第二十六話 朝議
「文鳥にて具申のあった件だが、お前から直接話を聞きたいとの申し出があった。御言女様……いや、今は違うか。カヤ様を連れて明日の朝議に参内せよ」
「御意。しかし、束帯を持っておりませぬが、いかがいたしましょう」
「その水干で構わぬ。カヤ様にも白衣と袴で構わぬと伝えよ」
「はは。かしこまりましてございます」
そうして翌朝、二人は宮城門をくぐり、禁城へと入った。
宮城門をくぐった者がまず目にし、驚くのは、一面が真っ白な玉砂利で覆われた前庭である。しかし、それも赤気に照らされ、更には春の朝露を残しているのだから、いっそう禍々しく見える。
素早く何度も瞬きをしたカヤが、そのまま前庭に踏み入ろうとしたところを、ゲンタが手で制した。
「ここに入っていいのは行事があるときだけだそうだ。こっちから入るぞ」
そう言ってゲンタが指さした先には、玉砂利の庭を囲むようにして何本もの朱色の柱が連なっている。
足元には御影石が敷き詰められ、それはとても整然としていて、一片の声すらも許されないような、静かな柱廊だった。
「――それが本当だとして、こちらが動く必要があるとは思えぬ」
厳かな空間に似つかわしくない、高すぎるきらいのある声を発したのは、赤気の乱で弓削千晴に殺害された巫覡部正永の後継、巫覡部正白である。
官位はこの朝議の出席者四人の中で最も低い中納言ではあるが、巫覡部を束ねる者として、発言力は大きい。
「しかし、子向殿、向こうに帝があらっしゃるというのであれば、いずれ誰かを差し向けなければならないのでは?」
「だからといって御言女をみすみす差し出すような真似をすれば、この白葦を乗っ取られるやも知れぬぞ」
子向、というのは中納言の別名であり、つまりは巫覡部正白のことである。その子向殿を嗜めるように発言したのは、赤気の乱以降、治安維持或いは荒らされた区域の復興に協力する名目で、都に居座り続けている擘浦長元だった。
何もせずに兵を置いているだけであれば、いくら彼が大納言といえども、発言をないがしろにすることも容易いが、実際、擘浦長元はよく動いている。
そういうことだから、武部一胤も蒲原天元も彼を好意的に見ているし、巫覡部に至っては書状の発給にまで合力してもらっている手前、やはり一笑に付すことなどできないのであった。
「ところで、ゲンタ……明星元太と呼んだ方がよろしいかな、内府殿?」
「……右府殿のお好きなように」
「では、そうさせてもらおう。明星元太、そなたが会った宵鶸の者は目的を話さなんだか? 帝は無事であらしゃるのか?」
内府は内大臣、つまり蒲原天元のことであり、右府とは右大臣の武部一胤のことであった。
その右府が明星元太の名を出したとき、内府は少し顔を顰めたが、頭を下げたままのゲンタとカヤにそれが見えるはずもなく、ゲンタははきはきとした声で答えるのみ。
「目的などは一切話しておりませんでした。ただ帝と向こうの王が会いたいからと、それだけにございました」
「御言女の力が欲しいということは?」
「それについてはおいら……じゃなかった、私から説明することがあります」
ゲンタへの質問に、横から答えようとしているのは擘浦長元だった。
同じく頭を下げたままのカヤが、ビクッと体を震わせたことから、彼女もその答えを知っていることが想像できる。
「まず、御言女が言葉で未来を編む、という伝承は誤りでした」
「柳門殿、なぜお主がそんなことを知っておるのだ?」
「その仰りようだと、巫覡部のお歴々は、薄々気付いていたか、知っていて隠していたのではないですか?」
「そのようなことはない。巫覡部の儂が知らぬことを、柳門殿が知っていることが解せぬのだ」
「簡単なことですよ。私は検分を行なったのです。万神始末草子を著した佐々木図書殿の助力を得て」
「……ほう、佐々木殿の。して、なんとした?」
佐々木図書の名前を出したと言えば、巫覡部正白はおろか、武部一胤も蒲原天元も、身を乗り出すようにして、長元に視線をやる。
それを受けて気が大きくなったのか、彼はつい、いつもの調子になってしまった。
「よくぞ聞いてくれました。おいらと図書殿がおかしいと思ったのは赤気の乱の直後のこと。いったい都で何が起こっていたのか、方々から情報を集めていたときだった。野祓い屋天球の小間使いの男、小平って奴が言うには、そこにいるゲンタと図書殿も含めた天球の面々は、弓削にあっという間に両断されたって言うじゃあねえか。な、そうだよな?」
「は。記憶がしかと残っているわけではありませぬが、斬られたのは間違いないかと」
「うん。でだ、これまたそこにいるカヤが何事か大声を出した途端、体がくっついて蘇ったってえ話だ」
「大変興味深い話だが、しかし、それは御言女が死者をも蘇らせることができることの証明ではないか。今までと、いったい何が違うというのだ」
「右府殿、そこですよ」
「ふむ」
「おいらと図書殿、そして御言女様で試しを行なった件なんだが、結論から言やあ、未来を変えることはできたんですよ。でもそりゃあ、未来を直接変える力ではなかった」
未来を変えると言ったり、変える力ではなかったと言ったり、言っていることが支離滅裂にも思えるが、小首を傾げる巫覡部正白を除いて、朝議に出席している者は、長元が何を言わんとしているのか、理解しているようだった。ほぼ強制的に試しに協力したカヤは、言わずもがなであるが。
「死者を蘇らせたということは、未来を変えたのではなく、過ぎたこと、つまり過去を変えたってことだ。それも、カヤの目が届く範囲でだけだ」
そこで巫覡部正白が口を挟んだ。
「見晴らしの良いところに居座ればよいではないか」
「ところが子向殿、そいつは実に難しい」
「それはなにゆえか?」
「目が届く範囲とは、ハッキリと見える距離でないとダメだってことです。そしてもう一つ、カヤが万が一、向こうに捕らえられても問題ないことがある。いや、そりゃあね、おいらにも人の心ってもんがありますから、捕らえられない方がいいに決まってるんでしょうが、今回は宵鶸ってのが言ってることが本当なら、帝からのお召しになるんだから、やはり行かないわけにはいかないってんで、どうにも悩ましいもんだ。……そんで、まあ、御言女の力の話だが、化生や式神にはよく効くが、心がはっきりしてる人間にはほとんど効かねえんだ」
「ふむ……」
巫覡部正白は考えるようなそぶりをして、それっきり全く発言をしなくなり、ゲンタとカヤの赤烏行きは、あっさりと許可されたのだった。




