第67話 ルーンガイア王宮での夜
「ふぅ……」
俺はキュッと温水の出る栓を止め、タオルでガシャガシャと頭を掻き回しながら今日の出来事を振り返っていた。
ルーンガイア王国で起きている行方不明者の多発事件――。
事件に関する聞き込みを行うため城下町へと出ていた俺たちは、怪しげな赤いローブの男たちと交戦し、捕らえることに成功。
その後、記憶を読み取るジョブ能力を持ったフランに赤いローブの男たちを引き渡し、再度街で聞き込みをした後で自室へと戻ると、既に外は暗くなっていた。
――コッ。コンコン。
軽やかな音で入り口の扉が三回ノックされて、意識が現実に戻される。
――この叩き方は……、メイアだな。
俺は髪が半乾きなのもそのままに、予め用意されていたローブを羽織る。
扉を開けるとやはりそこにはメイアがいた。
メイアも湯を浴びたらしく、下ろした銀の髪はいつもより艷やかで、その奥にある蒼い瞳が俺を見上げていた。淡い色の寝間着もよく似合っている。
「アデル様、失礼しま――」
と、メイアが俺を見上げながら硬直していた。
「どうした?」
「…………」
「メイア?」
「……はっ。すいません、湯上がり姿のアデル様が衝撃的で」
別に《銀の林檎亭》にいる時もよくあると思うが……。
まあ、確かにその時はすぐ自室に入るしローブ姿というのも珍しいかもしれないが。
メイアも湯浴みをした後のせいか、その頬はやや紅潮している。
大丈夫か? 湯あたりでもしていなきゃいいんだが……。
「で、何かあったか?」
「ええと、クレス様がお香を差し入れてくれたもので、アデル様にもと。ぐっすり眠れるらしいですよ」
「そうか、そいつはありがたいな」
俺はメイアから差し出された小さめの瓶を受け取る。
瓶の中に満たされた薄緑色の液体を見つめながら、俺は欠伸を噛み殺した。
「アデル様、お疲れですね」
「ん……、ああ。慣れない土地で気が張ってるのかもな」
そこでメイアは目を伏せて考え込み、何かを思いついたように顔を上げる。
「アデル様、中に入っても良いですか?」
「うん?」
「その……お疲れのようですしマッサージでもどうかな、と」
「メイアも疲れているだろう? それは悪いよ」
「いえいえ、私はこの通りピンピンしています。今日の戦闘もアデル様が一人で相手を倒しちゃいましたし。ですから是非」
メイアが腕まくりをして、わざとらしく白い腕を見せる。
こういう時のメイアは頑固だ。断っても聞かないだろう。
俺はやや嘆息しながらも申し出を受けることにする。
「お、お邪魔します」
何故か少ししおらしくなっているメイアを自室へと招き入れ、俺は扉を閉めた。
「ではアデル様、ベッドの上にどうぞ!」
「そんな大げさに言わなくても。……じゃあ悪いが頼む」
「はい。では失礼して……」
うつ伏せになった俺の背にメイアが跨ったようだったが、不思議と重さはほとんど感じない。
かすかにベッドが軋む音がするだけだ。
ふわりと石鹸の香りが鼻孔をくすぐり、遅れて背中が心地よい強さで圧迫されていく。
「痛くはありませんか、アデル様?」
「ああ、ちょうど良いよ」
「ふふ。こうしてアデル様と二人きりでお話するの、久々な気がします」
確かにメイアと出会って《復讐代行屋》を初めてから二年間は二人でいることも多かったが、最近ではこういうのも久々な気がした。
他愛も無い会話をしながら少し経った頃、メイアが少しだけ真剣な声で呟く。
「今日捕らえた赤いローブの集団、あれが《救済の使徒》なんでしょうか?」
「俺たちと出くわした時に『無力化して捕らえる』とか言ってたしな。いずれにせよ明日になれば何かしら情報も得られるだろう」
「フランちゃんも一晩あれば記憶を探れると言ってましたしね。行方不明になっている人たちの居場所も分かると良いのですが」
「そうだな……」
聞き込みを行った際に行方不明者の家族や知人が浮かべていた悲痛な表情を思い出し、俺は心の中で舌打ちする。
《救済の使徒》と呼ばれる組織が何を目的に動いているかは現状のところ不明だ。
それでもゼイオス王を襲ったことに加え、行方不明事件にまで関わっているのだとすれば看過できるものではない。
これまでの依頼と同じだ。
例え国が違えど、理不尽を振りまく奴らをのさばらせてはおくわけにいかない。
「ふふ」
「どうした?」
メイアの笑う声が聞こえ、俺は首から先を回して後ろを見る。
「いえ、アデル様らしいなって」
「……言葉に出てたか?」
「いいえ。でも分かりますよ、アデル様の考えていることくらい」
メイアが言って、俺の背中を押していた手が止まる。
代わりにそっと手の平が俺の体に添えられ、言葉が続いた。
「私は二年前からずっとアデル様にお仕えしてきたんですから。それはこれからも決して変わりませんよ」
それはとても優しい声だった。
***
チュンチュン――。
朝になって。
眠りから覚めた俺の意識は一気に覚醒した。
「……何故メイアと同じベッドで寝ている?」
昨日、マッサージの後でメイアがクレスから差し入れられたお香を開けたところまでは覚えている。
確かメイア曰く「ぐっすり眠れる」というお香だった。
その前にメイアには自分の部屋に戻るよう伝えたはずだったが……。
「結局二人で寝落ちしたと?」
俺はまだ隣で寝ているメイアを見ながら独り呟く。
念の為、自分とメイアの衣服を確認するが特に乱れてはいない。
とはいえ、このままというのも何か良くない気がした。
――コンコンコン。
扉を叩く音がする。誰か来たようだ。
「メイア、起きて……というか離れてくれ」
「んぅ」
「お、おい――」
メイアの肩を揺すって起こそうとしたところ、寝ぼけているのか首に腕を回された。
その腕を解こうとするのと、入り口の扉が開くのはほぼ同時だった。
「アデルさん、おはようございま――」
俺とメイアに目を向けたまま、クレスが固まっていた。
「おやぁ?」
「アデルとメイア、仲良し」
後ろにはニヤニヤとした笑いを浮かべるフランと、どこか楽しそうに尻尾を振るテティの姿も見える。
「なるほど」
クレスの呟きは何かに納得したもので、俺はそれが間違いなくロクなものではないだろうと理解する。
どう誤解を解こうかと俺が嘆息する一方、耳元ではメイアが静かな寝息を立てていた。






