第十七話 薬屋の若旦那
「おう、庵原の。お前らに頼みたかったことはこれで仕舞だ。卜部に陰陽師を取られてからこっち、対応できる奴がいなかったからよ、助かったぜ。褒美はたんまり出すから、しばらく滞在して嬢ちゃんを喜ばせてやってくれ」
検分の報告後、上津を治める擘浦長元はそう言った。
頼みたい仕事は全部終わったから好きにしろと、こう聞こえるのだが、庵原の耳には、何かまた頼みたいことが出てくるだろうから、カヤに気分転換でもさせながら、しばらく擘浦の町に滞在しろと、そういう命令にも聞こえていた。
そんな思惑はともかくとして、恐らく御殿で不自由に押し込められていたであろうカヤを、何とかして楽しませようと庵原は気を回していたし、不愛想な左兵衛もどこかソワソワしているように見える。図書だけは、前回と同様にカヤを町に連れ出すことに反対していたのだが、やはり最後には「伴います」となった。
そうとなれば、見せかけの役割をどうするか。
庵原は大男だが、前回同様、小袖で着流せば少し風変わりな商人で通るだろう。カヤもその娘という設定で、小平はそのまま二人の小間使いで問題ない。そして左兵衛は用心棒だ。そもそも、普段も仕事のときも茶の小袖と藍色の武者袴か裁着袴で、特に替えも持っていないからそれ以外にやりようがない。
問題は図書だ。庵原たちと前から活動しているにも関わらず、どこぞのお公家様のように綺麗な手指と、眉目秀麗とも言える端正な容姿をしている。荒事で破門された破戒坊主のような風貌の庵原や、浪人然とした左兵衛とは大違いであった。
そもそも彼らは身元を偽るようなことなど、これまでろくにしたことがなかったのだ。勝手など分かりようはずもなく、図書は庵原の俳句仲間という体でいくことになった。服装の方も、普段から外出の際に好んでいる狩衣の代わりに羽織でも纏えば、大抵の者はどこかの大店の道楽息子くらいには思ってくれるはずだ。
そうして五人で擘浦の通りを行けば、図書はいちいち書物屋の前で立ち止まるし、左兵衛は刃物問屋を頻りに頷きながら眺める始末。
けれど、もっとも店先で立ち止まっていたのはカヤで、良い匂いが漂ってくる度にまんまと釣られ、袖頭巾で顔を隠しているというのに、あっちへふらふら、こっちへふらふらと勝手気ままに行くものだから、庵原と小平としてはたまったものではない。
これは結局、腹を膨れさせなければ収まるまいと思い立ち、一行は手頃な茶屋で腹ごしらえをすることにした。
師走もまだ半ばを過ぎぬ頃ではあるが、海風は冷たく、縁台ではよろしくない。同じことを考えている客は大勢いたが、幸いにして店内は広く、店先で少し粘っただけで座敷に上がり込むことができた。
串に刺さった団子を食べるには邪魔とばかりに、袖頭巾を外そうとするカヤを宥めつつ、一行は暖かいほうじ茶と焼きたての団子に舌鼓を打っていたのだが、そこへひょいっと男の声が割り込んでくる。
「ここ、相席いいかな?」
声の主は線の細い二十歳前後の青年で、場違いに上等な正絹の着物に羽織と襟巻を纏っていた。加えて、うなじの辺りで束ねられた肩までの髪はたいそう艶がある。
これは余程の大店の跡取り息子に違いないから、丁重に扱った方が良いと、本能のようなもので一同、黙して頷いたのだが、次の言葉で俄かに緊張が走ることとなった。
「混ぜてくれてありがとう。ところであなた方は、お祓いを生業にしているのかな? 拙者はお祓いの話が大好きだから、お話してくれると嬉しいんだ」
「何を……」
しらを切ろうとした図書を手で制した庵原が、出来る限り小さな声でこの青年に言葉を返す。
「あの、どこのどなたとも知れない人間に軽々と話すわけには参りませんので、そちらのお名前を教えてくれちゃあもらえませんかね?」
「おお、よくぞ聞いてくれたね。拙者は都のとある大きな薬問屋の五代目で、名はシロと言うのだ」
得意気に言う青年に、庵原と左兵衛は露骨に顔をしかめたが、図書、小平、そしてカヤは口の端を緩めてニコニコとして聞いている。つまり、二人はシロを疑っていて、三人は何も疑っていない。いや、もしかしたら図書などは、疑ったところで問題ないと結論付けたのかも知れない。
いずれにせよ、他も空いているというのに、ここにわざわざ入り込もうとしてくる時点で怪しかった。だいたい都の大きな薬問屋となれば、五代目では済まないものだ。
「あ、……えーと、シロ様、これは内密の話でお願いしたいんですけどね、」
けれど、庵原は答えて問題はないとも、答えないわけにもいかないとも思った。それは彼の勝手な推測に基づくものではあるが、そう判断した。もちろん、差し障りのないところを選んで話すのだが。
「うん、秘密は守ろう」
シロはそう言って人懐っこい柔和な笑顔を向けてくるのだから、いっそう質が悪い。
「――ふむふむ。そうすると近くの比良峰を安全に往来できるようになったのは、あなた方のお陰というわけなのだね。ありがとう」
「い……いや、まあ、それほどでもありませんよ」
先頃の大捕物を、狗の部分だけ掻い摘んで披露したところで、シロが裏表のなさそうな顔をしてお礼を言うから、庵原は恥ずかしくてたまらず、図書、小平、カヤに至っては得意満面だ。
「ところで、そこな美しい娘さん。名は何というのかな?」
「……あの、娘の話はご勘弁下さい」
「ふむ、どうして?」
「その、生まれつき口がきけないものでして……」
「そうか。そうだったね。拙者も通常であれば婚儀を行なう歳なんだけど、残念ながら良い縁に恵まれていないのだ。良ければと思ったのだがね」
「ところでシロさんは、御言女様についてはどのように思われますか? 言霊を恐れるあまりに声を封じ、行動を制限しているという噂ですが」
図書がなぜシロにそのような話題をぶつけたのかは知れないが、シロの表情と返事には少しの影が差したように見てとれた。
「……五十年前の赤気の変は存じているか?」




