第8話
「全く妹、それも末の妹に足元をすくわれるとは思わなかった」
「15歳の少女と舐めていましたな。同じ父母を持つ以上、才能をお持ちとは思っていましたが」
「全く女なのに軍人志願とはと酔狂にも程があると思っていたが、外交面でも才能があるとは」
オーストリア、ウィーンの宮廷ではヨーゼフ2世と宰相のカウニッツ伯爵が会話をしていた。
フランスのルイ15世がポーランド王国領の保全を声明して、自らの母マリア・テレジアもすぐにそれに賛同する旨の声明を出したのだ。
こうなってはヨーゼフ2世としてはポーランド分割に沈黙し、母に賛同する態度を執らざるを得ない。
現在、妹のマリー・アントワネットとフランス王太子ルイ・オーギュストが婚姻関係にあることを象徴として、フランスとオーストリアは攻守同盟関係にある。
こうした中でポーランド分割にヨーゼフ2世が賛同する態度を執っては、母子相剋ということになり、更にフランスとオーストリアの同盟関係を破棄するものと見られても仕方がない。
ヨーゼフ2世はプロイセンのフリードリヒ2世に私淑していることもあり、オーストリアとプロイセンは友好関係を結ぶべきだと考えているが、母マリア・テレジアにしてみれば、プロイセンとの友好関係等は断じて認められない代物なのだ。
更に妹のマリア・アントニア、いやマリー・アントワネットも反プロイセン論者だ。
プロイセンの領土拡張等、オーストリアも領土が拡張できようとも断じて認められるか、という考えを妹は持っている。
そして、将来のフランス王妃として妹は徐々に力を身に付けつつあるようだ。
ふむ、可愛い末の妹だったが、今後は国家理性から妹を見ねばならぬようだ。
ヨーゼフ2世はそう考えた。
「いかんな。15歳の小娘に機先を制されたわ」
プロイセンのフリードリヒ2世は臍をかんでいた。
フランスのルイ15世とオーストリアのマリア・テレジアが、事実上は連名でポーランド分割反対声明を出してくるとは。
しかもその根回しをしたのが、フランス王太子妃のマリー・アントワネットとは。
それでもポーランド分割を図ることが出来なくはないが、オーストリアとフランス両国を相手取っての戦争が本当に起きたら、プロイセンにとっては悪夢だ。
ロシアが味方とはいえ、ロシアはオスマン帝国と戦争の真っ最中で、プロイセンの援助を大量にしてくれるとは思えない。
更に英国まで、この件に関してはフランス寄りだ。
英国も北米の植民地とトラブルが起きているので、欧州での戦争に巻き込まれたくなく、現状維持を外交の基本としているからだ。
「今はポーランド分割を諦めるか」
「ふむ、ポーランド分割にオーストリアは反対、プロイセンは参加を諦めるか」
ロシアのエカチェリーナ2世も、フランスとオーストリアの態度からポーランド分割を今は諦めるしかない、と考えざるを得なかった。
ロシア単独でポーランド領を得る等、幾ら何でも無理がある。
更にオスマン帝国ともロシアは戦争中なのだ。
ロシア、プロイセン、オーストリアの三国でポーランドを分割するというのは、三国揃って利益が得られるから上手くいくのであって、ロシアだけが利益を得てはオーストリア、プロイセンから反感を買うのは必至だ。
それに英国の態度がポーランド分割に否定的なのだ。
ロシアのエカチェリーナ2世も、ポーランド分割を諦めた。
そして、エカチェリーナ2世もこのフランスとオーストリアの動きの裏に、フランス王太子妃のマリー・アントワネットがいるのを自らの外交網から察知した。
こうしてプロイセン、ロシアが察知した以上は、当然に英国等の他の国もマリー・アントワネットに少しずつ注意の目を向けることになった。
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