第三十話 疑問
「その、朝廷や御言女の仕組みを壊すためと仰いますと……朝議や巫覡部などを廃止されるのでしょうか」
この御方は何を仰っているのだろうかと思いながら、ゲンタはどうにか声を絞り出す。
カヤが何をしているのかといえば、彼の隣で置物のようにキョトンと佇んでいる。
「うむ。その通りだ」
「……お前らも大変だな」
実にあっけらかんととんでもないことを言ってのけた白帝に、隣の丹王も二人に同情するような顔で話を始めた。
「赤烏というか俺の考えを三つ話すが、まず、白帝さんには速やかにお帰り願いたい。金ばかりかかってしょうがねえ」
「はっはっは。丹王殿は冗談がお上手だ」
恐らく丹王は本心で言ったのだろうが、今の白帝に通じるはずもなく、丹王は首を左右に振るばかり。大久保暁鶏も呆れているのかと思えば、そうでもなく、表情をまったく崩していなかった。
「次に、これは白帝さんと志を同じくする部分なんだが、葦那言主によって迂遠に支配されているこの島を、我ら民の手に取り戻さなければならないと思ってる。そして最後だ。これがもっとも重要で、赤烏の存在意義そのものと言ってもいい。……朝廷が存在しないことにしている農村部の困窮を、どうにかして変えたいのだ」
確かに農村部は貧しかった。一〇〇年前の反乱が起こった後も、西部の貧しい暮らしは何も変わらない。それはきっと、西部よりは幾分かましなだけで、東部も同じなのだろう。
だからといって、自分たちに何ができるのだろうかと、ゲンタとカヤは思い、そのまま口にした。
「その、陛下と丹王様が成したいことは理解できたのですが、いったい何を相談されたいのでしょうか。いずれも俺とカヤがどうにかできる話ではないと思うのですが」
そこでまた大久保の咳払いが一つ。
「ゲンタ殿の懸念はもっともである。しかしながら、二人は弓削某を討ち果たすのに、最も適した能力を持っているのだ。そして、見事弓削打倒が叶えば、白帝陛下が無理矢理にでも高い官位を授けるか、或いは逆臣を討った英雄として朝廷に送り込み、朝廷を作り替える求心力とする。それとともに、我が国に有利な条件を白葦の国から引き出そうと、そういう算段であると私は思っておる」
ゲンタがちらりと白帝を見れば、彼は満足そうに頷いているから、概ね大久保の推測通りなのだろう。そのように思えば、ゲンタは再び心臓を握り潰されるような感覚に襲われて、なんとか話題を切り替えようとしてしまった。
「一つ、いや二つ、赤烏の皆様に確認の儀がございます」
「うむ、申されよ」
返事をしたのは大久保で、丹王は脇息に肘を乗せたままである。
「一つ目は、白葦は阿和村と都襲撃の件。あれはいかなる試みでありましょうや。二つ目は、今上帝陛下がそちらにおられるこの状況で、なぜ朝廷に領地の割譲などを求めないのでしょうか」
「うむ、もっともな質問である。まず一つ目の質問については、答えようがない。こちらは兵を出しておらぬし、国人衆などが兵を出したことも確認できておらぬ」
「そうだな。俺も大久保から話を聞いたときはビックリしたもんだ。それで、二つ目の質問だが、領地を増やしたところで、どうせあいつらが寄越すのは貧しい地域だろう。それじゃあ、意味がない。どう動けばこの島の民草にとっていいのか、白帝さんの使いどころを見極めている最中だ」
「それは――」
あまりにも帝に対して不敬ではありませんか、という言葉をゲンタは慌てて飲み込んで、別に思い付いたことを三人にぶつけてみることにした。
「……阿和村と都に侵入した鎧武者たちは、赤烏の者ではなく、こちら側の誰かが仕組んだ可能性がありますね」
「うん。俺と大久保もそう思っている。目的は分からないがな」
「余は、弓削が自らの兵を偽装したものであろうと思うておる。ゲンタもそう思うであろう?」
「はい、そのように。ですが、他にも協力した者がいると思料しております」
「そうだの。合わせて千を越すような人数に対する偽の軍備を、弓削家だけで隠しておけるものではないしの」
「ゲンタ殿、時間も限られているゆえ、こちらの話をしてもよいかな?」
「……これは失礼しました」
敵地も同然のこの場で大久保からそのように言われてしまえば、これはしまったとゲンタは再び縮こまるばかり。
「ふむ。弓削千晴なる者の話だが、都で大乱を起こしたような者を、赤烏で野放しにしておくわけにはいかぬ。ところが、こちらには彼の者の情報が余りにも少ない。なぜ白葦の都を騒がせたのか、いったい赤烏で何を企んでいるか、ゲンタ殿とカヤ様は何か心当たりはないだろうか」
ゲンタとカヤは顔を合わせ、またすぐに大久保に向き直った。
「あいにくと、心当たりはございませぬ」
「赤気の乱のときに、弓削が口にしていたのは、白葦が葦那言主様のものになるということと、それが弓削千晴と弓削家の悲願であるということでした」
「ふむ。やはり情報が少ないか。白帝陛下は弓削家の悲願については何かご存知でしょうか?」
「聞いたことがあるような気もするが、余にはなんとも分からぬ」
「葦那言主と何か関係があるんだろうが、さっぱりだな。或いはこの島が大陸と比べて随分と遅れていることと関係があるのかも知れないが」
丹王が口を挟んだが、結局、何も分からないのだ。
だから、白帝はゲンタとカヤに提案してみた。
「ゲンタは蒲原天元の下にいたのだから、弓削千晴とも面識があるであろう。この際、あやつに直接尋ねるのはどうかの?」
「確かに面識はございますが、乱の際に直接対峙した手前、難しいかと存じます。それに、どこにいるのかも存じ上げませぬ」
「構わぬ、一か八かじゃ。踏ん切りがつかぬのであれば、略式ではあるが詔勅を発給しようぞ」
このようなことで気軽に詔勅などを出されてはたまらないと、ゲンタはやむなく白帝の提案を受け入れた。また、カヤに対しては、赤烏で作らせた守り刀がその場で下賜された。拵えは一見して質素ながら、黒漆に蒔絵が施されており、質の高さをうかがわせる。
しかし、弓削千晴と相対する日が近づいてきたと思えば、ゲンタはズシリと体が重くなるものだ。
ゲンタにとって救いがあるとすれば、大久保が麾下の宵鶸を使って弓削千晴を捜索してくれる他、二人の支援を約束してくれたことだった。内密にではあるものの、王と老中の後ろ楯があることは大きい。
そのことは白帝の野放図さをいっそう引き立てることとなり、統べる者は国によってここまで違うものかと、ゲンタは溜め息をつくのだった。




