の男たちは頑として教えてくれない。

 ただ、「後日、大久保様より追って連絡いたす」と答えるばかりであった。

 そう言われてしまえば、ゲンタにそれ以上追及する気持ちはない。結局のところ、二人の命は大久保に握られているようなもので、どうせ殺されるのなら、せめて弓削(ゆげ)に挑んだ方がましだと思っているに過ぎないのだから。

 しかし、カヤを死なせるわけにはいかないともゲンタは考えているから、安心している気持ちもあるのだ。カヤが何を考えているのか、聞きもせずにいるくせに。


「ゲンタ殿、カヤ様。大久保殿が本丸御殿へ来られたし、との(おお)せにございます」


 それから何日もしない内に迎えに来たのは、すっかり顔馴染みになった宵鶸(しょうじゃく)の男ではなく、いつか御殿で会った坊主頭の(おきな)であった。

 挨拶程度に返事をし、支度を済ませた二人が(おきな)の後ろをついて歩くと、やはり(おきな)はゲンタに話しかける。


「ゲンタ殿」

「はい」

弓削(ゆげ)(なにがし)を打ち倒す覚悟はできましたかな?」

「はい」

「それは重畳(ちょうじょう)。しかし、若者の中には身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれなどと、自分の命を軽く見積もる者も多い。かつての私がそうであったように。けれど、この年になってくると思うのですよ、やはり生きていた方がいいと。出世栄達、名誉、天下取り、大いに結構。けれど、そんなものがなくとも人間というものは案外幸せで、どうにでも生きていけるのですよ。もちろん、ゲンタ殿に成し遂げたい本懐があるのなら、それを大事になさるのが良かろうとも思いますが。果たして、ゲンタ殿に本懐はありますかな?」

「俺は……」


 言いかけて、次の言葉が出てこない。

 分からないのだ。

 果たして自分は何を望んでいるのか。

 弓削(ゆげ)千晴(かずはる)を打ち倒すことが、それだけが自分の望みなのかと。


「あなた方はまだ若い。この世界をもっと知れば、()したいことも見えてくるでしょう。だから、これからです。これから探すのも、きっと楽しいと思いますぞ」

「……はい」


 そんな話をしていると、いつの間にか大広間に着いていて、上段の間には御簾(みす)。影はない。そして、上段の間の手前には大久保暁鶏(ぎょうけい)が、いつも通り置物のように控えていた。


「しばし待たれよ」


 広く静かな空間に大久保の声がよく通り、二人はしんとした大広間の中央に、正面を向いて座した。

 今回呼ばれたのも間違いなく弓削(ゆげ)のことで、そうであれば場所を特定できたのだろうかと、二人はそのように考えを巡らせ始めていたが、ほとんど待たずに数人分の足音が聞こえてきて、思考は中断した。

 背後から聞こえる足音は五つ。

 二つは入り口で止み、三つはゲンタとカヤの並びで止まった。

 衣擦れの音が、座った気配を漂わせる。


庵原(いはら)殿、佐々木殿、古江(ふるえ)殿、よく戻られた」


 大久保がそう言うと、今度は廊下から足音が三つ近づいてきて、ああ、これはそろそろ始まるなと、ゲンタは身構えるのである。

 果たしてその足音はゲンタの予想通り、一つは案内の者で、二つは蒲原(かんばら)父子だった。

 大久保が労い、すぐに「御成(おな)りである」と厳めしい声を出せば、一同揃って平伏すること暫し。上段の間、御簾の向こうからスッスッと緩やかな衣擦れの音が、二人分聞こえてきて、すぐに止んだ。


(おもて)を上げよ」


 この緊張感のない声は白帝のものである。

 その声と同時に御簾(みす)と一同の上体が上がれば、大久保の咳払いが一つ鳴る。


白葦(はくい)の衆に手短に申し上げる。我が手駒より弓削(ゆげ)千晴(かずはる)目撃の報、多数あり。場所はここ火輪(かりん)より東に二〇里ほどの藍鉄(あいてつ)の森周辺である。討伐の際には案内の者をつけるゆえ、人員及び出立の日を決定し次第、当方まで連絡されたし」

「大久保殿、目撃された際の弓削(ゆげ)は、どのような格好であったか教えて頂きたい」


 大久保に質問したのは童水干(わらわすいかん)がまだ似合う蒲原(かんばら)星辰(せいしん)で、若者らしく、よく通るはきはきとした声であった。


「ゲンタ殿から以前に報告があった格好と変わりござらん。欠けた小尉(こじょう)面に黄緑色の水干(すいかん)、髪の様子は私と同じ総髪の慈姑頭(くわいあたま)にて」

「心得た」

内府(ないふ)、勝てそうか?」


 相も変わらず声に緊張感がないのは白帝(はくてい)で、けれど本人は至って真剣な顔で蒲原(かんばら)天元(てんげん)を見ている。


「……御言女(おことめ)様がいても四分(しぶ)ほどかと」

「それではいかん。是も非もなく、彼奴(きゃつ)の首を獲ってまいれ」

「……主上(しゅじょう)の命とあれば如何なる手立てを用いても、成し遂げてご覧にいれましょう」

「おいおい、白帝(はくてい)さんよ」

 このやり取りに、丹王(におう)は居ても立っても居られなくなり、口を出した。


「どうした、丹王(におう)殿」

「そちらの蒲原(かんばら)殿は、内府(ないふ)ってことでお偉いさんなんだろ?」

「いかにも」

「しかも、弓削(ゆげ)なんたらって奴の(しゅうと)ときて、どうして蒲原(かんばら)殿が行く前提で話をしているんだ? しかも嫡男殿も行くような気配じゃないか。大丈夫なのか?」


 彼の疑問は尤もなことで、ゲンタ、庵原(いはら)図書(ずしょ)左兵衛(さひょうえ)、そして大久保も、なぜ蒲原(かんばら)天元(てんげん)は供も連れず、しかも何かあれば跡を継がなければならないはずの星辰(せいしん)までもが一緒に来たのかと、そのように思っていた。

 それだけに、丹王(におう)の問いかけに、皆が集中するのは必然なのである。

 恐らくそれを考慮したのだろう。答えたのは白帝(はくてい)ではなく、蒲原(かんばら)天元(てんげん)だった。


丹王(におう)殿は(せつ)二心(ふたごころ)ありと(おぼ)()しか」

「平たく言えば、そうだな」

「ご安心召されよ。婿殿に嫁いでいた娘は既に引き揚げておりますれば、既に縁はございませぬ。加えてこれなる(せがれ)を連れてきたのは、弓削(ゆげ)を討つための必勝の構えにて、我らにもし万が一のことがあったとしても、政務が滞らぬよう、別の者によくよく言いつけてございます」

「……そうか、覚悟ができてるってんなら、別にいい。むしろ、こっち(赤烏)でどうにかしなけりゃいけないってのに、すまないな」

「それもこれも、主上(しゅじょう)を一刻も早く、我が国に連れ戻すためにございます」


 それを聞いた丹王(におう)は、目を細めて満足そうに笑うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ