第十六話 検分
「――呪符を作れそうな奴はいなかったと。そいつはまたややこしい話だなあ」
「まことに」
野祓い屋崩れの捕縛のすぐ後、庵原は、今回の始末の報告のため、御殿に擘浦長元を訪ねた。
通されたところは、枯山水に面した以前の部屋ではなく、西側の書院であった。
この部屋も衾を開け放てば、隣の柳の間と合わせて二十畳くらいにはなりそうなものだが、余程聞かれたくないのか、衾も障子も閉め切っていた。
だが、今回ここにいるのは擘浦長元、古江政重、そして庵原の三人だけで、圧迫感は全くない。
「するってえとだよ? 呪符を作った誰かがお節介にもそれを奴らに与えたってことか? 庵原、お前はどう思う?」
「正しく柳門様の仰せの通りのことを、この狐太郎めも考えておりました」
「それでよ、発見した呪符ってのは、誰にでも作れるもんじゃあねえんだろ? 作った奴に当てはあんのか?」
「恐れながら、今回の呪符については誰でもというわけには参りませぬが、方術を修めた者であれば作ることもかないましょう」
「じゃあ――」
「しかしながら……、子細を明かすことはできませぬが、とある特徴がございまして」
「ほう?」
「卜部に在する高位の陰陽師のいずれかか、はたまたその棟梁である蒲原天元に直接師事した者ではないかと愚考します」
「かーっ。そいつはまた七面倒なことじゃねえか、おい。おいらあ、卜部の連中にも蒲原家にも、目を付けられるようなことをした覚えはねえってのによお。爺、天球に塒を検分させるぞ」
「……御意のままに」
「褒美は捕縛より少なくなっちまうが、ま、よろしく頼むぜ」
「はは」
褒美が少なくなるとは言え、この町に逃れて来てまだ数日である。本業の依頼があるほど名が売れているわけでもなく、しかも国司直々の頼みとあっては断る理由などない。
「して、いつ頃?」
「早い方がいい。今日か明日にでも行ってくれ。……それと、御言女様はまたこっちで預かる。未来を編むという話を信じているわけじゃねえが、今は封じられていても、祭礼のときには喋れるってえ話だろ? 何かの拍子に恨み言でも編まれたらたまったもんじゃねえからな、安心できるところで過ごしてもらうぜ」
「はは、畏まりました」
そうして庵原が深々と頭を下げて立ち去ろうとしたとき、古江が声を掛けてきた。
「庵原よ。左兵衛はうまくやっておるか?」
「……やはりそうだったんですか。どうりで」
「うむ」
「左兵衛は物静かですが、あいつなりにうまくやっていると思いますよ。なにか心配の種でもおありで?」
「なに、手前が巫覡部の衛士に推挙してやったというのに、いつの間にやら抜け出した挙句に、文の一つも寄越さぬ有様となれば、よほど後ろ暗いことでもしているのではないかと思うただけのことじゃ」
「そういうことであれば、この庵原狐太郎が共にいる限り問題はありませぬ。万事お任せ下さい」
「うむ。余計に心配じゃがな」
これには、脇息に体重を乗せて黙って聞いていた長元も笑いを禁じ得ず、庵原は苦笑いを浮かべるしかなかった。
* * *
「――参れ、福良雀」
右手で持った形代に、庵原がふうっと息を吹きかけると、それはたちまち冬毛の福々しい雀となり、肩に止まって首を傾げる。
「参れ、貉」
庵原はもう一枚、形代に息を吹きかけた。
すると形代はくるっと回転するように落下して、地面につく頃には、ずんぐりとした四つ足の獣となっていた。
そうして庵原が「探れ」と言うと、雀は壁や柵、屋根の上などを跳ねるように動き回り、貉は鼻をひくつかせながら地面をとことこと歩き回り始めた。
ここは、つい昨日、大捕物を演じたばかりの野祓い屋崩れの塒だった場所だ。
海部久忠による検分は既に済んでいるが、先だっての頼みにより天球の四人が改めて調べている最中である。
庵原にしてみればどうしてわざわざと思わなくもないが、切れ者の擘浦長元や、家老の古江政重には放置しておけない理由でもあるのだろうし、何より褒美にありつけるから、喜んで引き受けたということもある。
ともかく街道から外れ、比良峰の頂からは影になっている、粗末な隠し砦のようなこの場所を、彼らが念を入れて調べているところだった。
とは言え、既に海部が手の者と共に一度検分を行なった場所で、目ぼしいものは粗方持ち去られている上に、庵原と図書が見たところでも特別な気配も匂いも感じられない。そのような状況から、どうせ大したものは見つかりはしないだろうと思っているから、四人の動きも緩慢と言っても良かった。
そうして漫然として一刻ほど経ったとき、小平が嬉しそうに庵原に近づいて言うのだ。
「兄貴、変なものを見つけました」
まるで子供のように目を輝かせ、差し出した小平の手のひらの上にあるのは、半月のような形の板。
「ふむう。これは、なんだろうな。割符のようにも見えるが……」
しげしげと見る庵原の目に映るのは、外側の弧の部分だけにある縁取りと、縁に沿うように両端近くに配置された牙のような二本の模様。その模様はご丁寧に、将棋の駒のように朱の漆が彫埋されているようにも見える。
「おい! 図書、左兵衛、こっちに来てこいつを見てくれ!」
庵原が二人を呼べば、図書はようやく何かが見つかったのかと、口の端を上げ期待のこもった顔で、左兵衛は普段通りの感情のよく分からぬ顔で寄ってきた。
「こいつは割符か何かだろうな」
「小生も左兵衛さんと同じ見立てです。元々の形は分かりませんが、縁の無い部分の断面が綺麗すぎます。自然に割れたのだとしたら、まずこうはならないでしょう」
「割符だとして、この模様はなんだろうなあ。どこかで見たことがあるような気がするんだが」
「庵原、ここであれこれ言ってもどうにもなるまい。持ち帰って擘浦の者に調べさせるが良かろう」
結局、稚拙なつくりの砦で見つかったのはそれだけで、庵原などは褒美をもらえないかもしれないと心配していたのだが、その割符のようなものを見せたときの擘浦長元の表情は格別歪んでいて、嫌そうなものだった。
結果に呆れたのではなく、七面倒臭いと、そういうことを思っていた顔だった。




