第04話:優しい美人は美人局
藍色髪の美少女は、ハゲゴリラを追い払ってくれた。どうやらハゲゴリラは僕を本気で殺したかったわけではないようだ。連れがいると知った途端、わりとすんなり引いた。
「なんだよ、連れが居んのかよ」
まるでナンパに失敗したチャラ男のようなセリフを残してどこかへ消えていった。そんな簡単に引くぐらいなら絡んでこないで欲しい。結局、特に何もされてないから良いけど。
だが、僕にはまだ問題が残されている。それは、この美少女の目的が不明なことだ。
僕なんかを助けてどうする気だろうか。お金ならないよ?
ただの善意なら本当にありがたい。だが、数々のラブコメを読んだ僕は知っている。僕みたいな人間に無条件で優しい美人は存在しない。何か目的があるに決まっているのだ。
「あ、ありがとうございます」
でも、一応お礼は言っておく。お礼を言わないで揉めるのも嫌だし、助けられたのも事実なのだ。
「別に良いわよ。情けなさすぎて見てられなかっただけだし」
それ、僕に気を使って言ってくれてるんだよね? それとも、ハゲゴリラに絡まれてる僕はそんなに哀れだったのだろうか。…………哀れだったんだろうなぁ。
だが、僕を助けてくれた理由には納得だ。捨て犬に優しいタイプの人間だということだろう。
つまり、チャンスなのだ。この藍色髪の美少女なら、哀れな僕を仲間にしてくれるかもしれない。
だけど、無理。美少女にいきなり仲間にしてください、と言うハードルが高すぎる。てか、美少女相手じゃなくても無理かも。もしかしなくても、コミュ障の僕、仲間探しに向いてなくない?
そんな風に、心の中でうじうじしている僕を見て何を思ったのか。
藍色髪の美少女は、しばらく視線を彷徨わさせた後、「はぁっ」と大きくため息をついた。
「あたしはセーラよ。あんたは?」
そして、意外なことに名乗ってきた。てっきり、助け終わってはいさようなら、だと思ったのに。
どういうつもりだろうか。僕にとっては、仲間にしてもらえるチャンスだからうれしいけども。
「えっと、石……じゃなくて、サネヤです。改めて助けてくれてありがとうございました」
初対面の人に、下の名前だけを名乗る違和感がすごい。
「そんなに畏まらなくて良いわよ。どうせ年もそんなに変わらないでしょ」
僕としては、畏まった態度じゃなくて、女子と話す時のデフォルトの態度だ。
「で、サネヤはこんな所で何やってるの?」
「…………えっと、この街に来たばっかりだから、観光? というか、ウロウロしてただけだけど」
僕を追放してくれそうな仲間を探してました、なんて言えない。実際、仲間の見つけ方が分からずウロウロしてただけだし。
そして、僕は街に入るときに衛兵さんにしたように、『森を彷徨ったのちに、死ぬ思いでこの街にたどり着いた』という哀れなエピソードを披露した。受け身な僕は、何かの拍子に「可哀想ね、仲間にしてあげるわ」と言ってくれないかなぁ、と期待していた。
だが、僕の哀れエピソードを聞いたセーラの反応は予想外のものだった。
「その服って大切なものなの?」
へ? 服?
今僕が着ているのは、ごく普通の服だ。灰色のスエットの上下に、黒っぽい上着。まぁ近所のスーパーに行くぐらいなら許されるだろうという格好だ。
スーパーじゃなくて異世界に来てしまったけど、動きやすいし僕は満足していた。
この服の何が問題なのだろうか。たしかに森を彷徨っている最中にかなり汚れてしまった。それでも、周囲と比べてそんなに目立っているとは思えない。
「別に大事ってわけじゃないけど」
いや、これしか持ってないから大事なのかな?
「なら、今すぐ着替えたほうがいいわよ。その服、珍しい生地使ってるでしょ。分かる人には分かるから、地味に目立ってるのよ」
「えっ? そうなの?」
「たぶんさっきのハゲゴリラもその服が目的だと思う」
あのハゲゴリラ、そんなお洒落さんだったの? そうは見えなかったな。…………そうだね。追い剝ぎ目的だね。怖い。
別に着替えるのは構わないけれど、僕がこの服以外を持っていないのもまた事実。
「その、悪いんだけど、服を売ってるところ教えてもらえないかな? 僕、替えの服持ってないんだよね」
文字が読めない僕には、この街で服屋を探す難易度は高い。というよりも、知らないお店に1人で入ることの難易度が高い。日本でだって、知らないお店に入るなんて危険なことはしなかった。ましてや異世界でなど出来るわけがない。
僕の情けない提案に対し、セーラは一瞬考えるそぶりを見せた。
「……教えてあげるのは構わないけど、売る前にその服よく見せてくれる?」
分かる人には分かるって言ってたってことは、セーラも分かる側の人ってことか。てか、だから声をかけてきたのかな。ちゃんとした目的が分かって一安心だ。
「こんな服で良ければ、お好きなだけどうぞ」
そんなわけで、僕はセーラと一緒に服屋に行くことになった。
※※※※※
「はい、到着。ここが服屋よ!」
服屋の前で、セーラが元気よく宣言する。
さらっと言ってるが、思いっきり迷ってたよね? この店さっき1回通り過ぎたじゃん。文字が読めなかったから、指摘できなかったけど。
「……何よ、その目。べ、別に迷ってないわよ。あんたが目立ってるから、わざと回り道しただけよ」
うん、まぁそういうことにしておこう。どうせ僕だけじゃ、ここには来れなかったわけだし。
「良いから、さっさと入るわよ。あたしもその服じっくり見たいし」
そして、セーラは躊躇いなくドアを開けた。チェーン店以外に入れない僕とは大違いだ。
「はい、いらっしゃい」
店にいたのは、駄菓子屋にいそうなおばちゃんだった。良かった、これですごくおしゃれなお姉さんとかが出てきたら回れ右して帰るところだった。
てか、この店買取ってしてくれるのかな? 今着てる服を売ったお金で、替えの服を買いたいんだけど。
「あの、この服って買い取ってもらえますかね?」
おずおずと着ていた上着を差し出す。改めてみると結構汚れている。森で彷徨った時間の長さを物語ってるな。珍しさ補正で売れることを期待するしかない。
「ふぅむ、そうさね。これなら、銀貨40枚ってとこかね」
……ほほう。全く相場が分からない。銀貨40枚もあれば、その辺の服とは交換できるのかな?
「ちょっと、待ちなさいよ。おばさん、それ本気で言ってる? 足元見すぎじゃない?」
またしてもセーラが割り込んできた。
「こっちも商売だからね。安く言うのは当然さ」
「にしても安すぎだっつってんの!」
そして、セーラが交渉すること数分。僕は着ていた服を下着以外すべて買い替えしたうえで、結構たっぷりと銀貨が入った袋を受け取っていた。
交渉って大事なんだね。セーラすごい。てか、僕が舐められすぎたのかもしれない。
ちなみに、セーラは散々交渉でおばさんと火花を散らした後だというのに、2人で仲良く僕の服を調べていた。楽しそうでなによりだ。
※※※※※
服屋から出たあと、僕はセーラからお叱りを受けていた。
「あんた、金銭感覚なさすぎ。たぶん、これでも結構損してると思うわよ。あたしもこの街の相場があんまり分かってないし」
「……ご、ごめんなさい」
たぶん、僕だと銀貨40枚でも納得してたよ。だって、銀貨40枚でも替えの服は買えたから困らなかったのだ。それに、値段交渉なんて僕にはできないし。
「まぁ、良いんだけど。とりあえず、その袋早く隠して。また変なのに絡まれるわよ」
「ああ、それもそうだね」
セーラに言われるがままに、スキル【収納】を起動して銀貨の入った袋をしまう。
スキル【収納】は、森で彷徨っているときに試していた。使い方は簡単で見えない袋に手を突っ込むイメージだ。きちんと、取り出せることも確認している。
色んな物語で出てくるたびに思っていたが、本当に便利だ。てか、超便利。これ日本で使えたら億万長者だな。
そんなくだらないことを考えていると、セーラがすごい顔で僕の手元を凝視していた。えっと?
「あんた、今、何したの?」
「何って、言われた通りお金をしまったんだけど」
もしかして、助けてもらったお礼にお金渡さないといけなかったの?
「……も、もしかして、スキル【収納】? 手品の類じゃなくて?」
えっ、スキル【収納】にお金ってしまっちゃダメだった?
「そ、そうだけど。何かまずかった? 謝るから許して。通報しないで」
「通報なんてしないわよ。でも、そうね――」
そこで言葉を切ると、セーラは満面の笑みを浮かべた。
「――一緒に来てもらうわ」
そう言うや否や、セーラは僕の腕を掴み進みだした。
セーラの目は完全に獲物を見つけた猛禽類のそれだった。
なに? 通報じゃなくて連行ってこと?
よく分からないけど、誰か助けて。