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第73話 《銀の林檎亭》の看板


「アデルさん、こんにちは!」

「クレスか。どうしたんだこんな所まで」


 ルーンガイアに復讐代行屋の拠点を移した翌日。


 俺たちが酒場を始めるための備品整理や、この土地に合わせたメニューの考案などを行っていたところ、ルーンガイアの王女であるクレスがやって来た。


 まずクレスが酒場に入ってきて、その後に付き人のハリムが続く。

 ハリムの顔はどこか疲れた表情で、またクレスがお転婆な性格を発揮して城を抜け出したのだろう。


 俺は「心中をお察しします」と心の中で呟き、ハリムに頭を下げた。


「こんにちはクレスさん。またお会いできて嬉しいです」

「王女様、今日はどうしたの?」

「メイアさんにテティさんもお元気そうで何よりです。実はですね、アデルさんたちが酒場を開店されると聞いて、コレを持ってきたんです」


 クレスが言って、ハリムが抱えていた荷物をテーブルの上に置く。その荷物は麻布(あさぬの)に包まれ、それなりの重量感があるようだ。


 麻布を広げると、そこから現れたのは彫刻が施された鉄製のプレートだった。


「これは……。看板?」

「はいっ! 開店のお祝いに、勝手ながら作らせていただいたんです。フランさんから、アデルさんたちが元いた国ではこの名前でお店を開いていたと聞いて」

「そうだったのか」


 鉄製の看板に刻まれていたのは《銀の林檎亭》の文字と絵。そしてその外側を覆うように描かれた狼の彫りだ。

 それに反応したのか、背伸びして覗き込んでいたテティが獣耳をピンと立てる。


「これ、もしかしてわたし?」

「おお、よくぞ気づいてくれましたテティさん! お店の名前の由来がアデルさんとメイアさんの出会いがきっかけだというのは聞いたんですが、テティさんも入れて差し上げたいなと思いまして。僭越ながら私が彫らせていただきました」

「ありがとう……。すごく、嬉しい」


 今度はしおらしく耳を垂らし、嬉しそうに尻尾を振るテティ。俺とメイアも笑みを浮かべ、クレスに感謝の言葉を告げる。


「俺からも礼を言う。これ以上無い開店祝いだよ」

「本当にありがとうございます、クレスさん。夜になったらさっそく飾らせていただきますね」


 そうして銀の林檎亭の面々はクレスの持ってきてくれた看板を眺めていたのだが、先程クレスが放ったある言葉を思い出し、揃って顔を上げる。


「……えっと。この看板、王女様が彫ったの?」

「この彫刻、すごくお上手ですよね。まるで職人が手掛けたような……」


 テティとメイアも俺と同じ思いだったのだろう。看板と、得意げに胸を張っているクレスとを交互に見比べて目を見開いている。


 普段は快活な振る舞いが目立ち、お転婆という言葉がしっくりとくるクレスの印象から正直に言えば、このように繊細な彫刻を仕立てるというのはあまりに「意外」だった。


「コホン……。皆様のお気持ちはお察しいたします。が、クレス様は存外多才な方でしてな」

「ちょっとハリム、それどういう意味?」


 クレスにじろりと睨まれるが、ハリムは日頃の仕返しとばかりに肩をすくめてみせる。


「でも、本当に上手だね。王女様の彫刻。すっごく意外」

「ですね。クレスさんにこのような才をお持ちだったとは、正直驚きです」

「ああ。普段からは想像できないな」

「もうっ! 皆さんまで!」


 辛辣な言葉を並べられ、クレスが顔を赤くして叫ぶ。


 そんな反応がまた面白くて、俺たちは声を上げて笑うのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] そこは英才教育の賜物なのね〜。
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