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第72話 新たな仕事場


「アデル様。こっちのテーブル、磨き終わりました」

「わたしも終わった。外にあった樽は中に入れておいたよ、アデル」


 ルーンガイアの民を救出した一件から数日が経ったある日。

 俺たちはまだルーンガイア国内に留まっていた。


「ああ、二人ともサンキュな。とりあえず準備はこんなもので良いだろう」


 今はとある目的(・・・・・)のため、俺、メイア、テティ、フランの四人は城下町の外れにある空き家を訪れている。


「それにしても、こんな(さび)れた感じの空き家で良かったんッスかねぇ。王女様に言えば、王宮のお部屋をそのまま使わせてくれたとフランは思うッスけど」

「いいんだよ。そもそも王宮ってガラじゃないしな」

「いや、アデルさんは元王族でしょ……。まあ確かに、あの仕事を王宮でやるってのは変かもしれないッスね」


 フランは入り口横にある樽に行儀悪く腰掛け、わざとらしく溜息をついた。


 ルーンガイアの行方不明者多発事件に関わっていた《救済の使徒》を殲滅した後でのこと。

 俺は王女クレスにある提案を持ちかけていた。


「でも、びっくりしちゃった。アデル、執行人の仕事をルーンガイアでやるって言い出すから」

「いきなりですまなかったな、テティ」

「ううん。わたしはアデルがやりたいって思うことなら何でも協力するよ。そのためにアデルに付いてきたんだから」

「……そう言ってくれるか」


 俺が軽く頭を撫でてやると、テティはパタパタと機嫌よく尻尾を振っている。


 元ヴァンダール王国で行っていた復讐代行――(すなわ)ち俺のジョブでもある【執行人】としての仕事。

 俺はその拠点を一時的にルーンガイアへと移すことを決めていた。



 二年前に王家を追放されて――。

 俺はこの世にはびこる様々な理不尽を見てきた。


 他人を蹴落としてでも自分の願望や欲を満たそうとする連中。

 ここにいる皆は、そういった身勝手な思想を持つ人間たちに翻弄され、それでもなお抗おうとしてきた。


 しかし、それは何も俺たちだけではない。


 先日の《救済の使徒》が引き起こしていた一件が良い例だ。

 国は違えど理不尽の種は存在していたし、それに抗おうとする者、抜け出そうとする者がいた。

 そして、クレスのようにそういった者たちを救おうとする人間も……。


 だから俺は、理不尽の種を刈り取るために、理不尽に抗おうとする者のために、俺が持つ【執行人】のジョブを役立てることをクレスに申し出たのだ。


「アデル様らしいですよね。そういうところ」


 不意にかけられた声に顔を上げると、メイアがにこやかに笑って林檎を差し出していた。


「……声に出てたか?」

「いえ。顔を見ればアデル様の考えてることは何となく分かりますからね。きっとまた、誰かのために何をしようか考えていたんじゃないかなって」

「まったく。メイアには敵わないな」


 俺は差し出された林檎を受け取り、そのまま齧りつく。

 独特の甘酸っぱい果汁が口の中を満たし、自然と笑みが溢れるのを感じた。


「《銀の林檎亭》の様子を見てくれているリリーナさんの報せによれば、今はあちらの国も落ち着いているらしいですからね。しばらくはこちらの国で『お仕事』をされるのも良いのではないかと」

「ああ。クレス曰く、この国には問題も多いらしいからな。協力を申し出たら是非にと言ってくれたよ。一時的にだが、ここで酒場をやりながら活動するとしよう」


「元の酒場にはほとんどお客さん来なかったですし、ちょうど良いッスね」

「よし。メイア、もうフランには飯作らなくていいぞ」

「だぁーっ! 冗談っ、冗談ッスよアデルさん!」

「フラン、懲りないね」


 慌てふためくフランを見て、テティが頭から生えた獣耳をわずかに垂らす。

 メイアの方は楽しげにそのやり取りを眺めていた。


 どうやら、場所が変わっても賑やかなのは変わらないらしい。


 ――さて、この国ではどんな依頼人がやって来るかな。


 俺は再び林檎に口を付けながらそんなことを考えていた。



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