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明けない夜を見ていた

 世界中の夜が明けなくなった。

 時差があるからバラツキはあったけれど、世界はやがて完全に夜に沈む。

 夜が明けないってことは、つまり、明日がやってこないということで、つまり、学校にも行かなくて良いので、わたしは夜の街を歩いて風子の家に行く。普段なら「女の子が夜歩きなんて」とか言うお母さんも、夜が明けなくなった今では何も言わない。ので、わたしも素知らぬ顔で夜歩きをする。だってしょーがないじゃんね。

「こんばんは」

 インターホンを鳴らすと、ダルダルの部屋着を着た風子が出てきてそう言うので、わたしも「こんばんは」と返す。

 そうか、もうこの世界からは「おはよう」も「こんにちは」も失われたのだ、とわたしは気づく。

通された風子の部屋はなんだか以前よりもすっきり整頓されているというか、何もないというか、ミニマリスト? 的ななんたらみたいな部屋でなんか変。

「風子、断捨離でもした?」

 とわたしが訊くと、

「うーん、まぁそんな感じ」

 とふにゃふにゃとした答えが返ってくる。やっぱなんか変。なんだけど、でもそれ以上考えるのも面倒だし、とわたしは部屋の隅、ビニール紐で括られた漫画の山から一冊引き抜いて読み始める。そして読み終える。

「風子、この漫画の続きないー?」

 紐で括られた漫画の山をつつきながら訊くと、

「あー、確か来月新刊が出るんだった」

 と来月の話を過去形でされる。まぁ、明日がやってこないということは必然的に来月もやってこないというわけで、……嘘、漫画の続きも読めないってことじゃん。

「なんで急に夜が明けなくなるかなー」

 不貞腐れて愚痴ると、風子はなんかすごい真剣な顔をしてわたしを見つめる。え、何。

「夜が明けてほしい?」

「そりゃあ、まぁ、明けないよりは」

「明日がきてほしい?」

「こないよりは」

 みたいな、謎の禅問答的なよくわからないやり取りを経て、風子はなんだか泣きそうな顔をする。えぇー、どういう感情?

「でもさ、別に明日がこなきゃ絶対ダメってことはなくない?」

ちっちゃい子が駄々をこねるみたいに、どこか頑なな声で風子は言う。

「明日は何をする予定だった?」

 唐突に風子が尋ねてきて、わたしはちょっと頑張って考える。

「えーっと、普通に学校に行ってー、それから、後はまぁ、特には。多分風子となんかするとは思うけど。というかまぁ、いつも通り? な感じだと思う」

 明日の予定とか別に普段から考えたりしなくない? と思いながら答えると、風子も「私も多分、そんな感じだった」って、また未来を過去形で語る。

「だったらさ、別に明日がこなくたっていいよね。いつも通りってことは、昨日も今日も、明日だって、別に大差ないってことじゃん」

「あーまーそーかも?」

 確かに一理あるかも、とは思うけど、なんか言い負かしてやろう、みたいな口調の風子に違和感があって、わたしはついつい言い返してしまう。

「でも、昨日も今日も変わらない一日だったとしても、明日になったらなんかいいことあるかも、って思うことない?」

「思わない。だって、変わってほしいものは変わらなくて、変わらないでほしいものばっかり、変わってしまうから。明日なんてきたって、いいことなんか、ないよ」

「……風子?」

 風子の言葉は切れ切れになって、なったと思ったら、ふいに風子は泣き出してしまう。

「……どうしたの?」

 ここにきて、わたしはこれまで感じていた違和感がより強くなるのを感じる。

「ねえ風子。もしかして、夜が明けなくなったのって、風子のせいなの?」

 両手を風子の肩に置いて尋ねると、風子はぼろぼろと涙を零しながらこくり、と頷く。

 夜を明けなくするとかどうやるの? って感じだし、いかにもこーとーむけーな感じなんだけど、わたしはなぜかすんなりとそれを信じる。だって目の前で風子がこんなにも痛ましく泣いていて、それって真実じゃん?

「なんでそんなことしたんだよー?」

 なんでかわたしまで悲しくなりながら、風子の肩をかくかくと揺さぶる。風子はさめざめと泣く。泣き声が全部夜に吸い込まれていくみたいに、ひたすら静謐な泣き方だった。

 しばらくして泣き止むと、風子は立ち上がってすっかり片付いた部屋を横切る。

 立ち止まったのはクローゼットの前で、そこを開けると中には荷造りされたダンボールが一杯。

 片付いた部屋。ダンボール。そして夜を明けなくした風子。

 それら全てがいっぺんに頭の中で繋がって、わたしは言葉を失う。

「私、明日がきたら、引っ越す予定だったの」

 言葉を失ったわたしの代わりに、風子は言った。泣き止んだ風子は、その源の感情まで出し切ったみたいに淡々としている。

「ちょっと前に決まってね。でも、全然実感がなくて。なんか、明日になればなかったことになって、きっと昨日とか今日とかと変わらない日々が続くんじゃないか、ってそう思ってた。でも、そんなことは当然なくって、気づいたらすっかり荷造りとかも終わって、とうとう明日がきたら引越し、ってなっちゃって」

 だから、私は明日がこなければいいのにって思ったんだ。

 そう言って、風子は遠い視線を窓の外に投げる。この夜空の向こうには、彼女が拒んだ明日があるのだ。

「ねえ」

 風子は試すように、あるいは縋るように問いかける。

「夜が明けてほしい?」

 わたしは何も答えられずに、夜の空を見上げる。

 それから、夜が明けない場合と、夜が明けた場合で、世界から永遠に失われるものに想いを馳せる。

 おはようとこんにちは。漫画の続き。そして明日。

 風子。

 ずるいなぁ、そんなふうに訊くの、ずるいよ、とわたしはどこまでも続く真っ暗な空を――明けない夜を見ていた。


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