第三十五話 再会
「弓削千晴の沙汰について異存はございませぬが、陛下におかれましては、一日も早い行幸の終了をご英断頂きたく、伏してお願い申し上げ奉りまする」
「いやじゃ」
「ところで、赤気の乱の首謀者は、弓削千晴なんでしょうか」
「御言女様の言によれば、ほぼ間違いないであろう」
「赤烏に陰陽師や祓い屋がいないというのは本当ですか?」
「ああ、本当だ」
ゲンタは、火輪に到着した後、すぐ城に向かった。事は急を要すると判断したのである。
カヤも健脚ではあるが、行きと帰りで八日間ほぼ毎日歩き通しでは流石にこたえたのか、件の別宅で大の字になっているところだ。
そうしてゲンタが案内されるまま、本丸御殿の大広間に通されると、そこで待っていたのは、どこかで見た面々による会議であった。
「戻りましてございます」
ゲンタが挨拶をすると、皆一斉に彼の方へ顔を向ける。その表情は様々だ。
「おう、ゲンタ、帰ったか! 弓削の話はどうだった? 早くこっちきて詳しく聞かせてくれ」
大久保暁鶏ばかりか白帝や丹王がいる場所で、いつもと変わらぬ表情と声を出すのは、野祓い屋・天球の頭目たる庵原狐太郎である。
佐々木図書と左兵衛も彼と並んで座っていて、ゲンタに対しては、それぞれ微笑みを向けるか不愛想に頷くだけの対応だった。
彼ら天球と対座しているのは、群青の直衣を纏った蒲原天元、つまり、ゲンタに弓削千晴追討を命じた本人と、童水干が似合うその嫡男・蒲原星辰であった。
天元はゲンタを一瞥しただけで天球に向き直り、星辰は少し微笑み、頷いてから、やはり天球に向き直った。
このような状況であるから、どこに座ればいいのかと大久保を見遣れば、彼は閉じた扇の地で星辰の隣を指し示した。これは話し合いに混ざれということだなとゲンタは受け取り、できるだけ音を立てずに、星辰の隣にすとんと腰を下ろす。
「師父、師兄、ご無沙汰しております」
座りしな、ぼそりとゲンタが言えば、天元は「うむ」と返事をし、星辰は嬉しそうに頷いた。
その上でゲンタは上段の間に顔と体を向け、千明岳は青釜の庵にて、弓削から聞いたことをそのまま話したのだった。
得体の知れない結界の話と、更なる争乱を望むことがゲンタの口から出ると、その場にいた者たちの表情は、当然の如くいっそう厳しいものとなる。
そうなれば出る意見の悉くが、白葦、赤烏の別なくして、弓削千晴討つべしとなるのは必定だった。
「ときに大久保殿」
「いかがした?」
話し合いが落ち着けば、ゲンタはこの場の疑問を遠慮なく口に出す。
「なぜ、この場にこちらの蒲原様や野祓い屋がいるのでしょうか」
「ふむ」
大久保は少し黙して、蒲原天元と庵原狐太郎をちらりと見遣り、ゲンタに答える。
「我らが呼んだのだ」
「力不足だということでしょうか?」
「それもあるが、一つは我が君が白帝陛下に早くお帰り頂きたいと思っていること、もう一つは、弓削某の活動によって、我が国に妖を産みだす心が持ち込まれた可能性を考慮してのことでもある」
大久保の返答にゲンタは目を見開いて驚いた。陰陽師がいないというのに、妖が人の心から産まれることを知っていたからだ。誰かが妖の存在を信じていれば存在し、誰も妖を信じなければ存在しえない。正確には信じようが信じまいが存在はしているのだが、信じている者がいなければ、こちらには関われないということだ。
「ゲンタ殿、何を驚いておるのだ? このようなことは常識であろう。神もまた同様であると」
「それゆえに葦那言主を否定したと?」
「その通り。ゆえに赤烏には葦那言主は豆粒の如くしか存在せなんだが、しかし、妖同様に白葦の衆を招いたことによる影響はあるかも知れぬ。難しいところよな」
「大久保殿、葦那言主と言えば、こちらでは葦那言主の御名は一つだけでしたか?」
ゲンタが疑問を口にした途端、佐々木図書が目を輝かせてゲンタと大久保を見る。
「いや、辺地の集落では変化したものがあったな」
その答えに佐々木図書は好奇心を抑えられなくなった。
「大久保殿、ゲンタ殿、そのお話を小生にもっと詳しくお聞かせください」
話し合いは結局、弓削千晴に対しては討伐すべしでまとまったが、葦那言主の神名については、興奮気味の図書によって想定外に長引き、その後、大久保の本宅にて議論百出の如く存分に語り合ったのであった。
そうであるから、カヤが布団も掛けずに大の字で眠りこけていることにも気が付かず、大久保の別宅にゲンタが戻ったときには、彼女はもうすっかり風邪をひいてしまっていた。
* * *
翌朝、余程具合が悪いのか、カヤはうなされながら起きた。かけた覚えのない布団から這うようにして出て、土間の方へと視線を向ける。
視界はどうもぼやけているが、美味しそうな匂いが土間から漂ってきていることは分かった。
そのままぼーっとしていると、ゲンタと思しき影が匂いとともに近づいてくる。
間近まで来たことで、カヤはようやくゲンタの顔がはっきりと見え、そして彼が目の前に置いた箱膳の上に、蕎麦が乗っていることに気が付いた。
「カヤ、熱いからよくふーふーして食べるんだぞ」
「あり……がと。……ふー、ふー」
箸で麺を掴み上げれば、たちどころに湯気と汁の匂いが辺りに漂う。
それに四回、五回と念入りに息を吹きかけ、カヤは口に運びこんだ。
味はほとんど分からないが、先日食べたときにはほとんど入っていなかった葱の辛みが食欲を幾分か刺激して、するすると彼女の喉の奥へ消えてゆく。
「うまいか?」
「うん……あの、ごめんね」
「何がだ?」
「今日からまた捜索に行くのに、私が邪魔しちゃって」
「問題ない。師父と師兄と、庵原殿たちも加わったからな」
「庵原のおじちゃんたち、来てるんだ。師父と師兄は……誰だっけ?」
「卜部の蒲原天元様と蒲原星辰様のことだ」
「ふーん……どうして?」
「うん?」
「どうしてそんなに偉い人が来たのかな?」
「そうだな。天球は擘浦大納言の企み事だと思うが、確かに師父と師兄がわざわざこちらに来る理由が分からない。大久保殿が少し困っているような気配があったから、俺に言えない理由でもあるのかも知れないな」
ずっと歩き通しだったためか、疲労がかなり蓄積されていたようで、カヤの風邪は治るまでに三日を要し、本調子に戻るまでには更に三日が必要だった。




