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第64話 ルーンガイア王家に忍び寄る影とそれを払う者


「アデルさん。それに皆さん、お待ちしておりました。ようこそルーンガイア王宮へ」


 夕刻――。

 俺たちが約束の時間に王宮を訪れると、そこにはクレス王女と従者のハリムがいた。


「王女様自ら出迎えてくれるとは。随分と手厚いもてなしだな」

「いえいえ。ご足労いただいたのですから、むしろこれくらいは当然です」


 クレスは《銀の林檎亭》を訪れた時とは異なり、正装のドレス姿だった。

 そのせいもあってか、だいぶ大人びた雰囲気を感じる。


「姫様はアデル様が来られたら真っ先に会いたいと申されましてな。当初はルーンガイアの関所まで行きたいと仰っていたのですが、あいにく公務が重なりまして」

「も、もうハリムったら。それではまるで私が主人の帰りを待つ犬みたいではないですか」

「……」


 前言撤回。

 やっぱり少し子供っぽい。


「と、とにかく皆さんお疲れでしょう。ハリム、まずは皆さんをお部屋へ」

「承知しました、姫様」


 クレスの言葉を受けてハリムが深々と腰を折る。

 そうして、俺たちは充てがわれた客室へと案内された。


   ***


「一人一室ですよね……。そうですよね……。これだけ大きな王宮ですし。分かってました。うん、分かってました……」


 客室を出て合流すると、メイアが何やらブツブツと呟いていた。


「メイアさん、そんな落ち込まなくても。気持ちは分かるッスけど」

「メイア。元気出して」


 俺たちは部屋に荷物を置いた後、再びハリムに案内されて王宮の長い廊下を歩いていた。

 これから依頼の件も交え、クレスの父親であるルーンガイア国王と会わせてくれるらしい。


 のだが、メイアはフランとテティに慰められながらトボトボと歩いている。


「確かに女性陣はみんな一緒の部屋でも良かったかもな。後でクレスにお願いしてみたらどうだ?」

「い、いえアデル様。そういうことではなくてですね……」

「……?」


 何かおかしなことを言っただろうか?

 心なしかフランとテティにジトっとした目を向けられている気がする。


 ハリムも先導しながら「お若いというのは良いですなぁ」などとよく分からないことを言っている。


 そうして歩いていると、一際荘厳な造りの扉の前まで来てハリムが止まる。


 ここがルーンガイア国王のいる部屋だろう。

 扉の前にはクレスもいて、俺たちに向けて軽く会釈する。


「お待ちしておりました。今日はお父様もお体の調子が良いみたいです。どうぞ」


 そう言ってクレスは扉を開き、俺たちを中へと足を踏み入れる。


 中にはメイアとはまた違う種類の給仕服を着た侍女が一人。


 そしてもう一人。


「――貴殿が黒衣の執行人か?」


 そんな声を向けてきたのはベッドの上で上体だけを起こしている人物だった。

 低く威厳のある声とは裏腹に、髪は白髪で頬も痩せこけている。


 クレスから事前に聞いていた通り、病に()せっているというのは本当のようだ。


「失礼。我が名はゼイオス・ルーンガイア。一応(・・)、このルーンガイアの国王を務めておる」


 一応、ときたか。

 僅かに口角の端を上げている様子からも、なかなかユーモアのある人物なのかもしれない。


 クレスのフランクな接し方も親譲りだろうかと、俺は雑念に(とら)われる。


「お初にお目にかかりますゼイオス王。アデル・ヴァンダールと申します」

「ふむ。おおよその話は聞いていたが、中々に精悍な顔つきであるな。なるほど、これはクレスが入れ込むのも分かる」

「ち、ちょっとお父様!?」


 ゼイオス王が悪戯な笑みを浮かべて、クレスが悲鳴のような声を上げる。

 ……からかわれている、のだろうか?


「重ねて失礼。アデル殿の活躍は我も聞き及んでいる。弊国で生じている問題の調査を行ってくれるという旨もな。是非とも、事件の解決に力を貸していただきたい」

「勿体なきお言葉。私どもで良ければ尽力させていただきます」


 ゼイオス王と話していると、俺と同じく膝をついていた三人の声が聞こえてくる。


「アデルがあんな風にしてるの初めて見た。普段と違って、新鮮」

「元王子ッスからねぇ。あれくらいはお手の物かと」

「ふふ。そんなアデル様も素敵です」


 どうやら俺のいつもと違う態度を見て楽しんでいる模様だ。

 ……お前ら、俺には聞こえてるからな。


 と、後ろにいた三人を振り返ろうとして、その視界の端に映ったものに違和感を覚える。


「……?」


 そこにいたのは侍女の女性だった。

 目を閉じ黙していて、王の従者としてあるべき姿とも言えるが……。


 ――何か一瞬、妙な気配が……。気のせいか?


「すまぬな。我も動ければいいのだが……」

「……いえ。ゼイオス王はご自愛ください。私たちの方で対処に当たらせていただきますので」

「フッ。そう言ってくれると心強い。ハリムも、よろしく頼むぞ。クレスがあまり無茶なことをしでかさないように目を付けておいてくれ」

「もう、お父様ったら」


 そうして場が和やかな空気に包まれる中、俺は先程感じた気配を探る。


 ――やはり、これは……。


 俺はそこで察して、執行人のジョブ能力を使用した。


「本来であれば我の息子であるジークも顔合わせできれば良かったのだがな。あいにく奴は公務で――うぐっ、ゴホッゴホッ」


 ゼイオス王が言葉の途中で苦しそうに咳き込み、クレスとハリムが駆け寄る。


「ゼイオス王っ!」

「お父様! 大丈夫ですか!?」

「う、うむ。大丈夫だ……」


「そこの者、すぐに専属の医者を呼ぶのだ!」

「は、はいっ」


 ハリムに命じられた侍女の女性が、王の私室を出ていこうとして――、


「ちょっと待て」


 俺はその女性の肩を掴む。


「な、何ですか……? すぐにお医者様を呼びにいかないと――」

「ゼイオス王のアレは医者でどうにかなるものじゃない。アンタのジョブ能力で引き起こしたものだろうからな」

「……っ!?」


 その刹那、侍女の女性が僅かに腕を庇おうとしたのを俺は見逃さなかった。

 女性の給仕服の袖を掴み引きちぎると、そこから何枚かの紙のようなものが舞う。


「くっ……!」

「これは……、呪符――?」


 舞った紙片を手に取ったクレスが呟く。


「アデル様、もしかして……」

「ああ、執行係数9904ポイント。クロだ」


 先程、俺が感じた妙な気配。

 それはかつてテティとの一件で騙し討ちをしようとしたクラウス大司教の使用したジョブと似たものだった。


「大量の呪符を持っていたことからして、魔具を媒介に呪いをかける【呪術師】のジョブ系統ってところか。ゼイオス王が臥せっていた原因は病気なんかじゃなく、アンタのジョブ能力によるものだ。そうだろ?」

「あ、ぐ、あ……」


 侍女の女性は観念したのかガクリとうなだれた。

 色々と尋問したいところだが、侍女の女性の執行係数を参照できる内にやっておきたいことがある。


「――《魔鎌イガリマ》、顕現しろ」


 侍女の拘束をメイアに任せ言葉を発すると、俺の手には漆黒の大鎌が現れる。


「こ、これは……」


 その光景を見ていたクレスが声を上げ、ゼイオス王とハリムも目を見開いていた。


「ゼイオス王、失礼します。……《消し去れ、イガリマ》――」

「お、おお……!」


 イガリマから放たれた気流がゼイオス王を包んでいく。

 毒などの悪しきものを取り払うイガリマの能力だ。


 そうして気流が晴れると、ゼイオス王は勢いよく立ち上がる。


「こ、これは、体が……」

「お父様、立ち上がられて平気なのですか!?」

「ああ。アデル殿が放った風のおかげで病魔が消え去ったかのようだ。……いや、正確にはその者の放っていた呪いが、か?」


 ゼイオス王が視線を向けてきて、俺は首を縦に振る。

 これでゼイオス王の方は問題無さそうだ。


「さて――」


 俺は呪術の使い手である侍女の方へと歩み寄り、そして告げた。


「それじゃあ、綺麗さっぱり吐いてもらうぞ。お前の背後にいるであろう連中のことをな」


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