第9話
「ふむ、ローマ教皇庁から手紙が届いた。ローマ教皇が多少だが機嫌を直されたとのことだ」
「フランスとオーストリアがカトリックの誼で、カトリックのポーランドを支援して領土を保全する。ローマ教皇にしてみれば、東方正教のロシアやプロテスタントのプロイセンが、カトリックのポーランドを分割して肥え太るのは腹立たしいことですからね。フランスとオーストリア双方共に、ローマ教皇庁との関係を多少は修復できたでしょう。衰えたりとはいえ、ローマ教皇庁とは友好関係を保たねば」
「儂が死んだ後に、孫は外相を置く必要は無さそうだな。これだけ聡い妻がいるのだから」
「それ程でも」
義祖父のルイ15世と私は会話していた。
実はルイ15世も、私の母マリア・テレジアもカトリック信徒でありながら、ローマ教皇庁との関係は微妙なものに陥っている。
ローマ教皇庁の片腕と言っても過言ではない気がするイエズス会は国境を越えてローマ教皇庁に忠誠を誓う存在であり、フランスを始めとする諸国では国家主義からイエズス会を追放しつつあるのだ。
更にオーストリアもそれに靡きつつある。
このことにローマ教皇庁は機嫌を損ねているのだ。
私としてはイエズス会を救いたいが、生憎と史実通りに時が流れるのならば、ルイ15世は他の諸国と共にイエズス会解散を推し進めて、ローマ教皇庁にそれを呑ませることに成功し、母も国家主義からこの動きに加担することになった筈だ。
まだ王太子妃に過ぎない私では、18世紀現在の国家主義の嵐の中、イエズス会の解散を看過せざるを得ないが、少しでもローマ教皇庁と友好関係を保ちたかった。
その一方で、義祖父に内心を覚られない様にしながらも、私の内心では黒い想いが沸き上がっていた。
これでロシア遠征の際の橋頭堡が確保できた。
フランスが欧州統一をする際に最大の邪魔者になるのがロシア(と英国)だ。
少しでもロシアの領土を削った上で、ロシアをフランスは征服せねばならない。
そのためにはポーランドの国土保全は必須だったのだ。
これでドヴィナ河とドニエプル河をロシアは対フランス戦において防衛線として使用不能になった。
スモレンスクとキエフを一撃で落として、ロシアにフランス軍が攻め込むことが可能になる。
更にポーランドの国民の多くが、今回のことでフランスとオーストリアに恩義を覚えて、ロシアとプロイセンを敵視する世論を形成しつつある、との情報も届きつつある。
今ならフランスとオーストリアが仲介することで、このポーランドの世論を背景にしてポーランドの愛国者の集まりと言えるバール連盟とポーランド国王スタニスワフ2世アウグストに手を結ばせることも可能ではないだろうか。
それによって、ポーランドの王権を強化してポーランドを大国とすることで、ロシアの保護国からポーランドを脱出させ、フランスの忠実な同盟国にしてロシア遠征に協力させるのだ。
私は遥かな未来の布石としてそこまで考えていたが、まずは目先のことからやっていかねば。
「ところでバール連盟とフランスは無関係なのですか」
「いや、そんなことは無いが」
流石に義祖父はそれなりのだが政治家だ、私に完全な真実は明かしてくれそうにない。
だが、それならそれで言うべきことを言って、動いてもらわねば。
「バール連盟と連絡を取って、ポーランド国王スタニスワフ2世アウグストと手を組むように働きかけるべきです。このままでは、ポーランド分割をロシアとプロイセンは何度でも企てますよ」
「確かにそうだな」
私の言葉に義祖父は肯いてくれた。
私も同様のことを速やかに母に働きかけねば、そうしないとポーランドの改革は前に進まないし、フランスの国益も損ねる。
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