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第十二話 擘浦のチョウゲンボウ

「……そんなところでは寒いでしょうから、どうか火鉢にあたって下さい」


 意図しない来訪者に天球の面々は険しい顔になり、左兵衛(さひょうえ)に至っては、睨むように男を見つつ、いつでも鯉口を切れるように刀の(つば)に親指をかけてさえいる。

 白髪頭の男は茶鼠の紋付きの羽織に同じく茶鼠の武者袴と、いかにもな服装ではあるが、けれどその腰に大小は差していない。

 だから庵原(いはら)は近寄るように促すことができた。


「うむ。そうしようかの」


 男は四人の顔を目の動きだけで確かめ、火鉢を挟んで庵原の正面に腰を下ろした。


「さて、庵原殿。手短に話そう。国司(くにつかさ)様がお主らから話を聞きたいと仰せじゃ。受けてくれるかな?」

「――チョウゲンボ……、じゃなかった、危ねえ。えっと、上津(こうづ)のお殿様が、その、俺らと、お話をされたいと?」

「然り」


 庵原が思わず言いかけたチョウゲンボウとは、上津(こうづ)国司(こくし)擘浦(はくら)長元(ながもと)渾名(あだな)である。長元(ながもと)は家督を継ぐ前から、その才、まことに発明なりと海内(かいだい)に知られ、国司(くにつかさ)に任命されてからは、当然のように上津(こうづ)を大いに発展させた。

 しかし、類いまれなる才能は悪戯にも遺憾なく発揮され、政務を執る御殿から度々逃亡して町に繰り出しては、子供じみた実に下らない悪戯を仕掛けて大はしゃぎするのだった。故に長元坊(チョウゲンボウ)などと、親しみを込めて呼ばれているのだ。そしてそれは、四十を過ぎた今でも衰えることはなく、仕事を放り投げては領内の町を遊び歩いているのだと、もっぱらの噂だった。

 そのような人物であるからこそ、庵原は警戒していた。


「そのように警戒しなくとも大丈夫ですぞ。我が殿は朝廷との付き合いも重視しておらぬ故。それに、カヤ様もお招きせよとの言いつけじゃ」


 ほらこれだ。この国のお偉いさんというのは、どうしてこうも油断がならない奴ばかりなのだろうかと、庵原の心中は穏やかではない。


「あー……、喜んで参上いたします」

「うむ」


 庵原が見渡すと左兵衛は刀を置き、衝立から真剣な顔を半分だけ覗かせたカヤは頷いていた。


「ところで、いつ頃、どこに行けばよろしいのでしょうか?」

「すぐじゃ」

「……ではすぐに身なりを整えて――」

「いや、そのままで良い。何しろ殿はチョウゲンボウじゃからな」


 白髪頭の男はそう言って、カカッと愉快そうに笑い、庵原は「へっへへへ、そうですか。へへ」と顔を引きつらせた。

 そうして、天球の面々は不安を隠せないまま、カヤは嬉々とした目を袖頭巾から覗かせて、十を数えるくらいであろう提灯持ちの童子二人の後ろをついて歩く。白髪の男――古江(ふるえ)政重(まさしげ)はこの小さな提灯持ちを紹介すると、用事がある、と暗闇に消えてしまった。

 提灯のぼんやりとした灯りが二つ、前を行く。

 そう言えば、今上(きんじょう)帝も度々宮城(きゅうじょう)を抜け出しては市井に紛れていると、そんな噂話を庵原はぼんやりと思い出していた。

 ぞろぞろと四半刻(しはんとき)ほども歩いた頃だろうか。港は遠く、白粉(おしろい)も蕎麦も匂わぬ通りの先に、丘を背にした白漆喰(しろしっくい)の塀と、閉め切られた大きな門が見えてきて、提灯持ちの一人が小走りに近づき、槍を持った門番と話をしている。その門番がくぐり戸から首だけを向こうに出して何やら話すのを見ては、いよいよそこから御殿に入るのかと庵原たちは思ったのだが、門番と話していた一人が今度は向かって右の方向を先導し始めた。

 図書と左兵衛はこの後どうなるのか分かっている風に堂々としていたが、庵原、小平、カヤの三人は、やはりどうにも落ち着かず、ひたすらキョロキョロとしてしまう。


「こちらの薬医(やくい)門からお入りくださいませ」


 案内され辿り着いた先は、先ほどのものよりも小振りで質素な門だった。先に(かんぬき)を抜いていたのだろう。提灯持ちが力を込めて押すと、木がきしむ音とともにゆっくりと開いた。門の向こうは石灯籠のほんのりとした灯りばかりが目立つ薄暗い小道で、途中で折れているのか、先は知れない。

 提灯持ちの童子二人は庵原たちを振り返ってじっと見た後、踵を返して奥へと歩いていった。まるで冷えた闇に吸い込まれていくような童子たちを追いかけ、左、右へと折れると縁側で足を組む男が一人。年の頃は四十を過ぎた辺りだろうか。紋付き袴に襟巻姿で、お猪口をくいっとやっている。


柳門(りゅうもん)様、客人をお連れしました」

「おう、ご苦労さん。下がって良いぞ」

「はい」


 童子たちが伝えると、柳門と呼ばれた男は袖をゴソゴソとして何かを渡して労い、その後でようやく庵原たちを見据えて、一つ、頷いた。


「よく来てくれたな。おいらがチョウゲンボウだ。まあ、そこで突っ立ってるのもなんだ。早くこっちに来て、ぐいっと一杯やるといい。嬢ちゃんもやるか?」


 冴えた月が照らす夜、上津(こうづ)を治める擘浦(はくら)長元(ながもと)は、ニッと笑って白い歯を見せた。


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