第75話 窃盗犯の子供
夜の通りに移動して。
俺は離れた所から夜道を歩くテティを見守っていた。
テティは大きめの麻袋を抱え、その中身を揺らしながら一人で歩いている。
俺の隣にはジョブスキルを使用して気配を断ったメイアも控えていた。
「今のところ、それらしい奴はいないな」
どこか落ち着かず、テティを遠巻きに見守っていたところ。
「ふふ」
メイアが声を潜めて笑っていた。
「どうした? 何かおかしいことでもあったか?」
「いえ、やっぱりアデル様が自分の娘を見守るお父さんのようで」
「そんな風に見えるのか……」
「はっ。テティちゃんが子供でアデル様がお父さんなら、わ、私はお母さんってことに?」
「いや、何を言ってるんだメイア」
俺のすぐ近くで何やら妄想しているメイアを見て溜息を漏らす。
まったく、緊張感が無いなとテティに視線を移した時だった。
「む……」
テティが細い路地を歩いていたところ、フードを被った小さな人影が姿を現す。
――あれが例の窃盗犯か?
「おい、メイア」
「アデル様がお父さんで、私がお母さん……。ふふ、うふふふ」
「しっかりしろメイア」
「……え? あ、す、すみません!」
肩をガクガクと揺すったところ、メイアが慌てて反応した。
メイアが仕事の最中に気を取られるのは珍しいなと思いつつ、今はテティの目の前に現れた人物に注意を向ける。
フードを被っているのと、中性的な顔立ちのため性別までは分からないが、背丈はテティと同じくらいだ。どうやら本当に子供らしい。
「どうします? すぐに捕らえますか、アデル様」
「いや、手筈通りにいこう。確かめたいこともあるしな」
「そうでしたね。では、アデル様にお任せします」
調子を取り戻したメイアの言葉に答えつつ、俺はフードを被った子供に気づかれないよう手を突き出す。
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対象:リック・ゴルドー
執行係数:52ポイント
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「……」
やはりというべきか、その子供の執行係数を計測したところ、低い数値が表示されていた。
「いかがですか? アデル様」
「ああ。予想通り、というところか」
かつて孤児院の子供たちのために盗みを働いていたレイシャと同じだ。
行っていることの割には執行係数が高くない。
――ワケあり、ということなのだろうが、その理由が気になるな。やはり、あの子供の背景を知る必要がありそうだ。
俺は浮かんだ疑問を一旦脇に置き、続けて目の前に青白い文字列を表示させた。
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累計執行係数:19,533,509ポイント
執行係数5、000ポイントを消費し、《魔獣召喚》を実行しますか?
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承諾――。
「魔獣召喚、ブラッドスパイダー」
俺が小さく呟くと傍らに大蜘蛛が現れる。
「魔糸」という特殊な糸を吐き出し、人を拘束したりすることのできる魔獣だ。
――下衆野郎が使っていた方法であまり気乗りはしないがな。
俺は嘆息しつつもブラッドスパイダーに「ある命令」を出し、再びテティと相対する子供へと視線を向けた。
「……」
「どうしたの? わたしに何か用?」
テティが目の前に立ちはだかった子供に声をかける。が、相手は沈黙を守ったままだ。フードの奥に浮かぶ琥珀色の瞳も特段の変化を見せない。
不思議と強い意思を感じさせられる目だなと、俺がそんな印象を抱いたところ、その子供は前方に向けて腕を突き出した。
「……あれは?」
子供の手に握られたものを見て、俺は思わず声を漏らす。
その手には黒ずんだ石が握られていたのだ。
「《魔晶石》、解放――」
「これは……」
突如、辺りの空間が黒く染まる。
「アデル様っ」
隣にいるメイアが咄嗟に反応したのだろう。手を握られる感覚があって、メイアの体温を感じる。
そのおかげで視覚以外の感覚は失っていないことが分かった。
――これがあの子供のジョブスキルか?
窃盗犯のジョブについては依頼者の話から色々と予想していたが、石を媒介とするジョブというのは聞いたことがない。
はっきりしているのは、あの子供が使ったのは周囲の人間の視覚を奪う能力だということだ。
恐らく、この能力を使った上で盗みを働いていたということなのだろう。
――やっぱり、あらかじめ準備しておいてよかったな。
まずはこの状況を打破しようと考えて、俺は待機させていたブラッドスパイダーに「糸を手繰れ」と命じる。
「う、あっ!」
短い悲鳴の後、辺りを覆っていた暗闇が晴れた。
テティの前にいた子供が転倒し、握っていた黒い石を取り落としている光景が目に飛び込んでくる。
子供はそこで俺の姿に気づいたらしく、俺を一瞥するとすぐに立ち上がった。
「くそっ!」
子供にとっては予想外だっただろう。地面に落ちていた黒い石を拾って俺たちとは反対の方へと逃げていった。
俺はそれを追うようなことはせずに、ゆっくりとテティの元へと歩み寄る。
「不可解な出来事に遭遇した時は退くか。中々賢明に見えるが、誰かに教えられでもしたのかな?」
「今の、アデルがやったの?」
俺が頭に手を乗せると、テティが振り返りながら尋ねてきた。
「ああ。事前にブラッドスパイダーに命じて、あの子供の足元に魔糸を張り巡らせておいたんだ」
「ブラッドスパイダーの魔糸はアデル様の黒衣にも使われている素材ですからね。気配隠匿の効果を活かして、見えないように忍ばせておいたアデル様の勝ちです」
「別に勝ち負けじゃないけどな」
後からメイアも寄ってきて、テティは感心したように何度か頷いている。
そして、テティは頭から生えた獣耳をピクピクと動かしながら子供の逃げていった路地の方を見やった。
「でも、追わなくて良かったの? あの子、逃げていっちゃったけど。一瞬のことで確かめられてないから、わたしも匂いで追えそうにないよ?」
「ああ、それについては問題ない」
「……?」
「さっきメイアが言った通りさ。ブラッドスパイダーの魔糸には気配隠匿の効果がある。だから、あの子供の持っていた石に糸を巻き付けておいた」
「なるほど。じゃあその糸を辿っていけば……」
「ああ。あの子を追うことができるってわけだ」
「おー」
テティが今度はポンっと手を叩いて納得する。
あの子の執行係数を見るに、単なる利己的な理由で盗みを働いているわけではなさそうだ。
今はその理由は見えないが、後を追いかければ分かるはず。
「――さて、どんな事情があるやら」
俺は懐から取り出した林檎を齧りながら呟いた。






