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第二十話 赤く燃える

 ――空から、血が降ってくるような気がした。


「不吉な……」

「なんだ、あれは!?」


 老沼(おぬま)を西周りに進む擘浦(はくら)の軍から見て南南東、つまり都の上空は、まるで空にまで火が燃え移ったかのように、赤々としていた。

 ただ赤くなるだけならば良い。その赤は自ら輝いていたのだ。

 初めは雲に色が映っているのかと多くの者が思ったのだが、目を凝らせば雲はなく、そこに途方もなく大きな(きぬ)でも舞っているかのような様相である。

 方角からして上に太陽が隠れていようはずもなく、実に不安な空だった。


「ええい、立ち止まるな! 進め、進めい!」


 徒士(かち)の足は鈍り、明らかに広がる動揺を、侍大将らが騎馬を走らせ叱咤して回る。

 そんな中で天球、というより佐々木図書(ずしょ)は、擘浦(はくら)長元(ながもと)に呼び出されて、この不気味な空について見解を求められていた。

 あれは何かと問われたところで、図書にも「あれは赤気(せっき)です」としか答えようがない。続いて「赤気が災いをもたらすというのは真か」と聞かれても、「あれは自然(じねん)のもので、災いが起こるのはただの偶然か人心の乱れによるものです」と、冷静に答えた。

 だが、彼はこうも言った。

白葦(はくい)ではこの五十年間、赤気が昼間に現れた記録はなく、なにか災いが起こるのではないかと考えるのは已むを得ませぬ。それだけに都に入る際には充分に警戒した方が良いでしょう」と。


 都に近づくにつれ、その空はいよいよ鮮明に輝き、それは血で出来た天蓋のように、都の空だけを赤く覆っていた。

 しかし、都の異変はそれだけではなかった。


「申し上げます! 都にて大乱の模様!」


 三日目の朝、先触(さきぶ)れの若い騎馬武者が、陣中に転がり込むように引き返してくれば、それは皆の不安を更に揺り動かす悪い知らせであった。


「子細を述べよ」


 古江(ふるえ)政重(まさしげ)が既に承知のこととでも言うように、些かも動揺を表に出さずに怗然(ちょうぜん)として話を聞くと、都ではおおよそ次のようなことが起こっているという。

 大火は未だ鎮められていないが、焼け落ちた跡から遠く離れた場所でも火災が発生しているということ。

 武部(もののべ)卜部(うらべ)の一部が反乱でも起こしたのか、お互いに争っている様子であること。また、都で争う者の中に赤烏(せきう)の兵士らしき一団を見かけたこと。


 それを聞いた長元(ながもと)と政重の顔はみるみる険しくなるも、彼らはただ朝廷の求めに応じて軍を動かしているだけではなかった。


(じい)老沼(おぬま)勢はどの辺りだ?」

「予定通りならば、いつでも都入りできる位置で待機している頃かと」

「よし。そいつらを先に突っ込ませて、朝廷側と合流させろ」

「御意。……しかし、混乱が予想されますな」

「これ以上混乱するこたあないだろ?」

「左様ですな」

「ま、後は実際にこの目で見てみねえとな。……まったく、なんだってこんな七面倒(しちめんどう)なことになっているんだか」


 その頬は、少し緩んでいた。



 *  *  *



「――それは、真にございますか?」


 擘浦を発ってから四日目の夕刻。太陽の陰りとともに空の赤は鮮烈さを増し、都だけがまるで冥府に在るような感覚すら芽生える。

 擘浦軍は都の北を守る玄武(げんぶ)城門のすぐ内側に陣地を築き、情報収集と同時に住民の避難誘導を行なっていた。

 そのようなときに、庵原狐太郎以下天球の四名は、擘浦長元に呼び出されていた。

 こんな状況で呼ばれたのだから、当然のことながら庵原は悪い予感がしていたのだが、やはりそれは本物だった。


「おう、本気も本気だ。こんなことで嘘吐いて、お前らを合戦に送るわけもねえ。ここから宮城(きゅうじょう)までの大路には、(あやかし)どもがわんさかいやがる。宮城(きゅうじょう)門に見附(みつけ)やら大社(おおやしろ)の付近なんぞは、巫覡部(きねべ)と朝廷側の卜部(うらべ)が頑張っているみてえだが、どうにも手が足りない様子でな。加えて、桃剣(とうけん)も用意しちゃあいるが、十本もねえ。それじゃあ、どうにも対処できねえってんで、お前ら天球の出番というわけだな」

「反乱勢力とぶつかる可能性はいかがか? また、そちらの陰陽方(おんみょうかた)はなんと?」

「反旗を翻した奴らはここいらにはいねえ。南側と西側で武部と卜部と、こっちの別動隊が抑えているから安心しな。こっちの陰陽方はなあ、若い奴はみんな卜部に持っていかれちまったからなあ。よぼよぼの爺さんを一人で前に立たせるわけにもいかねえし、何よりお前さんたちの方が腕が良いだろ? 褒美はもちろん弾むぜ。で、もちろんやるよな? 嬢ちゃんが会いたいって言ってたゲンタも、どさくさに紛れて捕まえられるかも知れないしな?」


 もぬけの殻になっていた旅籠の一室。擘浦長元は実に真顔で庵原に圧力をかけてきた。妖が相手となれば、余程のことがない限り彼らが断ることはないのだが、褒められていい気になり、嬉々として引き受けて、そしてすぐに後悔した。

 玄武城門から南の朱雀(すざく)城門まで、白帝の住まう宮城(きゅうじょう)を除いた都の真ん中を南北に貫く北辰大路(ほくしんおおじ)には、有象無象の妖たちが闊歩していた。獣の姿をしたものが多いが、それよりも腐れの気配を漂わせる鬼が多い。


「これは壮観なことですね。庵原殿、式神の気配などは感じられますか?」


 始める前から疲れた顔の庵原に対して、図書の顔はどこか涼しげで、この光景を楽しんでいるのではないかとさえ思える。


「……残念なことに感じないな」

「そうなると、自然(じねん)のものですか。赤気に誘われでもしたんでしょうかね」

「いや、それだけでもなさそうだな」

「どういうことです?」

「自然にしては百や二百なんて数は多すぎる。ましてや、あの腐れてる鬼は黄泉戦(よもついくさ)の斥候どもに違いない。卜部が管理している黄泉比良坂(よもつひらさか)の門を、どこぞの大馬鹿者が開いちまったんだろうよ。だからと言って、俺たちのやることは変わらないけどな」

「それもそうですね。ところでここはやはり撫祓(なではら)いでしょうかね?」

「そうだな。俺が形代(かたしろ)を飛ばすから、図書は弓鳴(ゆみならし)を頼む。左兵衛は近寄ってくるのを桃剣でやってくれ。小平はここで荷物番だ。祓えの対象は、葦那(あしな)大社(おおやしろ)までの道のりにいる妖すべて。そろそろ始めるぞ」

「承知」

「へい」

「……おう」


 そうして庵原が無数の形代を宙にばら撒くと、妖に吸い寄せられるように、赤い赤い空の下を飛んでいった。


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