第63話 国が変わっても悪人は執行対象
「うわぁ。凄く綺麗な所ですね、アデル様」
《清き水の王国》、ルーンガイアにて――。
国境の関所を越え、市街地まで足を踏み入れたところでメイアが歓声を上げた。
石畳で整備された道の脇には小型の水路。
そこに流れている水の出処を追うと、街の広場中央に設置された女神像の水瓶へと繋がっていた。
「これはただの水じゃないな。魔力を帯びた水を街中に張り巡らせることで外敵の侵入を防いでいるらしい」
「へー、流石に水の王国ってのは伊達じゃないッスね」
「獣人の里よりも水がたくさん……」
同行しているフランとテティが続く。
数日前、《銀の林檎亭》を訪れた王女クレスにより、俺たちはルーンガイアに招かれた。
メンバーは俺、メイア、テティ、フランの4人。
メイアとテティは俺の役に立ちたいと言っていつも俺に協力してくれるし、フランは「アデルさんにはまだ借りがありますから協力するッスよ」と言ってくれていた。
もっともフランの場合は情報屋として普段入れない国に入れるという機会に惹かれたのかもしれないが……。
「ルーンガイアは他国との国交を断ってるって話ですけど、これだけの景観なら観光で栄えそうなものッスけどねぇ。勿体ないというか何というか」
「そこは国の防衛を最優先にしているんだろう。国政が保守的と言えるのかもしれないが」
「それでも王女さんは招いてくれたと。それだけ今回の依頼はアデルさんに頼りたいって気持ちが強いってことなんッスかねぇ」
「さてな……」
ルーンガイアの王女クレスが言っていた、国内で行方不明者が出ているという話。
そこには《救済の使徒》という謎めいた組織が絡んでいる、とクレスは睨んでおり、その一件を調査して欲しいというのが今回の依頼だ。
そして俺たちはクレスに招かれたルーンガイアの王宮を目指して街中を歩いているというわけだ。
と、キョロキョロと辺りを見回しながら歩くメイアが目に入る。
「メイア……? どうしたの?」
「へっ? い、いや、後でアデル様と二人で歩きたいな、とかそんなことは全然考えてませんよ?」
「メイアさん。それ全部言ってるッス」
「……一応仕事で来てるんだからな。それを忘れるなよ?」
「は、はは……そうですよね」
メイアは笑みを浮かべた後、見るからに落ち込んだ素振りを見せた。
……。
――まあ、後で時間が出来たら街を巡るくらいはいいか……。
「それにしてもちょっとお腹が空いたッスねぇ。アデルさん、まだ王女さんとの約束までは時間があるんでしょう?」
「飯に連れてけってことか?」
「ふふん、話が早くて助かるッス。あ、あそこにちょうど良さそうな酒場があるッスよ」
フランは言うが早いか駆け出していく。
どうやらフランの食い意地は場所が変わったくらいでは衰えないらしい。
「やれやれ。……まだ時間はあるし少し寄っていくか」
他国の酒場がどんな風なのかは俺も少し気になるしなと、そう考えてフランの入っていった酒場の入り口をくぐる。
「おいマスターさんよぉ。スープに髪の毛が入ってたって言ってんだろうが。それでも金を取るつもりかよ?」
「し、しかし……。内の従業員でそんな髪の長い者は……」
「あァン? オレが嘘をついてるとでも言いてェのか?」
「そ、そういうわけでは……」
店の中に入ると一人の男が酒場の主人らしき人物に絡んでいた。
その男は長髪で、会話の内容からするとどうやら因縁を付けて食事代を払うまいとしているらしい。
やれやれと、俺は息をつく。
例え国の景観は良くてもそこに住むのは人だ。
結局、場所は違えど理不尽な行いをする者は尽きないと、そういうことなのだろう。
「おいあれ、B級冒険者のヘイマスじゃないか?」
「誰か助けてやったらどうだ?」
「無茶言うなよ。元はA級だったのに素行が悪くてB級に落とされた奴だろ? 手を出したら返り討ちに遭うのが関の山だぜ」
なるほど、この国では冒険者をランクで区分しているのかと、俺は少し場違いな感想を抱く。
絡んでいるヘイマスという男はどうやら上級の冒険者であり、周囲の客もどうやら尻込みしているらしい。
「アデルさん、どうするッスか? ――って、聞くまでもないッスね」
俺は声をかけてきたフランを追い越し、ヘイマスという男の肩を叩く。
「おい。その辺にしたらどうだ? マスターも困ってるだろう」
「ああ!? 何だテメェは。黒い服なんて着やがって薄気味悪い奴め。すっ込んでろや」
ヘイマスは腰に挿してあった短剣を抜き、俺の前でチラつかせる。
入り口にいた3人から溜息をつくような音が聞こえた。
「刺されたくなかったら黙って――」
――パキィ。
俺が両側から掌底で挟み込むと、ヘイマスの短剣はあっけなく折れてしまった。
折れた短剣の刀身はクルクルと入り口の方へと飛んでいく。
「ほっ」
「メイア、ナイスキャッチ」
飛んでいった刀身はメイアが難なくキャッチして、テティがパチパチと手を叩いていた。
「へっ……? す、素手で剣を折った、だと……?」
「次は同じことをお前の体にしてやろうか?」
「ひ、ひ、ひぃいいいいいっ! 化け物ぉおおおお!!」
ヘイマスは慌ててカウンターに硬貨を置くと、酒場の外へと逃げ出していった。
化け物とは酷い言われようだ。本気でやるわけないのに。
「「「おぉー!」」」
と、酒場の中から拍手と共に歓声が起こる。
元々客としていた人たちだった。
酒場の主人がその歓声にハッとして俺の手を握ってくる。
「た、助かったよ、黒い服の方っ! 礼を言わせてくれ」
「ああいや、別に。あんなのに絡まれるんだから酒場の主人は大変だよな」
「……?」
「こっちの話だ。それよりマスター。連れも含めて4人なんだが食事、できるかな?」
「あ、ああ。もちろんでさぁ!」
そんなやり取りをした後、酒場の主人が次々にご馳走を運んできてくれた。
鮮魚やみずみずしい野菜をふんだんに使った料理など。まさに豊富な水に恵まれた土地の品だと、俺たちは舌鼓を打ちながら手を付けていく。
「はぁ、満腹ッス。国が違っても黒衣の執行人はここに健在ッスねぇ」
飯を平らげて満足そうにしながら、フランがそんなことを言った。






