第08話:追放への歩み~セーラの荷物持ち~
ドンドンドンと激しく扉を叩く音で目が覚めた。
この部屋には、僕とコガネしかいない。当然、扉を叩いている御仁は僕らに用があるのだろう。そして、こんな朝早くから、こんなに乱暴に扉を叩く人物を、僕は一人しか知らない。
セーラだ。どうせセーラだ。
セーラの印象は、出会ったときから変わっていない。気が強い女の子だ。この半年の間にも、その気の強さは散々味わってきた。というか、出会ったときが一番優しかった。僕を助けてくれた優しいセーラはどこに行ったのだろうか?
セーラには事あるごとに文句を言われていた。そして、セーラの当たりは僕にだけ強い。わりと、コガネも文句は言われているが、明らかにコガネに文句をいう時よりも、僕に文句を言う時の方がノっている。
そんな女の子が、こんな朝っぱらから扉を激しく叩いている。開けたら文句を言われるに決まっているが、開けなくても確実に文句を言われる。そして、開けない方が酷いことになるのは分かり切っている。
渋々扉を開けると、そこに立っていたのは、やはりセーラだった。
「開けるのが遅いッ。まさかまだ寝てたの⁉」
朝も早いというのに、身だしなみは完璧だ。いつ見てもきれいな藍色の髪は、かわいらしいリボンでまとめられている。服装だって、冒険しているときの簡素な服ではなく、街歩き用の可愛らしいものだ。全体的に、前世の僕だったら話しかけられるの躊躇われるような美少女だ。
そんな美少女が朝から僕に会いに来てくれるなんて。それもすごい形相で。……怖い。
「そりゃ寝てたよ」
怖いけど、返す言葉は軽くなる。僕だって伊達に半年間セーラの文句を聞いてきたわけじゃない。この半年で慣れたのだ。
ちなみに、コガネはまだ寝ている。コガネは寝ていても魔物の足音などには信じられないくらい敏感で、僕が索敵で気付くのとほぼ同時に跳ね起きる。……僕のスキル【索敵】の意味が薄れている証拠だ。
だが、敵意を感じない場合は絶対に起きない。セーラは朝から元気に怒っているけど、流石に敵意まではない。つまり、コガネは安心して爆睡出来るのだ。
他のお客の迷惑になるのといけないので、セーラを部屋に招き入れる。まぁ、もうすでに迷惑はかけているかもしれないけど。
「今日は、買い物に付き合うって約束でしょ。何でまだ準備してないのよ⁉」
「…………だって、まだ朝早いし。セーラの準備が早すぎるんだよ」
ちなみにセーラの準備は昨日の夜から始まっている。街用の服は諸々、僕の【収納】にしまわれているからだ。昨日の夜、セーラの服をまとめて渡していた。その中から、今日の服を選んだのだろう。
たぶん、僕たちは他の冒険者たちとは比べ物にならないぐらい無駄な荷物を持ち歩いている。普段使わないけどあると便利なものが、全て僕の【収納】に入れられているからだ。
セーラが買ってきたお土産の置物や、コガネが拾った良い感じの太さの木の棒まで、本当になんでも入っている。スキル【収納】は、色々なものを適当に放り込んでおくのにぴったりなのだ。
冒険者は、拠点を持ち荷物を保管していたりするらしいが、僕たちのパーティでは僕のいるところが拠点になる。
僕が唯一誇れるところだ。…………まぁ、僕が居なければこのパーティも拠点を持つだけなんだけど。結局、僕は追放待ったなしの荷物運びに変わりはない。
なんてことを考えている間も、セーラはやいやい言っていた。それを僕は神妙な顔で聞いている。下手に言い返すと倍になって返ってくるし、わりと僕が悪いことも多い。大人しくしとくに限る。
「じゃあ、下で待ってるから、さっさと降りてきなさいよ!」
そう言って、セーラは部屋を出ていった。今日も朝からほんとに元気だ。そして、セーラは結構大きな声で喋っていたけど、コガネは最後まで起きなかった。いつものことだ。
※※※※※
出来るだけ迅速に準備を終わらせて、宿屋の1階にある食堂に降りていく。すると、セーラだけでなくヒスイも待っていた。
「サネくん、おはよう」
「おはよう。ヒスイも起きてたんだね」
ヒスイがこんな朝早く起きてるのは珍しい。ヒスイもコガネと同じタイプなので、安全なところだと朝起きてくるのが遅いのだ。
「セーラが朝からうるさかったから、目覚めちゃったんだよね」
それは災難だったね、と目だけで伝える。口に出すとセーラが怒るからね。当のセーラは知らん顔をしていた。
「僕もわりと騒がしくしたんだけど、コガネはまだ爆睡してるよ」
「コガネが起きてこないなんて、いつものことじゃない。そんなことより、早くご飯食べて出発するわよ」
セーラの鶴の一声で、朝ご飯が始まった。僕らのパーティは基本的にみんなで食事を取るようにしているが、朝だけは別だ。たいてい、コガネかヒスイがいない。
女子2人一緒にご飯を食べるということに始めのころは緊張していたが、流石にもう慣れた。今では、セーラの愚痴や文句に適当に相槌を打ちながら、のんびり食事を楽しむことが出来るようになっていた。
そんな感じで朝ご飯を食べた後、僕はセーラと買い物に出発した。
「じゃあ、大変だと思うけど頑張ってね、サネくん」
出発の直前ヒスイから、セーラに聞こえないように応援される。ヒスイは別行動の予定で、一緒に買い物には行かない。そのせいか言葉とは裏腹に、完全に他人事の顔をしていた。
セーラの買い物は長い。あと買う量が多い。スキル【収納】が使える僕じゃないと付き合うのは大変だ。
現に、ヒスイとコガネがセーラの買い物に付き合うことはない。最初の頃は、コガネやヒスイが付き合うこともあったが、途中からは完全に僕の仕事になった。
というよりも、誰かの買い物にはほとんど僕が付き合うことになった。荷物持ちの本領を大発揮していると言える。もしかして、僕買い物要因として重宝されてるから追放されないの?
だが、僕の役割は完全に魔法鞄で置き換えることが出来る。駆け出しのころは手も足も出なかったが、今のセーラたちなら買うお金は十分にある。つまり、僕は追放待ったなしといことだ。
ちなみに僕は、セーラの買い物に付き合うのが割と好きだったりする。なぜなら、買い物をしているときのセーラは基本的に機嫌がいいからだ。
「サネヤ、何してんの? 次は、あっちに行くわよ!」
そう言って、露店が多く並ぶ通りを指差すセーラは楽しそうな笑顔。今日は特に機嫌が良いようだ。
「そっちはさっき行った方向だと思うよ。行ってないのはこっち」
だが、道は完璧に間違っている。セーラが指差しているのは、さっき通ったばかりの道だ。これ方向音痴以前の問題じゃない?
「そうだっけ? でも、あのお店はまだ見てなかったから、やっぱりあっちに行くわ」
こんな感じで行ったり戻ったりするから、買い物が長くなるんだと思うなぁ。まぁ、早く終わろうよ、なんて言ったら一瞬で機嫌が悪くなるから言わないけど。
前を歩くセーラは本当に可愛らしいただの美少女だ。見た目だけなら虫も殺せなさそうなお嬢様だが、中身は正反対だ。昆虫系のモンスターが大嫌いなセーラは、昆虫系のモンスターと出会うたびに大虐殺を繰り広げている。
無能な僕とは違い、セーラは優秀な魔術師なのだ。
遠距離から広範囲の敵を的確に攻撃することが出来る。僕のスキル【索敵】なんてなくても、適当に魔法をぶっ放すだけで解決できそうな威力を誇っている。
セーラ曰く、魔術師としてはまだまだ半人前らしいが、僕からすればどこが半人前なのか分からない。
※※※※※
「じゃあ、帰るわよ。宿はどっち? あっち?」
セーラが買い物を切り上げたのは、日が暮れる直前だった。一日中、街を歩き回って疲労困憊な僕と違って、セーラは元気モリモリだ。魔術師の方が、荷物運びよりも体力あるってどうゆうこと? ………………そうだね、僕がひ弱なんだね。
やはり僕は役立たずだ。本業の荷物持ちですら足を引っ張りかけている。このままでは、正当な理由で追放されてしまい『ざまぁ展開』に持って行けない。もっと頑張らねば。
とりあえず、今は無能な僕にでも出来ることをしよう。
「宿屋はこっちだよ」
それは、当然のように真反対を指差すセーラに正しい道を教えることだ。
分かれ道のたびに自信満々で間違った方向に行こうとするセーラを引き連れて、僕はどうにか宿屋にたどり着いた。
買い物をしただけなのに、本当に疲れた。運命の日は近そうだ。