第26話 執行係数《52ポイント》の場合
「ど、どうかな……」
「わぁっ! とっても可愛いですよ、テティちゃん。思わず抱きしめたくなっちゃいます!」
「ほんとほんと。フランもめちゃくちゃ良い感じだと思うッス」
テティが《銀の林檎亭》に来てから数日が経ったある日。
俺の視線の先ではテティが少し照れながら、けれどどこか楽しそうに服のあちらこちらを触っていた。
獣人族の勇ましい雰囲気と女の子らしさを上手く同調させたような服で、メイアの装飾多めの給仕服やフランの軽快に動けそうな冒険者服とも違う印象がある。
仕立てたメイアによれば「会心の出来です!」らしい。
「えっと、アデルはどう思う……?」
「ああ、とても良いと思うぞ。テティによく似合ってる」
「……ふふ」
俺が頭を撫でると、テティの亜麻色の尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れる。
新しい服を作ってもらえてご満悦の様子だ。
「……」
「メイア、どうした?」
メイアが何故か俺と、俺に頭を撫でられているテティをじっと見つめていた。
「はっ……。いえ、私も頭を撫でて欲しいな、とか思ってませんよ?」
「メイアさんメイアさん。それ見事なまでに言ってるッス」
「まったく、そんな子供でもないだろう」
「そ、そうですね。そうですよね……」
見るからにシュンとするメイア。きっとテティと同じような尻尾がついていたら力無く垂れているだろうという、そんな様子だ。
――そんなに頭を撫でられたいのか? よく分からん……。
俺が疑問符を浮かべていると、フランにあからさまな溜息をつかれた。何でだ。
「……なるほど」
テティがそんな俺たちの様子を見てボソリと呟く。
何がなるほどなのだろうか。
「ところで、なんでこのお店はこんなにお花がいっぱいなの?」
テティが《銀の林檎亭》のあちこちに置かれた花を見回している。
それは明らかに普通の酒場には似つかわしくない量だった。
「ああ。前の依頼者から貰ったものでな。少しでいいと言ったんだが……」
置かれた大量の花は、以前依頼をしてきた花屋の店主マリーが報酬として届けてくれたものである。
マリーは週に一度は《銀の林檎亭》へと足を運んでくれて、その度に大量の花を「まだまだご恩は返しきれません」という言葉と共に置いていく。この酒場を花屋にでもするつもりだろうか?
「でも、お花たくさんで嬉しい」
「あ、テティちゃんも分かりますか!? お花の素晴らしさが!」
「え? うん、綺麗だし可愛いと思う……」
どうやら可愛いもの大好きなメイアのスイッチが入ってしまったらしい。
語る相手を見つけて嬉しくなったのか、メイアはテティを抱きかかえながらそれぞれの花の説明をし始める。
「これはアイリスローゼンっていうとっても珍しいお花なんです。良い匂いでしょう? 香水なんかにも使われるんですけどとても貴重なんですよ。こっちはニガリリス。食用に使うこともできますが可愛い見た目に反してすっごく苦いんです。それからこっちの黄色いのはヒマワリと言って、東方の国が発祥のお花で――」
「へ、へぇ……」
……。
すまんテティ。しばらく我慢してくれ。
俺は林檎をかじりながら二人の様子を眺める。
それからメイアがテティを解放するまでに、二時間はかかった。
***
皆で昼食を摂った後、メイアが酒場での業務内容を説明し、テティはそれを熱心に聞いていた。
獣人族は誠実かつ真面目な種族だと聞くが、テティを見ているとそれは本当なんだと思わされる。
俺はそんな二人を遠巻きに見ながら、カウンターの上に行儀悪く腰掛けたフランに金貨の入った麻袋を渡した。
「そういえばこれ、いつもの場所に頼む」
「ああ、はい。例の施設ッスね。まったく、アデルさんは本当にお人好しッス」
「二年前に約束したからな。ただそれを果たしたいだけだよ」
「だからと言って匿名で送る必要は無いと思うんですけどねぇ。まあいいッス。そういうことにしとくッスよ」
俺はフランに雑事を頼んだ後、話題を切り替えつつ尋ねた。
「で? マルク・リシャールって奴のこと、何か分かったか?」
――マルク・リシャール。
先日、テティを救出した際に発覚した謎の少年の名前だ。
その時の話によれば、王家に出入りしている人物らしく、ここ最近の王家絡みの動きに関わっている可能性が高いのだが……。
「いや、めぼしい情報はまだ何も無いッスねぇ。でも、やっぱり変ッスよ、ここ最近の王家は。ガードが硬すぎるというか。フランの【探索者】のジョブ能力でもキツいッスね……」
「そうか、フランでも厳しいか……」
フランは王都でもトップクラスの情報屋だ。
テティを利用していたクラウス大司教についても、ジョブ能力を使うことで詳細な情報を調べ上げてくれたのだが……。
今は王宮に結界のようなものが張られていて、王家が認めた人物以外は立ち入ることができないらしい。
厳重すぎて逆に怪しいというのが俺とフランの共通見解だった。
俺は引き続き情報収集を行って欲しい旨を伝えて、フランもそれに了承する。
そうしてフランと話していると、やがて酒場の開店時間になった。
メイアとテティの二人に目を向けると、一通りの講習が終わったらしい。
今はメイアが慣れた手付きで、テティがたどたどしい手付きでテーブルを磨いているところだ。
「それにしても、テティまで働く必要あるんッスかねぇ? アデルさんの酒場、あんまり客来ないでしょ」
「いいんだよ、テティがそうしたいって言ったんだから。……っておい、ちょっと待てフラン。久々に顔を出したと思ったら随分な言い草だな」
フランがとぼけた調子で笑う。
と、入口の扉が開いて冒険者たちが酒場へと入ってきた。
「ほら見ろ。団体さんのお出ましだ」
「へー。珍しいこともあるもんッスねえ」
「よし分かった。今度からお前が来ても飯を出さないようメイアに言っておく」
「や、やだなぁ、冗談ッスよ。アデルさんが言ったらメイアさん本当に出してくれなくなるじゃないッスか」
酒場に入ってきたのは常連とは違う冒険者で、見たことのない連中だった。
数は3人。全員顔が紅潮していて、どうやらここに来る前にも酒を入れてきたらしい。
「ええと、ご注文は?」
「へぇ、獣人族とは珍しいなぁ。可愛い嬢ちゃんじゃねえか。おい、ちょっとこっち来て酌してくれよ」
「え? あ、あの……」
接客に回ったテティが腕を掴まれていた。
同卓した他の冒険者もニヤニヤと笑みを浮かべている。
強力なジョブ能力を持つテティからすれば軽く振りほどける相手だろうが、初めての接客でどうすべきか判断がついてない様子だ。
俺は念のためその冒険者の執行係数を確認する。
――執行係数【52ポイント】か。まあ、お引取りいただくだけでいいだろう。
「ほらほら、オジサンたちと楽しくお話しようぜぇ――グェッ」
「お客様ぁ? 当店はそういうお店ではありませんのでー」
「おい、ウチの新入りに気安く触れるな」
俺とメイアがその冒険者の襟首を掴むのは同時だった。
そうして、睨みつける俺と、にこやかな笑みを浮かべるメイアを見て冒険者たちは何かを悟ったらしい。
「「「す、すいませんでしたぁ!!!」」」
悲鳴のような声を上げて、酒場から逃げ出すように駆けていく。
「……なんか、この店に客が少ない理由が分かった気がするッス」
様子を見ていたフランが溜息をつきながらそんな言葉を漏らす。
「まったく……。ん?」
男たちが出ていった酒場の入り口を見ると、また別の冒険者たちが立っていた。
「あのぅ。コレをお願いしたいのですが……」
冒険者の内の一人がおずおずと差し出したのは何枚かの金貨、銀貨、そして銅貨だった。
なるほど、今度はもう一つの仕事の客らしい。
俺は気を取り直し、依頼者たちを別室に案内することにした。