レッドキャップちゃん
昔々あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。
おばあさんからもらった赤い頭巾をたいそう気に入り、それからというもの家の外では常に身に着けていたため、皆から親しみを込めて「赤ずきん」と呼ばれていました。
そんなある日、森にすむおばあさんへお菓子とぶどう酒を差し入れるようおかあさんに言いつけられた赤ずきん。
大好きなおばあさんに会える嬉しさで心が一杯になった赤ずきんは、おかあさんからの注意の大半を聞き流しつつ、ニコニコしながら森へ踏み入っていくのでした。
森に入ってすぐ。厚手のマントを身に着け、左腰にナイフを、右肩に猟銃を掛けた青年が、ガサガサと音を立てながら茂みから現れました。
「……狩人さん?」
小首を傾げながらつぶやく赤ずきん。
「そうだよ。君は赤ずきんかい?」
「はい。こんにちは狩人さん」
「こんにちは。どうしたんだいこんなところで。一人かい?」
「そうよ。これからおばあさんのところへこれを差し入れにいくの」
お菓子とぶどう酒の入ったバスケットを見せながら説明する赤ずきん。
「それは偉いね。でもダメだよ、オオカミが出るから最近のこの辺は一人じゃ危険だって話を聞かなかったかい?」
「知ってるわ。でも大丈夫よ。この森には強い狩人さんがいるんですもの、オオカミなんて怖くないわ」
「ははは。それは光栄だね。じゃあ俺がおばあさんのところまで一緒についていってあげよう」
「あら、ありがとう狩人さん」
二人でおばあさんのところに向かうことになり、談笑しながら何事もなくおばあさんの家へ辿り着いた二人。
しかし扉をノックしても返事がありません。
不審に思った狩人は、鍵がかかっていないのを確認し家の中へ立ち入るのでした。
「おばあさん? いますか?」
室内を見回すと、窓のそばのベッドがこんもりと膨らんでいるのに気付く。
「大丈夫ですか?」
布団をまくろうと右手を伸ばすが———
「……え?」
次の瞬間目にしたのは、自分の右手首から先が床に落ちていく光景だった
「なっ……俺の、手が……!」
噴き出す鮮血が布団を濡らす。
「……で、結局あなたは誰なの? 『狩人』さん?」
背後から聞こえた声に反射的に振り返ると、そこには見覚えのあるナイフを弄ぶ赤ずきんの姿があった。
気付くと鞘だけになっていた腰のナイフに気付き、何が起きたか理解する。
「いいナイフね。一体どこで手に入れたのかしら」
「あ、赤ずきん? 一体何を」
「お芝居は結構よ」
「芝居? 一体何の」
「私は『本当の』狩人さんのことをよーく知ってるの。だから『狩人』さんが嘘をついてるのは最初から分かってたの」
「……」
「何も知らない子供のふりをすれば油断してくれるかなって思って話に乗ったけど、赤いずきんを被ってるからって赤ずきん呼ばわりしてきたのには笑いそうになっちゃったわ。
あなたたちみたいな人は、相手が油断してると判断するとすぐに気を抜いてくれるからやりやすいわ」
先ほどまでの純粋な笑みとは全く異なる、残忍な笑みを浮かべながら赤ずきんが答える。
「まあいいわ。あなたが誰かは知らないけど、始末してからゆっくり正体を———」
「ナメるなよ若造」
赤ずきんの言葉を遮りそう吐き捨てると、猟銃を投げ捨てその姿を変質させていく『狩人』。
体が肥大し服が破れ、露出した肌が体毛に覆われていく。
人間離れした顔、鋭い牙、爪。その姿はまるで———
「へえ、オオカミはオオカミでも人狼さんだったのね。実物は初めて見たわ」
「だろうな。俺も自分以外見たことねえ」
軽口を叩きながら床に落ちた手首を拾って切断面にあてがう人狼。
瞬時に接合した手首の動きを確認しつつニヤリと笑う。
「すごい自己修復能力。これは私じゃ殺し切るのに骨が折れそう」
「ずいぶん余裕だな。てめえが凄腕なのは十分理解したが、タネが割れた以上負ける気はしねえぜ」
「あなた本当にダメね。この期に及んでまだ油断して」
「何言って———」
「この森の本当の『狩人』さん。今どこにいると思う?」
とっさの判断力か野生の勘か。
言葉が終わる前に家から飛び出そうとした人狼だったがそれは成せなかった。
「わしじゃよ」
「おばあさん、誘い込むにしても無防備じゃない?」
「昼寝してただけじゃよ。お主らが大騒ぎするから起きてしまったがの」
微動だに出来ない人狼。
人狼の頭部をがっしり掴むおばあさんの手、それは動いた瞬間頭蓋ごと砕かれると確信するに足る膂力を伝えて来ていた。
「勝負アリじゃな。いかな人狼と言えども頭部を破壊されては再生できまい」
「お、お前ら一体……」
理解の及ばぬ状況に、身動き取れぬまま疑問の言葉を発する人狼。
「なに、この森の狩人とその弟子。それだけの話じゃよ。
……いや弟子と言っていいかは微妙じゃの。この子の場合破壊衝動を解消させるために役目を課している側面が強いからのう。また生態系が変わるほど森の生物を殺しつくされたらたまらん」
「もう! 今はもう壊して良いって言われたモノしか壊してないじゃない!」
「ははは。良い子じゃのう赤ずきん……いや斬撃特化の赤頭巾よ」
「……」
冷や汗の止まらぬ人狼を尻目に、この場にそぐわぬ穏やかな雰囲気を漂わせながら話す二人。
「さて人狼よ。このまま頭蓋を砕くのは簡単じゃが、一つ取引をせんか?」
「と、取り引き?」
「うむ。何せわしもトシじゃ。赤ずきんも時々手伝ってくれているとはいえ、この広い森を一人で見回るのは骨が折れてのう。頻度は高くないとはいえ、時々お前のような手練れのよそ者も紛れ込んでくるしの。
じゃから命を助ける代わりに本当にこの森の狩人を手伝ってくれんか? そうすれば命は助けてやるし多少の自由も認めてやろう。どうじゃ?」
「人狼の俺が狩人とはな……仕方ねえな、分かったよ。まだ死にたくないからな」
内心すぐ逃げ出してやると思いながら引き受ける人狼。
「そりゃ助かる。じゃあ契約を結ぼうかの」
「け、契約?」
「この森から出られない契約じゃな。それと赤ずきんとわし以外の村の人間を襲えぬ契約じゃ。強力な呪術じゃから違反は出来ぬぞ」
「な、なんでそんなことが出来るんだ」
「ほっほっほ。人に歴史あり、じゃよ」
「本当に強い契約だから覚悟してね。私も契約してるけど、うっかりウサギさんを狩りかけた時は両手両足の指の爪が一気に剥がされたような痛みに襲われたんだから」
「契約は違反度合いによって罰則が増すからの。うっかり破ったら廃人化待ったなしじゃぞ」
ドン引きする人狼だったが、ふと思いついたことを質問する。
「……待て。お前と赤ずきんは襲ってもいいってことか?」
「うむ。それが多少の自由じゃ。わしが死ねば契約が解けるようにもしてやろう」
「え!? 人狼さんと殺りあっていいの!? やったー!」
「うむ。最近手ごたえのある相手が居なかったからの。赤ずきんにとっても良い息抜きになろう。だが森の見回りをせねばならんから時々じゃぞ?」
「ありがとうおばあさん! 人狼さん、さっそく殺ろう!」
「く、くそ、舐めやがって……! いつか自由になってやるからな!」
「ほっほっほ。この状況になっても威勢がいいのう。人狼は素の能力の高さだけでなく成長性もあると聞く。赤ずきんともども先が楽しみじゃわい
まあまずは二人とも、血で汚れた部屋と布団をしっかり始末するんじゃぞ」
「「そんなー」」
こうして赤ずきんに続き、森の狩人がまた一人誕生したのであった。
やさしいおばあさんや対等な友達、その後も増え続ける数多の強敵に囲まれ、その後も赤ずきんは愉しく過ごし続けたそうな。
めでたしめでたし。