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——まだ、旅の途中。

作者: 五十嵐 密

この物語には、抽象的な表現、また、明確な結論が、約束されているわけではありません。

ご理解のほど、よろしくお願い致します。







 ただ、厭きれる。ただ、疲れる。

 外の世界に足を浸せば、より深く、そして気が付いたころには、出口を堅く鎖されている。

 顔も名前も知らない透明人間が、わたしを見詰め、しずかに口を開く。


 ——おまえの居場所は、ここにない。

 ——おまえに、ここは向いていない。


 わたしを哀れみ、そして、切捨てる。

 主観と主観が擦れることほど、愚かで果ての無いモノもないだろう。

自分の意地か、劣等感か…… はたまた、わたしへの、仕返しなのかもしれない。

 正解、不正解などは、その摩擦の中では、無価値かのように、存在意義を失う。

 抜け出せない。振り返っても、そこに帰路は残されていない。


 わたしは、ただ疲れた。


 わたしは、一冊、手に取り、わたしだけの世界を、瞳の内側に咲かせる。

 わたしから、自分へと。

 その時間、その瞬間、積み重なった、そのページ。黒いインクで染まった、その紙を一枚捲って、彼らは、わたしを文字の羅列へと引き込んでいく。

 足を踏みいれた世界で、さまざまな、非現実は、現実に、容易に変換される。

 最後の1ページを捲り、裏表紙を閉じた、その瞬間、わたしは、自分の身体に帰ってくる。

 現実が非現実になり、非現実が現実へ。


 わたしは、経験したすべてを、自分へ共有する。

 わたしから湧き出たこの感情を、名もなきこの感情を、きれいに包んで、リボンも巻いて、自分にお裾分け。

 大切にしてくれる。こころに馴染んでいく。


 白い壁。白いカーテン。白い天井。

 わたしは、雲の中、みんながうらやむ、雲の中。

 そっと瞼を閉じれば、わたしの旅の鐘がなる。針が動き出し、風の方向へと、時が流れだす。


 村の住人も、さっき出会ったばかりの旅人も、みんな待っていてくれる。

微かに聞こえる流水音と、夕日の漏れる雑木林が、わたしを迎えてくれる。

 幸福感と安心感に、わたしの口角は空へのぼる。

 ここがすきでたまらない。旅の道中、わたしの瞳に降り注ぐのは、いつものあたたかさ。まるでこの世界は大きな花に包まれているかのようで、わたしは、この世界を、愛している。




 揺れるカーテンから、陽光が差し込み、白い部屋をあたたかく染める。そして、染まった先の影が小さく動く。

 わたしのもとへ、一人の老人がやってきて、わたしの瞳を見詰める。

 あなたも、雲の中にいるのね。あなたも一緒に旅をしましょう。

 老人が、なにかを、つぶやいている。その声は、わたしに届かない。


 ——もっと、もっと大きな声で話しかけてれないかしら。


 あなたの声は、わたしに届かない。わたしの声も、あなたに届かない。

 今日は、やけに眠気が頻繁に、わたしのもとへ遊びに来る。

 まだ、物語の続きが、わたしを、わたしがみんなを、待っているのに。

 わたしは、瞼を閉じる。瞼と瞳の間に、自分と剥離された、わたしの世界が、瞬く間に、広がっていく。

 なんだ…… 現実をゴミ箱へ投げ込んで、非現実を拾いにいこう。いつものように、また歩き出そう。花が咲き散る、わたしの理想郷へと。




 今日は、慌ただしい。人の往来がこんなにも。カーテンは相変わらず白い。壁も、天井も、いつもと変わらない。ただ、わたしの視える世界は、慌ただしい。

 老人がまたやってきた。

 あぁ、雲のおじいさん。はやく一緒に、やさしく咲き誇る、あの世界へ行きましょう。

 自分の体は、この世界を嫌っている。

 わたしには、そう感じる。だから、あっちの世界へ行きたい。

 雲の住人たちが、わたしを囲む。

 右を見ても、左を見ても、真上を見ても、みんなの口元が、慌ただしく動いている。わたしを覗き込み、慌ただしく、何かを訴えている。

 あなたたちの声は、わたしに届かない。わたしの声も、あなたたちに届かない。


 わたしは、ただ疲れた。


 わたしは、一冊、手に取る。わたしだけの世界を、瞳の内側に咲かせるために。

表紙を開く力もないまま、わたしは、自分の胸にあて、その一冊を手に包んだ。

 いつもの一冊、わたしを救ってくれる一冊。こうしているだけでも、わたしは、きっと、旅の続きを瞳の内側で咲かせるだろう。帰ってきたら、待っていてくれる自分へ、旅の物語をきかせてあげよう。





「いってきます……」





 微かに聞こえる流水音と、夕日の漏れる雑木林が、わたしを迎えてくれる。村の住人は、やさしく微笑み、わたしに、手を振る。

 あたらしい旅の始まりだ。

 村を出発して、夕日の朱く染めた世界をひたすら歩いていると、数羽の小鳥が、飛んでくる。

 わたしの肩に、その小さな体を、器用にのせて、わたしの頬を、やさしく突いた。

 別れの挨拶のように思え、わたしは、しずかにほほ笑んだ。

 いずれ、また、彼らに会いに来よう。いまは、まだ、歩き続ける。

 わたしの世界を、思う存分、わたしの瞳に、わたしのこころに、わたしの一冊になるまで。




 東には、小高い丘、西には、大きな湖、秋には一面栗色の世界が、風気ままに吹かれていく。まるで、画描きが惚々するほどの、やさしさと、壮大な自然美とともに、ここで、わたしは、眠っている。


 瞳の内側で花が咲き、こころの行く末は、小鳥たちに訪ねてみるといい。わたしは、私の世界を、歩いている。



わたしはまだ、旅の途中。



 この物語を書くに至って、「え……なにこれ」と読後に感じるような、曖昧さ、不完全さを意識しました。私自身、もしくは、そもそもの人生には、「完全」に辿り着けないと言いますか、人生をを終えて、私が自分の身体から消えたのちに、それは、完全となる気がしています。

 人生の「不完全さ」を、物語に重ね、ハッピーエンドでも、バッドエンドでもなく、深くも、浅くもない作品にしてみました。

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